第1話・スモークサーモンとマッシュポテトのオープンサンドイッチを主食に添えて
王城地下ダンジョン第?階層――
しくじったっ!!!
聖女様のことを守るよう、彼女の前に立ったわたしは、心の中でそう叫んだ。
今いる場所は、石レンガらしきもので形成された壁によって、四方を覆われた広い部屋。
唯一の出入り口だった後ろの扉は閉じられており、この部屋から脱出する方法はもう、1つしか存在しない。
(くそっ、まさか転移罠があったとは……!)
わたしたちの視線の先、この部屋の中央には、巨大で黒く、そして禍々しい魔法陣が展開されている。
「ヒカリ様! ここは、聖女である私に任せ――」
「黙って! ここは……わたしがやる。聖女様は何も考えずに、ただ巻き込まれないように離れてて」
「で、ですが……」
わたしは文句を言いたそうな聖女様を無視して、ゆっくりと前に進んでいく。
彼女がこの部屋に飛ばされたのは、彼女のことを巻き込んでしまったわたしの責任だ。
(自分のミスに他人を巻き込むとか……最低の失態だ……!)
自身のやらかしに対して、わたしは強く反省する。
どうしてこうなってしまったのか、それは、わたしの不注意が原因だった。
今日はもともと、勇者パーティーが腕試しのために、このダンジョンに潜る日だった。
それなのにも関わらず、なぜか権力者の1人か何人かが口を出したせいで、勇者召喚に巻き込まれただけのわたしまで、一緒に潜ることになったのだ。
途中までは……いや、わたしが失敗するまでは非常に順調だった。
わたしが失敗したのは、今日の目的だった第10階層の主、そいつがいる部屋に入る直前だ。
『ッ!? 転移罠!?』
突如として、わたしの足元に魔法陣が展開されたのだ。
勇者パーティー、そして着いて来ていた騎士団の誰もが、発動した罠への反応が遅れてしまっていた。
(あぁ……これは終わったかな……)
そう思った瞬間、わたしの腕が誰かにギュッと掴まれる。
視線を動かすとそこにいたのは、真剣な表情をした聖女様だった。
『――聖女様!!!』
その光景を見たことによって、転移罠が発動していたことに気付いた騎士たちは、全員が聖女様のことを助けようと手を伸ばす。
しかし次の瞬間、転移罠が作動し、わたしたちはその場から姿を消した。
そして気が付けばわたしたちは、何階層かもわからない階の主部屋に、座り込んでいたのだ。
「ほ、本当に、大丈夫なんですか……ヒカリ様」
心配そうな表情を浮かべながら、聖女様が口を開いたが、わたしはそれに笑顔で答える。
「聖女様。ここは、魔法少女のわたしに任せて」
(絶対に、聖女様には傷ひとつ付けさせない!)
返事をしたわたしは、そう決意しながら前を向いた。
地面に描かれた魔法陣からは、ぐちゃぐちゃと魔力が迫り上がっている。
捻れて崩れ、まるで泥土のような魔力はその形を変えていき、そして出来上がったのは……
「こいつは………………ケルベロスっ!?」
光を塗り潰したような漆黒の毛皮。
さながら業火を閉じ込めたような、真紅の瞳を持つ3つの頭。
その姿はまさしく、地獄の番犬と呼ばれる神話生物、ケルベロスであった。
ヤツはわたしを視界に捉えると、地の底から響くような唸り声を上げる。
「っ………………わたしならやれる、わたしなら倒せる。わたしなら、絶対に!」
わたしは何もない空間に手を伸ばすと、そこから虹色に輝く宝石を取り出す。
そして手に強く握って胸に当てると、わたしはそのまま決意を込めて叫んだ。
「武装!!!」
次の瞬間、わたしの手の内側から、煌々と虹色の光が溢れ出した。
ジリリリリ……ジリリリリ……ジリ――
忌々しい音によって浅い眠りから目覚めたわたしは、手探りでスマホの位置を確認してからアラームを止めた。
「ゔぅ………………もう、朝か」
掛け布団を蹴り上げて退けると、スマホを握りしめてベッドから降りようとする。
しかし、足が床についたのと同時に滑らしてしまい、わたしは床に倒れ込んだ。
「ッ゙!? はぁ……ほんと最悪」
そう不満を漏らすと、痛む体をさすりながら立ち上がる。
わたしは掛け布団を畳んだりしてベッドの片付けを済ませると、スマホを見ながら寝室の外に出た。
階段を下って1階に降りたわたしは、洗面所にたどり着くといつも通りに朝のルーティーンをこなす。
まずは水で軽くゆすぐと、洗顔料を泡立ててから顔をわしゃわしゃと洗っていく。
そしたら水で泡を流していくと、昨夜のうちに用意しておいた新しいタオルで顔を優しく包んだ。
「ふぅ、あとは化粧水と〜」
タオルを横に置いたわたしは、備え付けの棚から化粧水と乳液を取り出し、順番に塗っていく。
わたしはまんべんなく塗り終えると、頬をぺちぺちと軽く叩いて、ちゃんとケアが出来たかを確認した。
「よしっ、今日もわたしは可愛いね。それじゃ、朝ごはんにしよっと」
鏡を見ながらそう呟いたわたしは、今日の朝ごはんは何にしようかな、と考えながらリビングに向かった。
「いただきます、っと」
