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様々な思い

 大無の死の原因がシヴァの顔認証システムの精度の悪さだと判明しても、ヤミーは判断を変えなかった。彼の不幸など他人事、素知らぬ態度を決め込んだ。


 大無は、彼女の過ちを指摘して一矢報いたいと思った。自分の死が理不尽なものだったと認めさせなければ、自分自身その死を受け止めきれない。


「シヴァは閻魔大王が作ったのですか?」


「まさか……。閻魔大王様が意図的に命を奪うことはありません。ヌシの死に関しては、すべて人間がやったことですよ。知恵の使い方を知らない人類は、自らの手で自分の首を絞めているのです。このままでは冥界は死人であふれ、フレコンバッグ不足でオーバーフローしてしまう。むしろ閻魔大王様は、それをうれいています」


 彼女は大無を不憫ふびんに思うどころか、人間の愚かさを糾弾きゅうだんし、自分たちの方が被害者のように言った。それで大無も遠慮せずに言った。


「ここがオーバーフローしないようにするのは、皆さんの務めです……」


 その時、隣から大きな声がした。


「……写真が投稿されただけで、どうしてボクは死んだのですか。納得がいきません!」


 見れば、善春がヤミーに組み付きそうな勢いだった。


「シヴァの祟りです。それは人外のわざあきらめて受け入れなさい」


 隣のヤミーは善春が伸ばした手を振り払って口角を上げた。


 祟り?……大無は自分の耳を疑った。


「さて、さくさくと分別を終わらせましょう」


 目の前のヤミーが言った。


 祟り、人外の業?……大無のスカスカの脳内で言葉が舞った。


「あのう、審査基準を教えてもらえますか?」


 さくさくと終わらせられてはたまらないと思った。


「失礼、手続きについて説明を忘れていました。何分、分身なのでお許しください」


「さっきは、分身でも能力は同じだと……」


「おや、覚えていましたか。……まぁ、細かいことはお忘れなさい……」ヤミーが話を進めていく。「……審査というのは、魂の品質を検査することです。冥界では、ヌシらは物と同じ。問われているのは、ヌシがどこに行く資格があるかではなく、世界がヌシをどのように造ったか、どのように見ているか、ということです。もし、不良品、いえ基準外であれば、地獄で廃棄処分。……審査の結果、不良品と位置付けられても自分を責めてはいけません。責任が問われるのは、ヌシではなく世界そのものなのです」


 大無の緊張をほぐそうというのだろう。彼女が微笑んだ。


「何がおかしいのです。世界が悪いとしても、それで廃棄されるのは、僕自身なのですよ」


「おやおや、かんさわりましたか。しかし、何をいまさら怒るのです。ヌシら人間は、自分の苦労や悲しみの原因を、あるいは仕事の損害を、他人や社会の責任だと言うではありませんか?……ヌシだって、今の不遇は自分を生んだ両親の責任だと考えている」


 ヤミーが大無に冷たい視線を投げた。


 気持ちが読めるのか?……改めて冥界にいることを実感した。


「あのう、地獄の沙汰さたも金次第と聞いていますが、そうなのでしょうか?」


 動揺どうようを隠すために訊いた。


「人間は何でもよく知っていますね。だから、我らもやりにくい。昔は冥界専門学校卒で窓口業務は務まりましたが、今では冥界工科大学、いわゆるMITの卒業資格が必要なのです」


 ヤミーが軽く自慢話を挟んだ。


「僕は高卒ですが、何か?」


「いや、いや失礼。そういう意図はないのです。……金の話でしたね。誤解しないでください。金次第と言っても、ここで現金を受け取るわけではありません。我々は腐敗した政治家とは違うのですから。生前の資産、生涯年収などが、審査の一項目にあるということです」


「銀行と同じですね」


 大無は父親が空飛ぶ車のローンを残して他界した時、銀行員に冷たくあしらわれたのを思い出した。彼らにすれば回収が滞る事態になって困惑しただろう。それが態度に出たにすぎない、と社会人になってから理解した。


 大無がオリジナルゲームを開発して人気を博した時、銀行員が取引を持ち掛けてきた。しかし、ただのような金額でゲームを販売していると知った彼らは、「何故チャンスを無駄にする」「金のありがたみを知らないのは馬鹿だ」と言ってさげすむような目をして大無の前から消えた。


「ヌシは、お金の事には詳しそうで助かります。資産や収入が多すぎる者は地獄行きとなります……」


 彼女は意外なことを言った。


「……欲深いことは罪です。キリスト教でも仏教でも、そう言われているはずです。……誤解してはいけません。ここでは宗教的差別はありません。純粋に、ヌシがどんな魂なのかを審査したうえで分別しますから、安心してください。現世で快楽を貪った者の脳と魂は快楽に汚染されているので、黒いフレコンバッグに詰めるのが普通です。……ここでは、清貧せいひんであることが望ましい。たとえ収入や財産が多くても、その多くを慈善事業に寄付した高貴な魂は天国に行くことが出来ます。……もちろん、金の問題だけでなく、過去の行動や心の持ち方も審査の対象になります」


「なるほど……」富裕層が不利だと知り、溜飲りゅういんがさがる。


 相変わらず死んだことが納得できない大無だったが、どうにもならないというのなら天国に行きたいと思った。それは、人間としての自然な欲望、いや感情だろう。


「あのう、天国はどういうところなのですか?」


「さあ、我は行ったことがないのでわかりません。音楽が流れ、心豊かに過ごせる場所だと聞いていますが、そういった場所を良い場所と考えるかどうか、それは人によって違うでしょうからね」


