第20話・『きゃぁぁぁあ!?』
「え、英雄様……!? そ、そんな者ではないですよ……!」
目を大きく見開いてわたしをじっと見つめるリシア様に、わたしは声が上ずりながらも言葉を濁して返事をする。
しかしながら彼女はそんなわたしの反応を完全に無視して、凄い速さでわたしに近付いてギュッと両手を握ってきた。
「英雄様、いったい異世界とはどういったところなんですの? ぜひお話を聞かせてくださいませ!」
一等星のように瞳を輝かせるリシア様は、キラキラと効果音が聞こえてきそうな声色でそう尋ねてくる。
わたしはそんな彼女の猛烈な勢いに気圧されながらも、どう返答するべきなのかと頭を全力で回転させ始めた。
それにしても、彼女はさっきから英雄様と連呼しているが、勇者様の間違いではないのだろうか。
ふとそんな疑問を抱いたわたしは、ひとまずリシア様に落ち着いてもらおうと直ぐに質問を投げかけた。
「えと、その……そもそも、英雄様って?」
「英雄様でして? それでは、このわたくしが説明いたしましょう。英雄様とは、異世界よりこちらの世界にやってきた人物のことを指しますわ。彼らは神々によって祝福を授かり、この世界に変化をもたらしますの。ただ……その変化が、わたくしたちに祝福を与えるのか、それとも災いを与えるのかは、英雄様次第ですわ」
そう淡々と説明する彼女の瞳には、どこか恍惚とした色が浮かんでいるように見えた。
わたしはリシア様の異様な雰囲気に飲まれそうになりながらも、彼女のシンプルな説明を飴玉のように噛み締める。
どうやら彼女が言っている英雄というのは、橘の【剣神】や百咲の【魔女】、そしてわたしの【魔法少女】といった、【勇者】以外の祝福を授かった異世界人も含めて指す言葉らしい。
しかし、勇者と共に召喚された異世界人が災いを引き起こす、というのは少し違和感がある。
(召喚された異世界人……以外?)
そういえばここ数年、ファンタジー小説では異世界転生や異世界転移などのジャンルが大流行してきたが、まさかそういった転生者や転移者などのことも含めたものが、『英雄』という言葉なのだろうか。
ひとまずわたしは、この推測が正しいのかどうかをリシア様に尋ねようと、思考の海から意識をはっきりと浮上させ――
「――でして、雷鳴の勇者という二つ名を所持しているのですわ。他にも、わたくしは騎士王という愛称で親しまれている有名な女性の勇者のお話が好きなんですの。自身の背丈より遥かに大きい盾を構え、死の邪竜の咆哮を全て塞ぎ切り、そして盾でその首を切り落とす……まさに完璧という名が相応しいお方ですわ。そしてあとは、隻腕と大海賊と呼ばれた伝説の義賊が――」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと止まって!?」
頬に両手を添えてうっとりとした表情を浮かべながら、永遠と何かを喋り続けているリシア様にやっと気が付いたわたしは、困惑と恐怖を覚えながらも、少しだけ後ずさってから彼女を止めようと必死に声をかける。
するとリシア様にわたしの声が届いたのか、彼女はふと我に帰ったかのように呆けると、こほんっと咳き込んでから口を開いた。
「あら、ごめんあそばせ。思わず、お話に興が乗ってしまいましたわ。きっとヒカリ様のような、可愛らしい英雄様にお会いすることが出来たからですわね」
恥ずかしがることもなく申し訳なさそうにする訳でもなく、そのままの優雅な雰囲気を溢れさせたまま彼女は、そう言って小さく笑い声を上げた。
なんだか、彼女がさらっと言った可愛らしいって言葉に、少し照れてしまっているわたしが馬鹿みたいである。
(顔がめちゃ良いからって、どこか上から目線だし……)
ぶつぶつと脳内で文句を垂れていると、突然リシア様が手のひら同士を合わせたことで、パンッと空気の振動が辺りに響く。
そして自信満々な表情を浮かべたリシア様は、一瞬でわたしのそばまで近付いてくると楽しげな声色で口を開いた。
「そうですわ! 今から、ヒカリ様のことをデッサンしてもよろしくて? と聞かずとも、もちろん良いに決まっていますわよね。さあ、今すぐにアトリエに参りましょう?」
早口でそう言い終えた彼女は、わたしの手を再びガシッと握ると、元気よくわたしを引っ張って歩き始めた。
その先は画廊から奥に続いている通路があり、リシア様に引っ張られているわたしはどんどんとそっちに連れて行かれてしまう。
「いや、ちょっとリシア様!? って、どこにそんな凄い力が!?」
そろそろ帰らないと不味い、そう考え始めていたわたしはリシア様の奇行に酷く焦ると、反対の手で彼女のことを掴んでその場で踏ん張って全力で止めようとする
しかしながらその作戦は失敗に終わってしまい、圧倒的なリシア様のお嬢様らしからぬ剛力でわたしはどんどんと引っ張られていってしまう。
わたしの言動をお構いなしに突き進む彼女は、こちらを振り向くと嬉しそうな声で口を開いた。
「とっても楽しみですわね! 実はわたくし、風景画は好んで描いているのですが、人物画はほとんど経験がありませんの。唯一描いたことがあるのは家族と、親友であった彼女だ――」
「お嬢様。楽しそうにしているところ申し訳ございませんが、そろそろお時間でございます」
「………………え?」
『きゃぁぁぁあ!?』
唐突に会話に入ってきた第3者の声に、わたしとリシア様は抱きつき合って悲鳴を上げた。
「まさか、そこまで驚きになられますとは……」
2人で下を向いて震えていると、今度は呆れたような女性の声がはっきりと耳に聞こえた。
腕の中でプルプルしているお嬢様を抱きしめながら、わたしはゆっくりと彼女の肩越しに前方を覗き込む。
すると、そこにいたのは………………
「………………え、メイド?」
「はい、メイドでございます」
リースが着ていたのと同じメイド服を身にまとった、高身長で綺麗な顔立ちの女性であった。




