第14話・情報過多と熱異常
「それでは次に、色彩変化を試行していきます。現在、ひかり様が使用できる魔法属性は、火・水・風・地の4つです。それぞれ対応している色彩は、赤・青・黄緑・黄となっています。能力を発動するには、『色彩変化』と唱えたあとに、2つの色彩を続けて声に出す必要があります。例を挙げると、『色彩変化・赤・青』と唱えることで、能力が発動出来ます」
わたしの文句を完璧に無視したエルは、淡々と色彩変化についての説明をし始めた。
ここまで冷淡だと、彼女がAIかなんかだと錯覚してくる。
(まあ、異世界にAIとかある訳………………あれ?)
だが、さっきから浮かび上がっているスクリーンや、そもそもこの部屋自体を創造する技術は、異世界にとって明らかにオーバーテクノロジーではないだろうか。
さらに言えば、ここまでの技術力はもはや現代世界でも最先端、もしくはそれ以上だと思う。
(え、じゃあエルってAI、もしくはそれに近い何か……ってこと?)
「………………ひかり様?」
「ん? あぁ、ごめん。少し、考えごとしちゃってた」
なんの反応も示さないわたしに、どうしたのかとエルが声をかけてくる。
首をこてんと小さく傾げる様子は先ほどから思っていたが、やはり酷く可愛らしい。
「えーと……唱えたあとに、2色続けて言えばいいのね?」
「肯定」
わたしの問いかけに対して、エルはこくりと頷いた。
「じゃあ、いくね……色彩変化・青・黄緑」
そう唱えた瞬間、真下から眩しい光を感じて、不思議に思ったわたしは視線をそっちに向ける。
するとわたしの足元に、神々しく眩く魔法陣が浮かび上がっていた。
白光で描かれた魔法陣の四方には、赤、青、黄緑、黄の4色に輝く発光点のようなものが浮かび上がっており、中央からは2本の黒い光線が伸びている。
そして光線が、時間を進められた時計の針のように回転していくと、その先端が青と黄緑の光点を指して静止した。
「はい、成功のようですね。これで現在ひかり様は、水属性と風属性の魔法の行使が可能になりました」
「………………ほんとに? もうわたし、魔法が使えるの?」
行使が可能と言われても、正直に言って実感が一切湧いてこない。
『ウィンドカッター!』と唱えたりすれば、手から風の刃が放たれたりするのだろうか。
(でも、魔法少女が魔法使えなかったら、圧倒的に名前詐欺だもんね……)
そんなしょうもないことを考えていると、わたしの言葉に対してエルが返答を口にした。
「肯定。ひかり様の魔力は現在進行形で消費されていますが、初級魔法レベルなら即座に使用が可能です。試行をしますか? 試行をする場合は、修練用ダミーゴーレムを召喚します。それと、魔法の手解きも行いますが、どうされますか?」
「修練用ダミーゴーレム?」
「特殊な製法で液化した魔力によって構成されているゴーレムのことです。通常のロックゴーレムよりも頑丈であり、特徴として粒子レベルでも残っていた場合、時間経過で完全に再生します。そのため、剣術や魔法の修練用に使用されているゴーレムです」
(あー、ゲームで言うところの、試し斬り用のカカシみたいな感じかな?)
「それじゃあ、お願いしてもいい?」
「承知しました」
エルはわたしの言葉に頷くと、わたしたちの間の床に魔法陣が浮かび上がる。
キラキラと輝く魔法陣からポンッと飛び出てきたのは、兜が被せられた金属製のカカシだった。
なんというか、酷く既視感がある。
「それでは魔法に手解きをしていきます。まずは、鳩尾の上の辺りに手を当ててください」
カカシを見ながらボケーっとしてたわたしは、彼女に言われるがままに手を動かしてその辺りを押さえる。
「今からわたしが魔力を流していきますので、それを感じ取ってください」
「はい、わかりむッ!?」
エルの言葉に返事をしようとした瞬間、彼女の美しい顔が一瞬で近付いてきて、わたしのくちびるにその小さな口をくっ付けた。
すると、だんだんと舌に熱が込もってきて、喉、首、心臓を通って熱が流れ込んでいく。
(わた……え、キスされてる……?)
