第21話・皇女もメイドには勝てまい。
「アヤセ様、でございますね。どうかお部屋を外出する際には、専属メイドを携えていただけるとありがたいです」
クラシカルなロング丈のメイド服を着こなす女性は、表情筋をピクリとも動かさず静かにわたしに注意をしてくる。
やはり、無断で部屋から出るのは規則的によろしくなかったみたいだ。
「これも、アヤセ様を含む異世界人の方々に、危険などが及ばないようにするための措置であります。そのため、どうかご理解の方をよろしくお願いします」
「え、あ、はい……ごめんなさい」
女性の隙ひとつないように思える立ち振る舞いに、わたしはリシア様と接する時よりも緊張感を覚えながら返事をする。
すると、わたしの腕の中から飛び出したリシア様が、彼女に向かって指差しながら口を開いた。
「もう、クリスタ! いつも言っていますが、気配を消したまま話しかけないでくださいませ!」
「お嬢様は私に気が付くと、直ぐに逃げてしまわれますので。それと、まもなく朝食の時間でございますので、お部屋へお戻りください」
(リシア様って、けっこうお転婆なんだね……)
女性に淡々と話をされるリシア様は、むっとした表情を浮かべながら両腕を胸の前で組む。
そしてグッと奥歯を噛み締めたかと思うと、次の瞬間、すごい剣幕で反論を始めた。
「わたくし、ずっと思っていましたが……クリスタはそういつもいつも、わたくしのことを縛りますわね! ヒカリ様は、久方ぶりに出来たご友人なんですのよ。少しくらいはお話をしても良いではありませんか!」
「しかしながらお嬢様。先日、唐突にパウロ子爵領で開催される美術展を訪れたいと言い出したのは、いったいどこの誰でしょうか? お嬢様の言動1つで、この王城に勤める多くの人物が動くことになるのです。普段から申しておりますが、そのことをしっかりと自覚するようにしてください」
(うわぁ、めっちゃ正論……)
あまりに真っ当な説教にわたしが戦慄していると、その説教を全身に浴びたリシア様は「ぐぬぬ……」と声を漏らしながら女性のことを睨みつけている。
しかし次の瞬間、彼女は何かを閃いたかのような表情を浮かべると、勢いよくわたしの手を握ってから声を上げた。
「でしたらわたくし、ヒカリ様をお部屋までお連れし――」
「お嬢様。アヤセ様がお戻りになる際には私が付き添いますので、お嬢様はすぐに自身のお部屋へとお戻りください。もうまもなく朝食の時間ですから」
「――ます、わ……」
リシア様は起死回生の一手としてそう話を切り出すが、冷徹なメイドさんにバッサリ切り返されてしまう。
すると、リシア様は呆然とメイドさんを見つめたあと、じわっと瞳に涙を浮かべながら俯いてしまった。
あまりにも無情である。
「それではアヤセ様、お部屋の方に参りましょうか」
圧倒的な説教でリシア様をKOした女性は、冷静さを保ったままわたしに声をかけてくる。
皇女を泣かせたにも関わらず一切動揺しない彼女に対して、わたしは呆然としながらも、アホ顔を晒さぬよう舌を軽く噛んでから返事をした。
「え、あ、はい。お願いします……?」
「ッ!? ぐすっ……ひ、ヒカリ様。次にお会いした際には、ぜっっったい! わたくしのアトリエに遊びに来てくださいませ! それでは、ごきげんよう……!」
次の瞬間、リシア様はわたしの言葉にびくっと身を震わせると、ゆっくりと顔を上げて赤くなりかけた目をわたしに向けてくる。
そして玉を転がしたような声でわたしにそう伝えると、ワンピースの裾に両手を持っていって綺麗なカーテシーを披露した後、逃げるように背中を向けて走っていってしまった。
「アヤセ様。どうやらお嬢様に、とても気に入られたようですね」
「はい? えと、そうなんですか?」
リシア様の背中が見えなくなるのを見届けると、突然メイドさんが嬉しそうな声色でそう話しかけてくる。
普段の彼女の様子を知らないために実感があまり無いが、わたしはリシア様に気に入られたのだろうか。
わたしが驚いてメイドさんの顔を見てみれば、彼女は先ほどまでの冷静な表情とは違い、どこか温かな表情を浮かべていた。
「それではお部屋に戻るまでの間、お嬢様についてのお話をいたしましょうか」
メイドさんはわたしの目を見ながらそう言うと、そのままわたしの右横を通ってどんどんと先に進み出した。
それに続いて急いで振り返ったわたしは、【月光の下の舞踏会】に一瞬だけ視線を向けてから、置いてかれないようにメイドさんの後を追った。
「この絵画は、お嬢様が8歳のときに制作したもので、描かれているのは、帝室が所有する森林に位置する巨大な湖でございます」
どうやら、わたしが絵画をチラリと眺めたのがバレていたらしい。
【月光の下の舞踏会】について説明し出したメイドさんは、横に並んで歩き出したわたしに視線を移すと、そのまま続きを説明し始める。
「あの時はお嬢様とその姉君、そして私を含む複数人の使用人とお嬢様所有の騎士団で外泊に訪れましたが、夜が明けたときお嬢様はなぜかテントの外にいらして、当時は軽く問題になってしまいましたね。お嬢様に話を聞いてみれば、『妖精様がわたくしのことを呼んでいましたの!』と、とても可愛らしい笑顔を浮かべながら説明をしてくれましたよ」
最後まで言い切ったメイドさんは、「昔から、リシア様はとても可愛らしいんですよ」と言葉を続けてから微笑みを浮かべる。
リシア様と一緒にいた時には冷淡な人だと思っていたが、どうやら本性は冷淡な仮面を被っていた、まるでリシア様の母親みたいな女性のようだ。
「メイドさんは、リシア様のことが大好きなんですね」
「そうですね。私はお嬢様が生まれた時から、お嬢様のお世話をしていますので」
わたしの言葉に対し、メイドさんは微笑んだままそう返答をする。
それにしても、生まれた時からお世話をしていると言っていたが、メイドさんはいったい何歳なのだろうか。
彼女の見た目から推測すれば、まだ20代前半に思えるのだが。
そんなことを考えていると、思わず滑らしてしまったメイドさんという呼び方に違和感を持ったのか、彼女は不思議そうに首を傾げてから口を開いた。
「メイド、さん……? ああ、そういえば。まだアヤセ様に名乗っていませんでした。改めまして、私は、この王城のメイド長を任されています、クリスタ・クルーツと申します」
メイドさん――クリスタさんはそう言い終えると、スカートの裾を両手で持ち上げて、リシア様と同じほどに綺麗なカーテシーを披露する。
(え、メイド長……?)
そんな中、わたしは想像を超えた彼女の正体に、思いっきり唖然としていた。




