閑話・いつか花開くとき
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自分に与えられた部屋で軽い筋トレをしていたワタシは、誰かお偉いさんに呼ばれたらしく、突然専属メイドによって部屋から連れ出された。
「夜分遅くに呼び出してしまい、申し訳ございません。感謝しますタチバナ様」
「いえ、差し支えございません」
どこか倹約さを感じられる部屋で待っていたのは、皇帝陛下にラルクと呼ばれていた男だった。
ワタシはラルク様に促されて、彼が座っている席の対面の長椅子にそっと腰を下ろす。
「改めて自己紹介を。私は、アルケレス大帝国にて宰相を務めている、ラルク・エルバートと申します」
(そうか……! 陛下に軽々と声をかけていたから、重鎮だとは思っていたが。まさか、国の2番手だったとは……)
宰相とは、君主――ここでは皇帝陛下の政務を補佐する役職のことである。
目の前の人物が想像以上の大物だったことに驚きながらも、ワタシはそれを顔に出さないようにしながら返事をする。
「エルバート様ですね。改めまして、ワタシは異世界人のヒダマ・タチバナと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。実は、タチバナ様が所持していた筒状のケース、その中身についてお話を伺いたくお呼びいたしました」
(筒状のケース……竹刀入れ?)
高校では剣道部に所属しているため、ワタシは毎日、竹刀入れを背負って登校している。
ワタシたちは今朝、登校中に異世界に召喚されてしまったため、バッグは放り投げてしまったが、竹刀入れは背負ったままでワタシは異世界にやってきたのだ。
そういえば、お風呂から出たときには、置いてあった竹刀入れは回収されていた。
竹刀入れには当たり前ながら竹刀が入っているはずだが、それについての話を聞きたいのだろうか。
「こちら、回収させていただいたケースをお返しいたします。勝手ながら中身を拝見させてもらったのですが、この剣は……東国の物ですか?」
やはり竹刀入れは、彼らによって回収されていたようだ。
(む……? 確かに、竹刀は剣のような形をしてはいるが、なぜ剣だと断定できたんだ……?)
ワタシは疑問を抱きながらも、丁寧に扱うエルバート様から竹刀入れを受け取る。
そして中身を確認しようとケースを開けると、中に手を伸ばしてワタシは驚愕した。
(なんだ……!? 明らかに竹刀ではない感触がする……?)
どうやら掴んだ物は楕円のような平たい棒状のようでで、皮のような滑らかな感触と、金属類のような冷たい感触を覚えた。
また、彫刻か何かが施されており、表面がデコボコとしている場所がある。
しかし、ここまで掴んだのだから、取り出さないわけにはいかない。
ワタシは皮だと思う部分を握りしめ、恐る恐るケースから腕を引いていくと、ついに見えた何かの正体に驚愕した。
(に、日本刀……!?)
長さはおおよそ65センチほどであり、刀身の反りは浅いということは、これは確実に打ち刀だろう。
柄を握って丁寧に鞘から引き抜くと、ワタシの目の前に非常に美しい銀色の刃が現れた。
(き、綺麗……! じゃなくて――)
「なぜ、真剣が………?」
今朝、竹刀入れにこの刀を入れた記憶は無いし、この刀には見覚えすらない。
そもそもワタシは、人生で真剣を握ったことすらないのだ。
ワタシは両手を使って優しく持ち上げると、今度は丁寧に刀を観察を始めた。
まるで芸術品のように美しい刃には傷1つ存在せず、滑らかな漆黒の皮で出来た柄は蛇腹糸で巻かれている。
「まさか。この剣は、タチバナ様の所有物では……」
ワタシの複雑そうな様子を見て、エルバート様がそう尋ねてくる。
「いえ、違いますね。ワタシは真剣なんて持っていッ!?」
「っどうされました!?」
ズキンッと鋭い痛みに襲われ、ワタシは刀を落とさぬように柄を強く握りながら、その反対の手で頭を押さえる。
あまりの痛みに意識を失いそうになるが、数秒ほど経つと痛みはゆっくりと引いていった。
それと同時に、この刀についての情報が勢いよく頭へと流れ込んでくる。
「タチバナ様、具合は大丈夫でしょうか?」
「痛みの方はもう治りました。心配してくださりありがとうございます。実は、この剣の正体が分かりました」
慌てた様子で尋ねてくるエルバート様に対し、ワタシは感謝を伝えてからそう言葉を続ける。
すると、彼は付け直そうとしていた眼鏡を取り落とすと、目を何度もパチパチとさせてから口を開いた。
「ほ、本当ですか?」
「はい。どうやらこの刀は、この世界におられる女神の1柱、鬼桜盃命様が、ワタシに授けた神器のようです」
「なっ、神器ですと!?」
ワタシの言葉を聞いたエルバート様は、目の前のテーブルが吹き飛ぶかと思うほどの勢いで立ち上がる。
そしてテーブルに両手をついて身を乗り出そうとするが、そこで冷静さを取り戻したのか、ゴホンッと咳き込んでから長椅子に座り込んだ。
「し、失礼……取り乱しました。まさか、あの女神様から神器を授かるとは……」
「えーと、あの女神様……とは? そのお方には何かがあるのですか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが。命様が神器を授けたという話は、いまだ片手で数えられるほどしか前例が無かったもので……いやはや、まさかタチバナ様が命様の寵愛を授かるとは。神の愛し子をこの目で見れたこと、とても嬉しく思います」
椅子から急に立ち上がったエルバート様は、ワタシにそう伝えながら恭しく頭を下げる。
「なっ!? エルバート様、頭をあげてください!」
彼の急な行動にワタシは焦ると、自分も立ち上がってエルバート様を止めに入る。
召喚されてすぐの時、エルバート様が陛下を『そう易々と頭を下げないでください』と叱っていたが、国の重鎮である宰相も、軽々と頭を下げてはいけないとワタシは思う。
「タチバナ様はそう言うのならば、お止めいたします。しかしながらタチバナ様、命様だけではなく、『神々から神器を授かる』というのは、とても重大なことなのですよ」
「ええ、ワタシもそれは理解していますが……詳しくお聞きしてもいいでしょうか?」
「もちろんですよ。『神器を授かる』というのは、とても重大なことである。それはなぜかと申しますと、この行為が意味することが、その者は神の使いである、ということなんですよ。そのため、宗教によっては惨事に至ることになりますし……端的に言えば、影響力が非常に大きすぎる、って話ですよ」
「な、るほど……つまりワタシは――」
「鬼桜盃命様の、神使になったということです。タチバナ様の性格か、祝福か、それとも潜在的な能力か、どれかは分かりませんが、命様はタチバナ様のことを大層気に入ったようですね。加護を超えて神器まで授けるなんて……」
どうやらワタシは、まだお見えになったこともない女神様のお気に入りになって、さらに神の使いにもなったようだ。
その事実をゆっくりと奥歯で噛み締めると、ワタシは手に持った神器の刃をそっと撫でる。
艶やかで冷たい感触は変わらずだが、なぜかほのかな温かさを感じたような気がした。
この刀で何を、誰を斬ればいいのか。
「………………必ず」
痛みと共に頭に流れてきた、この刀の銘を心に刻みながら……
「必ず、敵を全て斬り伏せてみせます。鬼桜盃命様より授かりし刀、花吹雪の名に懸けて」
それは自分自身への叱咤激励か、女神様への宣誓か。
どうしてかの意図は自分でも分からないが、ただ力強く、ワタシはそう宣言した。




