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自信過剰のn箇条  作者: 藤川愚痴子
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いけすかない転入生

「手短な自己紹介など必要ない。ボクの魅力を伝えるには、とても1分では足りないからね」


◆ ◆ ◆


『このクラスに転校生がやってくる』


朝からそんな話題で持ちきりだったが、俺には関係のない話だった。

 窓際・最後列という特等席を陣取る俺は、(俺の隣に用意された「この席」に座ってくるんだろうな)とは思いつつ、今ひとつ興味が持てずにいた。


 渦潮かじお信路(しんじ)を名乗るくだんの転校生が、胸を張って自己紹介を「断る」までは。


 教室に入ってきた時点で「どこにでもいるヤツ」だと認識した俺は、そのまま窓の外を眺めていたところだったが、ざわめく教室内と共鳴するように、俺もそいつの発言に一度は耳を疑った。


担任も拍子抜けしたのか、「えっ」という情けない声を出した。

 続けざまに渦潮は言った。


「ふん、最前列の席が空いているな。ボクの指定席かな?」

「あっ……えっとね渦潮くん。渦潮くんの席はそこじゃなくて、あそこの一番後ろの席になるんだけど……」

「なるほど、悪くない」


 苦笑いする者、コソコソと話す者、「悪くないってなに?」と小声で言う者……

クラスメイトの反応は多種多様であったが、総括すればそれは「変人を目の前にした反応」ということになる。


 そのようなことは気にも留めず、渦潮はまっすぐとした姿勢でズカズカとこちらへ近づいてくる。

そして着席する頃には、ほぼ全員の視線がこちら側に向いていた。俺まで気まずいではないか……

 一人で居心地が悪くなっている俺をよそに、こいつは机の上で指を組み、どっしりと構えている。心なしか眉毛と口角が上がっていて、どこか小馬鹿にしているようにも見える。


 やがて時は過ぎ、1時間目が始まるまでの休み時間……という名の尋問が始まった。


「渦潮くんって、出身地はどこなの?」

「精巣生まれ、子宮育ちだ」

「えっ」

このやり取りで、少なくとも女子生徒は去っていった。


「渦潮くんって独特な喋り方するんだね。転校デビューとか、そういう感じ?」

「独特な喋り方? 転校デビュー? ボクには理解できないな」

「……えーっと、そういえばさ、ボクの魅力は1分じゃ伝わらない! みたいなこと言ってたけど、渦潮くんってそんなにすごい人なんだ」

「ああ。すごいという言葉をどれほど並べても足りないほど、ボクは優れている」

「どんなところが?」

「それは分からないが、優れていることだけは確かだな」


 嫌な沈黙が流れる。

そして渦潮はこう言い放った。

「この学校のことを知りたい。そのためにも、キミたちを案内役に任命しよう」


 いよいよその場に誰もいなくなった。

俺の席の周りに人が集まっていたので身動きがとれずにいたが、こうも早々に散ってくれるとある意味ありがたい。

 せっかく興味を持って集まってくれた同級生をみすみす逃してしまったにも関わらず、それでも渦潮は、依然として背筋を伸ばして綺麗に座っている。


 人のことは言えないが、これでは一向に馴染めないだろうと思いながらも、ぼちぼち移動するために教科書の用意をする。


 さっさと教室を出ようと右側へ向き直すと、渦潮の顔が目の前にあった。俺の顔は引きつっただろうと思う。

不気味だと感じるのも無理はない。着席したままこちらを向き直し、力士のように前かがみになっているのだから。


「1時間目は理科室へ移動するものとみた。共に歩もう、かがくの宝庫へ」


 渦潮は前かがみのままカバンから筆箱と教科書を取り出すと、どういう気持ちなのか知らないが、まだこちらが理科室に案内するとも言っていないのに、手招きをして教室の外へ出ていってしまった。


◆ ◆ ◆


 昼休みになり屋上へ行く。

結果として今日は、渦潮と一緒に行動する形になってしまった。

今もこうしてベンチに並んで座っている。

先に口を開いたのは向こうのほうだった。


「それにしても、屋上に立ち入れる学校が実在するとはな。まるでフィクションのようだ」

「……あんた、一日中俺に付きまとってるな」

「一日中? それは語弊があるな。まず理科室に同行して隣の席になり、数学の教科書を忘れたから机を密着。英語の時間ではネイティブ顔負けの作文を読み聞かせ、体育では少し協力してもらった、それだけだ」

「一日中だよ、それは」

「まだ半日だ」

「じゃあ半日中だよ」

 腹も減ったし、話していても面倒なので、俺はコロッケパンの袋を開けた。


「半日だけキミを見ていて思ったことがある。キミはどうやら友達がいないようだね」


 口元に持っていったところでふと止まってしまった。これではまるで図星じゃないか。


「しょっぱなから変なことばっかり言って、蜘蛛の子散らすみたいに孤立してるあんたに言われたくないね」

「初日ということもあってか、みんなボクのオーラとポテンシャルに圧倒されているようだ」

「だから……さっきからその妙な自信は何なんだよ」

「妙なのはキミのほうだ。もしかしてキミも、ボクと同じように転入してきたのか?」

「いや、普通に4月から入学したけど」

「どうして誰ともつるまない?」


 俺はもう口を聞かないことにした。

何を言われても、もう反応してやらない。


「都合が悪いと口を閉ざす。誰とも仲良くなれないのはそういうところが原因とみた」

「……」

「言いたくないなら、言いたくないと言うべきだ。少なくともボクはそれで満足する」

「……クラスに馴染めない理由なんて、言いたくないね」

「そうか。どうして馴染めないんだ?」

「満足するんじゃなかったのかよ!」


——かくして、昼休みは過ぎていった。

5時間目、6時間目も同様に流れたが、やけに長く感じられた。

渦潮という人間は、授業中でも講釈を垂れずにはいられない性格なのだと、この一日で思い知った。

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