朝ごはんの仕度を済ませたわたしは、お皿を全部テーブルに運んでから手を合わせた。
今日のメニューは、メインにスモークサーモンとマッシュポテトのオープンサンド。
付け合わせにはグリル野菜と、ミニトマトのコンソメスープを用意してある。
「まずは……スープからにしようかな」
わたしはスープカップを手に取ると、そのまま口をつけた。
優しいコンソメの旨みとミニトマトの甘酸っぱさが、見事綺麗に噛み合っている。
普段はコーンスープばかり飲んでいたが、これからはコンソメスープも定期的に飲むことにしよう。
「えーと、そしたら野菜食べよっかな」
今回グリルしたのは、ナス、ズッキーニ、アスパラガスの3種類だ。
それぞれの野菜が、ハーブソルトでしっかりと味付けが出来ており、それに食感も一緒に楽しむことができた。
(うーん、1番はズッキーニかなぁ。やっぱりこの食感がいいよね)
そんなことを考えながら、わたしはパクパクと野菜たちを口に運んでいく。
「ふぅ……完食。それじゃあ本日のメインディッシュ、いただきまーす」
わたしは用意しておいたフォークとナイフを手に持つと、刃をライ麦パンに入れていく。
乗っている具材は、スモークサーモンとマッシュポテト、そこにクリームチーズが加わっており、さらに黒胡椒とオリーブオイルがかかっていて、わたしのお好みでレモンも絞ってある。
「ふふっ、朝からこれは、すごい贅沢な感じっ」
フォークを刺して、具材がちゃんと乗っているのを確認すると、わたしはそのまま口に運んだ。
(ん、大成功みたい)
まず最初に感じたのは、パンの香ばしさにポテトの滑らかさと甘さだ。
クリームチーズのしっとりとした爽やかな酸味が、いいアクセントになっている。
そしてガツンと来たのが、スモークサーモンの旨みである。
燻製だからこその香りの豊かさと、サーモン本来の味わいが最高のコンビになっている。
自分で言ってしまうのはアレだが、このレベルならお店で出しても遜色ないと思ってしまう。
「まあ、朝から1時間掛けて作ったし、相応の完成度ではあるのかな」
わたしはそう言うと、こういった料理用に買っておいた、ボトルのぶどうジュースを開ける。
グラスに注いでから一気に煽ると、なんだか貴族になったような気分を覚えた。
「ふふっ、最高なモーニングタイムだなぁ……って、やばっ! もうこんな時間じゃん!」
贅沢な朝食に優雅な気持ちになっていると、ふと時計に目をやったわたしは驚愕した。
気が付けば現在時刻は、普段学校に向かい始める時間の30分前になっていたのだ。
「洗い物も済ませないとだから、急いで食べ切っちゃお」
そう言い切ったわたしは、時間に間に合うように食べるのを再開した。
「家の電気消した、あまった食材も冷蔵庫にしまった、あとは洗濯機もかけた……よしっ、大丈夫そうだね。最後に鏡だけ確認しよ……」
わたしはそう言うと、玄関に置いてある全身鏡で自分の姿を確認する。
そこに映っているのは、可愛らしいブレザーの制服で身を包んだ、キュートな美少女。
髪型はラビットスタイルのツインテールで、髪の長さは胸の高さまで、そして髪色は黒である。
これならどこからでも、人畜無害なロリ美少女に見えることだろう。
(うんうん、今日もわたしは完璧だね)
「それじゃあ、いってきま〜す」
誰もいない家にそう告げると、玄関の鍵を閉めてから歩き出した。
階段を使ってマンションの1階まで降りると、わたしはカバンの中から有線イヤホンを取り出す。
そして先端をスマホに差し込むと、両耳に着けてスマホの操作し出した。
世の中にはワイヤレスイヤホンとかいうのが存在するらしいが、わたしは昔から有線の方が好きである。
(今日は何にしよっかな………………せっかくだし、プレイリストじゃなくて、トレンドのやつをランダムで流そうかな)
そう考えたわたしは、パッパッとスマホをタップする。
すると、この前ショート動画で流れてきた楽曲が、イヤホンから聞こえてきた。
確か、曲自体はある程度前にリリースされたものだけど、最近になって再び聞かれ出した曲のはずだ。
「ふふっ、やっぱりこのボカロPさんの曲は、冷えつくような恐ろしさと不気味な可愛らしさが癖になるんだよなぁ」
そんなことを呟きながら歩みを進めていくと、比較的長い横断歩道の場所までたどり着いた。
残念なことに、今信号が赤に変わったばっかりなので、結構な時間がかかりそうだ。
(あ、広告に入っちゃた……音消しとこ)
曲と曲の間の広告が始まってしまったので、わたしは鬱陶しく思いながらスマホの音量をゼロにする。
そのまま何も聞かずに信号が変わるのを待っていると、後ろから男女の話し声が聞こえてきた。
まだ距離がありそうなので確実ではないが、聞き覚えのある声なので、もしかしたら同じ学校の生徒かもしれない。
だんだんと声が近付いてきて分かったのは、男1人女2人で会話をしていることだ。
(高校生だとしたら……珍しいな、男女混合だなんて。もしかしてハーレムだったりする?)
