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イッセン  作者: 銀子
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鋳止家の弓

一昨日、おやじが死んだ。


死因は失血死。でも、凶器も血の跡も、ましてやおやじの体には傷跡も無かった。警察は勝手に「病死」として片付け、おやじの死は片付けられた。


正直な話、葬式では全く泣けんかった。死んだっていう事実が頭ん中反芻して、上手く回らんかったから。虚無なんて言葉が昔っから有ったんも、あの時なら納得できる。

結局、最後は周りから「気の毒やったな」とか言われながら、真っ白いおやじの骨連れて、家に帰った。

帰った後にやっと実感してきて、深夜に吐いた。あさイチに死体見た時の変な感じとか、遺産のこととか。そういう感情がまた込み上げてきて、さっきより多く吐いた。胃酸の味と喉が灼けるような痛みのせいで、まともに寝付くことができんかった。


-7/13 朝-

「…あさか」

昨日の気持ち悪さがまだ残っとる。…だるい

俺は鋳止金子、この前カノジョに振られた大学生や。


「飯、作ろ」

俺はキッチンに入って、卵と昨日残してたウインナーを取り出した。

「あかん、米炊き忘れた…」

今から時間かけてまで食う必要なんて無いし…コンビニでおにぎり買うか。

コンロに置きっぱだったフライパンに火を付け、ウインナーを4本入れてから卵を片手で割って三角コーナーに殻を捨てる。昔から手先は器用だったから、片手で割るのはもはや特技になりつつある。

ウインナーが卵の白身に触れ、ぱち、と音が鳴る。わざわざ油取り出す必要も無いから、ウインナーは結構好きや。

卵が固まってきたのを境に、水を入れてフライパンに蓋をする。半熟派やから、こういうライフハックがあるんは素直に嬉しい。

白身が固まってきたから皿にウインナーと目玉焼きを乗せて、箸を持って居間に行き、でかい机に皿と箸を置く。

「いただきます」

手を合わせてから箸を持ち、取り敢えず目玉焼きに手をかける。塩だとか醤油だとかの論争があるが、俺はそのまま派や。ぶっちゃけ、味付けとかいらんくらい卵は美味いと思っとる。

黄身に箸を刺し、ウインナーの方向に箸を連れて行く。つつー、と流れていく黄身をウインナーに流し、箸で掴んで一口で食べる。うん、安定して美味い。そのまま同じような事を繰り返して、完食した。


皿を洗っている最中、ふとある物を思い出した。

「…あの弓、手入れするか」


居間の奥にある弓立から一張の弓を持ち、小箱に入っているセーム革を手にとってやさしく拭いていく。手汗や目立った汚れがある訳ではないが、綺麗な弓なので綺麗さを保たせたい。おやじに色々教えられたので、ある程度の心得はある。お陰で、今は弓道の道も考えとる。

「よし、完璧や」

乾いてから矢立に起き、そういえば、とおやじの事を思い出す。


-6日前-

「金子、おれはそろそろ死ぬ。」

おやじはそう言って、矢立に掛けてある弓と、俺を見つめた。

「何で分かるん?」

「何でやろなあ」

けけ、と笑うおやじを見て、何となくそうかもと思った。

おやじは享年51歳やった。俺が大学に上がった頃、急に床に伏せた。「ただの風邪」なんて言うとったが、結局その風邪は治らんかった。

「ほんでな、一個言っておきたい事があんねや」

おやじは目を細めて、俺と弓を見つめた。

おやじは青い目が綺麗な男やったから、細められた目がやけに格好良く見えた。

「何や、急にかしこまって」

「お前に、あの弓を渡そうと思ってなあ」

「は?」

咄嗟に声が出た。あの弓は、おやじが床に伏せた後でも手入れを欠かさなかった弓やったし、結構上等な物に見えたから。

「俺でええやつなん?他に適任な奴おるやろ」

「お前にしか出来んから言うてんねや」

そこまで言うなら…と渋々受け取り、暫くしてからおやじは死んだ。


(貰いもんやし、綺麗にせんとあかんよな)

セミの鳴き声にうざさを感じながら、俺は鞄と鍵の用意をした。そろそろバスが出る時間や。

「行ってきます」

おやじが居らんくても、何時もの掛け声は忘れん。

鍵をかけ、俺はバス停まで駆け足で向かった。

お腹すいちゃった

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