とんでもない衝撃にわたしが脳をショートさせていると、今度は鳩尾の上の辺りが一気に熱を帯び始めた。
そこに、何かが溜まり込んでいるような感覚を覚えながら、わたしはあまりの熱に気道が苦しくなってくるように感じる。
次の瞬間、溜まり込んでいた何かがそこで大爆発を起こしたのか、マグマが噴火によって流れ出したのかと思うほどに、ボコボコと全身の血管が酷く熱くなった。
「ッ!? ぐっ、は、はぁ……はぁ……な、なんなの? 急にき、キスしてきたりなんかして……! それに、なんか体が酷く熱いし……!」
わたしは喉から込み上げてきそうになった熱い何かを飲み込むと、息を切らしながらエルを睨みつけた。
有無を言わさずファーストキスを奪われた上に、毒薬を仕込まれたかと疑うくらいに体が熱くて痛い。
どうしてわたしはこんな状況に陥っているのだろうか。
そんなことを思いながら数秒が経つと、いつのまにか体から熱が引いており、それが分かったのかエルが再び説明を始めた。
「魔力を相手に流するには、肉体的接触が必要となります。その中でも、キスによる接触が最も効果的とされていますので、今回はその方法を使用しました」
いや、その選択は最も効果的かもだけど、わたしにとっては絶対に最適解じゃなかったけどね……
わたしが呆然としながら文句を心で呟いている間も、エルは音声機械のように説明を続けている。
「現在ひかり様の内部では、私の魔力がひかり様の魔力と共鳴を起こしています。それによって魔力器官が刺激され、ひかり様の魔力が覚醒しました。これで、ひかり様が魔法を使う上での事前準備が整いました」
「か、覚醒?」
「はい。魔力を体外に排出できるようになるには、魔力を覚醒させて全身に巡らせる必要があります。それは――」
「そこまでで大丈夫! 正直、今日だけで情報を詰めすぎて、そろそろ涙が出てきそうになってきたから……」
このまま分からない単語を聞き続けてると、日が沈んで反対から昇ってきてしまう。
まあ、この部屋からは太陽なんて見えないけれども。
それに、1から100まで理解が出来ていないという訳でもないし、大丈夫だろう。
脳がオーバーヒートし始めたわたしがエルの説明を遮ると、彼女は不思議そうな雰囲気のままこくりと頷いた。
「承知いたしました。それでは今から、初級魔法の練習を始めていきます。まずは、魔力を感じるところになります……が、ひかり様は魔力感覚が非常に長けているように思われます」
「そうなの?」
「はい。先ほど全身を熱く感じていたのは、魔力が神経を巡回していたことによるものです。そのため、熱を感じられていたのは、魔力感覚が冴えていることの証拠になります。それでは、次の段階に進みましょう。手のひらに魔力を集めて、ウォーターボールと唱えてください」
(手のひらに魔力を集める……? と、とにかくやってみるか……)
わたしは、さっきまで高熱を感じていた鳩尾の上の辺りに、ギュッと力を込めた。
じわじわと熱が籠ってきたのを感じたわたしは、それを右手に集めようと強く強くイメージする。
「ッ! 熱が上がってきてる!」
すると、籠っていた熱がどんどんと上に上がってきて、最終的に右の手のひらに熱が集まっている。
わたしは右手を前に出すと、カカシの方に向けながら力を込めて叫んだ。
「………………ウォーターボール!」
次の瞬間、手のひらを向けた先に直径5センチほどの水の球が浮かび上がった。
水球は3秒ほどその場に留まると、カカシに向かってゆっくりと動き始める。
そして数秒ほど空中を揺蕩ってから、パチンッと弾ける音と共に地面に落ちた。
「で、できた……!」
「肯定。ひかり様は、魔法の発動に成功していました」
どうやらわたしは、ついに魔法使いとしての第1歩を、しっかりと踏み出せたみたいだ。
だけど、ただ1つだけ、言いたいことがある………………
(想像の数倍、しょぼくない……?)
頭の中で描いていた魔法への幻想が、今、音を立てて崩れ落ちた。




