怪しい男
あの後、無事バスに乗って大学まで行くことが出来た。
「鋳止、おはよー」
「おはよー」
友達の糸瀬。大学からの付き合いや。
最近は「美人と付き合いたい」って、よく俺に言うとる。
「なァ、京子ちゃんと別れたってまじ?」「まあな」
確認が取れた糸瀬は美人やったんにーとか、もったいない、とか言うとったが、もったいない思いたいんは俺の方もやと思う。
「京子ちゃん浮気しとってん、そんでアッチから別れよ言うてきた」
「…今日、昼飯奢ったるわ」
こいつなりの気遣いやろうか、付き合いたての頃は「リア充爆発しろ!」とか「俺にもええ子紹介してー」とか言うとったんに、こういう所あるから嫌いになれん。
「そろそろ講義始まるんやないの?」
「え、まじ」
はよいこ、と促して、俺は糸瀬と階段を駆け上がった。
「ほんなら、俺こっち方面やから」
「今日は、色々おおきに」
気にせんでええわ、なんて笑う糸瀬を見て、こちらも少し笑みが溢れた。ほな、と帰ろうとしたが、金子ー、と言われて、糸瀬に止められた。
「俺、ずっとお前の友達やめんからなー!」
もうそこそこ離れていたが、それでも結構聞こえるぐらいの大声でそんな事を言ってきた。どう返事しよか悩んだけど、「こっちもやめんわ」って言った。あいつ、なんやえらいにやにやしとったなあ。
「ただいまー」
靴を脱いで、すぐさま花瓶に水をやる。百合の花と、俺が昔育ててた赤いチューリップが挿してある、白くて細長い花瓶。
俺が産まれるより前からあったやつらしい。
やることも無く畳に突伏し、庭から見える盆栽と、野良猫を見つめる。おやじは盆栽もやっとったが、死んだ後は俺が家主やし、全部の管理は難しい。いくつかは捨てることになってしまいそうやな。
(糸瀬でもええから、誰か来てくれへんかな)
ぴんぽーん。
インターホンが鳴った。あんな事思っとったから誰か来たんやろか?
「今出まーす」
インターホン越しにそう言って、俺は忙しく玄関まで小走りで向かった。
「こんにちは。」
外で待っとったのはようわからん格好した、男?やった。切れ長な目が綺麗な、結構顔が整っとる人や。
夏日やのに、服はたくさん着込んどる。それなのに、顔は汗一滴すらも垂らしとらん。
「誰ですか?」
「あ、申し遅れました。」
「私、秋田宗介と申します。貴方は金子さん、で合っていますか?」
「まあ、そうですけど…」
ああ良かった、なんて言って、秋田さん?は懐から封筒を取り出した。茶色の。
「お父様の件についてのお手紙です」
心臓が跳ねるような感じがした。
何で知ってんねや、この人?
おやじの葬式にはこの人は居らんかった。
(いや、決めつけるんは良くないな)
秋田さんは「おやじの件」としか言うとらん。
や、でも…
「良ければ、この場で読んで頂けませんか?」
「あ、はい」
手渡された封筒は結構綺麗に封がされてて、ザ·几帳面みたいな封筒やった。
ぺり、と封を剥がし、中に入っていた長方形に畳まれている紙を開く。
拝啓
鋳止匙様の件について、我々一同、ご冥福をお祈りいたします。
突然の事ではありますが、どうか心を強くお持ち下さい。また____
その先にはミミズが這ったような文が続いていてよく読めんかったが、少しだけ読むことが出来た。
匙様の⬛⬛、またそ⬛に関する鋳止金子様への
これ以上はよく分からん。でも、最初の文でおやじが死んでること知っとるんやと分かる。
「あの、読めないんですけど…」
「これは失敬。なにせ、こちらも慌ただしい状態になっていまして、邪魔が入りやすいものですから。」
よぉ分からんが、こんな手紙になるぐらい忙しいんやな、と、とりあえず納得しておく。それに、秋田さんの目尻には薄い隈が付いとる。一応、証拠にはなる。
「お父様の件でも色々話したいことがありましてね、宜しければ上がっても?」
「まァ、人も居らんので…」
それでは、と言って、秋田さんは靴を脱いで、玄関で綺麗に揃えた。ええ人やな。
「お茶、どうぞ」
「ありがとうございます。」
秋田は両手で湯飲みを持ち上げて、そのままゆっくり飲んだ。所作の所々に、こう、教養?みたいな、とりあえず上品やなー、って思うようなとこがある。
…値踏みみたいで失礼やろか
「それで、お父様の件ですが」
そやった、そういう話やから家に上げたんや。
「ええと、どうぞ」
そう言うと秋田さんは、ふう、と一息付いてから口を開いた。
[ちょっと迷った]
「お茶、でええよな…?」
「うーん、でもコーヒーもええよな…」
「いや、飲めんかったらアレか…ほんならお茶にしよ」