第15話・魔法少女ロリータ・ツインテール
魔法を使うことには成功したが、残念な結果に終わったわたしは、ひとまず次の能力を試すことにした。
「次は、武装ですね。これは魔法少女に変身するための能力で、魔宝石と呼ばれる変身道具を必要とします。それではまず、ひかり様専用の魔宝石を、私の方からお渡しします」
エルがそう説明すると、彼女の手の中からピカリと光を放たれる。
彼女が指をゆっくりと開くとそこには、八面体の宝石が虹色に輝いていた。
エルは手に魔宝石を握った状態で、わたしのそばにまで浮遊して近付いてくる。
わたしは両手を前に出してお椀を作ると、彼女は手を離してわたしの両手に魔宝石を落とした。
「これが、わたしの変身道具……!」
わたしは宝石を触ったことが今までなかったが、宝石とはここまでツヤツヤとしているものなのか。
それに、虹色の輝きは目が焼かれそうなほどに美しく、あまりの神々しさに、手に持っているのがおこがましく感じてしまう。
魔宝石の感触と美しさを堪能していると、元の位置に戻っていたエルが口を開いた。
「それでは今から、実際に変身をしてもらおうと思います。私が唱える詠唱を、一語一句違わずに復唱してください」
エルは1度喋るのを止めて俯くと、深呼吸をしてからわたしの方を向いた。
今まで無表情だった顔に、酷く可愛らしい笑顔を貼り付けた状態で。
「キラキラ⭐︎ピカピカ♡大変身〜! みんなに愛を届ける、スーパー美少女! 魔法少女⭐︎ロリータ・ツインテール、だぞ♡ さあ、これを復唱してください」
「………………………………まじ?」
エルは取っていた可愛いポーズを解くと、元通りの無表情に戻ってから再び口を開いた。
「肯定。これが、魔法少女に変身する詠唱となっています」
わたしが想像していた可愛らしい呪文の、さらに上の上を行かれた。
見た目がロリでも中身は18歳なわたしがこれを言うのは、精神的に酷く厳しいところがある。
(もう、魔法少女やめたい……)
そんなことを考えながら、わたしは魔宝石を強く握りしめると、意を決して口を開いた。
「……き、キラキラ⭐︎ぴか、ピカ? だだ、大変身! みんなに愛を届ける、スーパー、び、美少女! 魔法少女⭐︎ロリータ・ツインテール……あ、だぞ!」
ご丁寧にわたしが思う可愛らしいポーズも付けて、なんとかわたしは大きな声で呪文を唱えた。
「あれ? 何も起きないんだけど……どこ、か、間違えたりしたかな?」
詠唱をして数秒が経っても、手の中の魔宝石の輝きは変わらず、わたしの見た目にもなんの変化も訪れなかった。
「くっ、言いなおすしか、ないか……き、キラキラ⭐︎ピカピカ♡大変身! みんなに愛を届ける、スーパー美少女! 魔法少女⭐︎ロリータ・ツインテール、だぞ……!」
わたしは別の可愛いポーズを取りながら、再び変身の呪文を唱えた。
正直に言ってしまえば、羞恥心という兵器によってわたしはすでに瀕死である。
(ど、どう……? これで変身できた……?)