そんなことを考えていると、小鳥の鳴き声が聞こえ出すのと同時に、信号が青になった。
「あっ、翔太。信号が青のうちに急いで渡らない?」
「え? いやいいよ、走るのめんどくさいし……っておい緋珠! なに俺の手を掴んで走り出そうとしてんだ!」
「文句あるのか? この程度の距離を走るのも怠いなんて、男としてどうなんだ?」
「おいおい。考え方が今時じゃないぞ、今時じゃ。別に男だからって体力があるとは限らないぞ」
「あんたの場合は引きこもってゲームばっかりしてるからでしょうが!」
「いったっ! おま、叩いたな!? 親父にも何回もぶたれたことあるけども!」
そんなふざけた会話をしながら、3人の男女はわたしの横を通り過ぎようとしていた。
男の顔に見覚えはなかったが、2人の女の顔はよく知っていた。
なぜならこの2人は、わたしの学校でも最上級の美少女、美人として有名だったからだ。
(たしか名前は……百咲と、橘だったかな? なんでそんな有名人が、1人の男なんかと一緒にいるんだろ……)
そんなことを考えていたせいで、わたしは目の前の異常に気付くのが遅れてしまった。
「おい! なんか魔法陣みたいなのが出て来やがった!? も、もしかして異世界召喚なのか!?」
「な、なんなのよこれ! 動けないしどうなってるのよ!」
「ど、どういう状況なんだこれは? 何が起ころうとしているのだ?」
わたしの横を通り過ぎていった3人の足元に、巨大で白色の魔法陣らしきものが浮かび上がっていたのだ。
そう、ゲームや漫画、アニメなんかに登場するような、ファンタジックな代物の魔法陣のことだ。
(へ、何が起きてるのこれ!? なんであの3人の足元にこんなの………………あれ、わたしも動けない!?)
ギリギリ範囲内に入ってるかどうかの位置に居てしまったわたしは、その場から抜け出そうと足に力を込める。
しかし不思議なことに、わたしの足はその場からびくともしてくれなかった。
どうやらあの3人と同じように、わたしも身動きが取れなくなっているようだった。
「しょ、翔太! あんた、ど、どうにかしなさいよ!」
「くそっ、ダメだ! 全然びくともしねぇし!」
「これは諦めた方が良さそうだ……せ、せめて、この竹刀だけでも持って行ければ……!」
3人の方を向いてみると、カバンを投げ出してなんとか魔法陣から逃げ出そうと、必死そうにしているのが見える。
(あの3人が召喚の目的そうね……なら、わたしはまだ希望があるのでは?)
そう考えたわたしは、誰かに助けを求めようと周囲を見渡してみるが、どうしてなのか、周辺にいる全員が、わたしたちのことを気にせずに普通に過ごしていた。
もっと言えば、誰に彼もがわたしたちのことを、まるで認識していない……いや、出来ていないかのように通り過ぎていく。
(あー、超常現象だもんね……細かいところまで徹底されてるよね……)
周囲の人を頼るという方法は、諦めた方が良さそうである。
それならば、他にはどんな方法があるのだろうか。
(いや、ないでしょ……もう)
いくら人よりも器用で美少女なわたしでも、さすがに魔法なんてものには勝てるはずがない。
「………………どうか、転移先がダークファンタジー世界観じゃなくて、ほのぼのファンタジー系でありますように!!!」
わたしがそう叫んだ瞬間、この世界から4人の男女の存在が、証拠1つ残さずに消え去った。
「よくぞ参った、異世界の勇者たちよ……」