精神的な疲労からわたしは息をはぁはぁと吐きながら、死にかけた脳でそんなことを考える。
しかしながら数秒が経過しても、魔宝石にもわたしの体にも変化は訪れない。
この酷すぎる状況に、有名な某RPGゲームのメッセージの1つが、わたしの頭の中に浮かび上がった。
『し か し、 な に も お こ ら な か っ た !』
ここまで心を削って呪文を唱えたにも関わらず、あまりにも残酷な結果である。
「ねぇ……なんで、変身出来ないの……? 呪文、間違ってないよね、わたし……」
ボロボロになった精神を引きずりながら、わたしは震える声でエルに尋ねる。
すると、彼女は表情筋が死んでいた顔に小さく笑みを浮かべると、嬉しそうな声色でこう言いやがった。
「否定。先ほど私がお教えした詠唱は、ちょっとした冗談です」
「なるほど。さっきのは冗だ………………………………は? 冗談?」
あまりにも信じられない――信じたくない言葉が聞こえ、わたしはエルにそう聞き返す。
すると彼女はどこか懐かしそうな口調で、微笑んだまま説明を始めた。
「はい。魔法少女No.5様に、お教えしてもらったジョークでございます。No.6様とNo.7様には好評だったので、今回も使用してみました」
頭イカれてんのかNo.6とNo.7、あとNo.5はマジでふざけんな。
どうしてわたしは、自分のサポート役にここまでの傷を負わされているのだろうか。
しかもこの状況を作った元凶は、わたしよりも3つ先輩の魔法少女なのである。
(なんでわたし……こんな目に……)
ここで1番嫌なのは、エルには悪意が一切ないことである。
もしもエルが、わたしに嫌がらせをしようとして嘘を吐いたのなら、まだこの怒りを彼女にぶつけることが出来たからよかった。
だが、現実には彼女は興味と善意で冗談を言っており、本人は楽しんではいるものの、それはわたしの可哀想な姿を見て嗤っているわけではないだろう。
そのためわたしは、目の前の純粋なエルに怒りをぶつけることは阻まれて、すでに死んでいるであろう大先輩にしか文句を叫べないのだ。
(はぁぁぁぁ……もう、なんでもいいや)
「あの、次からはそれ、やめた方がいいと思うよ……」
わたしは心の中で深い深いため息をつくと、未来の魔法少女のためにエルにお願いをする。
するとエルは、不思議そうに首を傾げながらも、いつも通りの冷淡な声で返事をした。
「はい、承知しました。フィードバックをありがとうございます」
「うん、よかったよかった。それじゃあ、本当の詠唱を教えてもらえる?」
いつのまにか怒りも治ってきていたわたしは、先ほどよりも静かな口調でエルに質問する。
「かしこまりました。魔宝石を手に持った状態で、『武装』と唱えることで、魔法少女に変身することが出来ます」
(え……めっちゃシンプル……)
これはこれで、予想を裏切ってくる結果である。
先ほどの呪文とまではいかないが、魔法少女らしい? 可愛い決め台詞のようなものがあると勝手に思い込んでいた。
せっかく異世界まで無理やり連れてこれら、なんの因果か魔法少女という可愛らしい能力を手に入れたのだ。
なんというか、ここまで端的な呪文だと、どこか物足りなさを感じてしまう。
(ま、さっきのよりはマシだけどね)
今と先ほどの呪文の温度差に呆れながらも、わたしは魔宝石を強気握りしめて、ゆっくりと口を開いた。
「………………………………武装」
そう唱えた直後、虹色の魔宝石から溢れんばかりの虹光が放たれ、わたしは目を焼かれないように伏せた。
するとわたしの手の中から、魔宝石はひとりでに浮かび上がり、わたしの方へゆっくりと近付いてくる。
かちゃりっ
そんな軽やかな音がわたしの下から聞こえると共に、冷ややかな感触が首元を襲った。
次の瞬間、首元から放たれた沢山の小さな光を放つ星々が、煌めきながらわたしの周りをくるくると回転しだす。
小さな星たちは綺麗な弧を描きながら流星のように流れていくと、わたしの髪や手首、足元なんかにぶつかっては消えていった。
今度は全身がピカピカと眩しい光を放ち始めると、髪や手首なんかが布で覆われたように感じる。
そして唐突に髪が一瞬で解かれ、ふわふわとまとまってから髪の重みが一気に増える。
最後に何かが弾けたような音が聞こえると、ゆっくりと全身から放たれていた光が収まっていった。
「変身……出来たの、かな?」
ずっと顔の真下が光っていたことで、若干目を痛めたわたしはそう呟くと、恐る恐ると視線を下に持っていって驚愕した。
「わぁ!? なにこれ! めっちゃ可愛いドレスじゃん! それに、手首にもリボンが巻いてあるし、首にも……チョーカーかな? それっぽいアクセが着けられてそう。え、エル、鏡とかってある?」
「承知しました。全身鏡を召喚いたします」
エルがそう言うと、またまた床に魔法陣が浮かび上がり、そこから木製のフレームの小洒落た姿見が現れる。
わたしはてくてくと近付いていって姿見の前に立つと、想像を遥かに超えた可愛さに声を漏らした。
ピンクを基調としたドレスには、真っ白なフリルがこれでもかと飾られている。
そして、スカート部分は明るいピンクと暗いピンキーがミルクレープのように重なっており、フリフリしていて酷く可愛らしい。
両手にはホワイトな長手袋を装着しており、手首はピンク色の可愛らしいフリルのお袖留めが着いている。
足元は純白のニーハイで覆われており、ピンクのお花が付いた白いローファーは履き心地がとても良い。
わたしは両腕を振り振りして揺らして楽しむと、1番と言っていいほどに目立っている首元に視線を向けた。
そこには黒革のお洒落なチョーカーが取り付けられており、チョーカーの前側の真ん中には、虹色に輝き続ける魔宝石が金具と共に揺れている。
そして最高のチャームポイントになっているのは、ツインテールを結んでいる、青と黄緑の可愛い巨大リボンだ。
(え……わたし、めちゃくちゃ可愛くない……?)
こう言うのは自分で言うのもアレなのだが、いささか似合いすぎではないだろうか。
鏡に映るわたしの姿は、アニメで戦っているような魔法少女と同レベルの完成度であり、今すぐにでも強力な魔法が撃てるような気になってくる。
実際にはあのしょぼいしょぼいホースの水撒き魔法なのだが。
「無事に変身をすることが出来ましたね。それでは、今から実際に――」
長い時間、鏡の中の自分に見惚れていると、耐えかねたのかエルが変わらぬ冷淡な声で話しかけてくる。
しかしながらその途中で、バイブレーションのような振動音が部屋に鳴り響いた。
「スマホのバッテリーが、非常に少なくなっているようです。どうやら、魔法少女のチュートリアルはここまでのようですね」
「え、なんで?」
少し残念そうな声色で呟くエルに対して、わたしは率直にそう尋ねる。
「このアドバンスルームが展開されている間は、スマホのバッテリーを消費しています。そのため、バッテリーが切れてしまった場合は、強制的に排出されてしまうのです」
「え、そうだったんだ……」
「はい、それではひかり様。この部屋を出たら、スマートフォンに魔力を充電するのをお忘れな――」
「ちょ、ちょっと待って?」
(いま、衝撃的な言葉が飛び出なかった……!?)
エルの言葉を危うく聞き流しかけたわたしは、焦りながらも彼女にストップをかける。
「す、スマホって、魔力で充電出来るの?」
「肯定。スマートフォンがこの世界でも使用できるよう、転移時に改造が施されています。そのため、魔力によってバッテリーを充電することが可能となっています。スマートフォンに触れているだけで充電が出来ますので、お忘れのないよう、よろしくお願いします」
まさかのここで意図せずに、異世界での不思議体験の1つが解決した。
スマホの充電が100パーセントまで増えていた理由は、わたしの魔力で充電されていたからのようだ。
(それにしても便利。改造って、あのメージーンとかいう神様がやったのかな?)
異世界でも永続的に使えるようになったスマホに対して、わたしがそんなことを考えていると、いまだに大きく表情を変えていないエルが再び口を開いた。
「これにて、魔法少女のチュートリアルを終了します。それではひかり様、おやすみなさい………………良い夢を」
彼女のその言葉が最後となって、わたしの意識はゆっくりと消えていった。
(あれ、最後……エル、笑ってたように見えたな……)
エル……おやすみなさい……