「主観的なもの、ということですか?」


「先日、地獄に行った男は、人が殺し放題だと張りきっていましたよ。彼にとっては地獄が天国だった。おかしな話ですが……。その男は最後まで自分が処分される側だと気づかなかった。笑えますね。あんな人物が天国に行ったら、きっと苦痛を感じるでしょう。適材適所、住めば都ですよ」


 ヤミーは独特の表現をした。


「現世よりも良いところでしょうか?」


「さあ?」


 ――プププ――


 鳴ったのはヤミーのタブレットだった。


「えっと、はい、165番」


 彼女がそれに向かって応答する。


 順番があるじゃないか!……胸の内で突っ込んだ。


トランスミッション(伝達)、……特異事例……』


 そんな音声がかすかに聞こえた。


「はい、はい、すぐに」


 ヤミーは立ち上がると歩きかけ、足を止めて大無を振り返った。


「緊急招集です。しばし、くつろいでお待ちください」


 大無が返事をするより早く、165番のヤミーは閻魔大王に向かって長い階段を駆け上って行った。


 タブレットで指示すればいいじゃないか。……小さくなるヤミーの背中を見ながら考えた。


 手持無沙汰になった大無は、隣の席の会話に耳を傾ける。


「では、ヌシの現世での行状について確認し、審査しましょう」


 おそらく166番のヤミーが、グレーのスーツをだらしなく着た中年男性に向かって言った。


「私は、まじめだったがゆえに、上司に辛く当たられた。どんなに悔しく、彼を呪ったか……」


 彼は心情を吐露とろする。それが真実なのかどうか、大無にはわからない。


 ヤミーがうなずいて共感を示した後に口を開く。


「左様。ヌシが頑張ったおかげで上司は出世したね。もっともヌシが完璧であったわけではないはず……。ヌシを信用し、愛し、不幸になった女がいたはず……」


「妻ですか?」


「よく考えなさい」


「部下の……」


 中年男性の表情が曇る。


「……彼女には、すまないことをしてしまいました」


 不倫だな。これは地獄行きだ。……大無は同じ男性として同情し、同じ文明人としてさげすみ、同じ死者として彼を笑った。


「反省しているならいいでしょう。早く忘れることです」


 ヤミーが言う。


「いいのか?」


 思わず大無の声が漏れる。ヤミーに対する反発を抑えられなかった。


 166番のヤミーが大無をギロリとにらんだが、すぐに自分の担当する男性に視線を戻した。


「5千万の住宅ローンに、子供の私学受験。いじめ問題もあったのですね」


 ヤミーは、辛かっただろうと同情する。


「家庭では妻と子供に厳しく当たられたが、家族には感謝しています」


 中年男性は頭を垂れ、涙を流した。


「ヌシはお人よしなのだな。……ヌシの死の理由を教えよう。ヌシの妻は不倫をしていて、不倫相手と結婚するためにヌシを毒殺した。どうやら、ヌシの妻は妊娠しているようだ」


 彼は驚きのあまりに言葉を失った。大無もだ。彼も彼の妻も不倫していたというのだから、これは似た者同士、いや似たもの夫婦ではないか。声を上げて笑いそうになるのを懸命にこらえた。


「ヌシのようなのを、知らぬが仏というのだよ。本当に仏になってしまったわけだから笑えないけどねぇ」


 彼女が口角を上げた。それに気づいても中年男性は真顔。愛想笑いのひとつも浮かべない。妻の不倫が許せないのだろう。


「ふ、不倫の相手は、誰なのですか?」


「それは個人情報なので教えられない。……とはいえ今、ヌシの妻は感謝している。ヌシが死に、住宅ローンは保険で完済された。勤め先から多額の退職金も支払われた。感謝し、笑っている。誰かの役に立って一生を終えたのです。喜ばしいことではありませんか」


 166番のヤミーはサディストなのか、妻の裏切りを根掘り葉掘り語って中年男性を弄んだ。


「こんな気持ちで、成仏できるだろうか……?」


 彼が頭を抱えた。


「死の原因が何であれ、……殺されようと、事故死だろうと、死んだことには変わりがない。それは、生きている者たちが心配することで、ヌシが気に病むことではないのですよ」


「俺がこんなに苦しんでいるのに、あいつは……」


 彼がカウンターに両手を置き、額をガンガンと打ち付けた。


「死は、素直に受け入れるものですよ」


 166番のヤミーが再び微笑んだ。


 死を素直に受け入れるなんて、僕には無理だ。誰か知らない中国人の身代わりで死ぬなんて馬鹿げている。……大無は、シヴァを作った製作者と、それを導入した中国政府を恨んだ。化けてやる!……そう誓った。


 その時、反対側から「沢山投稿されていたようですね」と、164番目のヤミーの声が聞こえた。


 目を向ければ、そこに善春の姿はなく、知的な顔の中国人女性がいた。美しく編み上げられた黒髪、スッと天に向かって伸びた細い鼻、今も愛を含んでいるようなオレンジ色の唇、露出したすべすべの肌、それを飾る金の宝飾品、ラベンダー色の高価そうなドレス……。ただ、瞳はくぼんだ場所にあって見えない。


「ヌシは、金で金を生んだ。金が金を生んで生きていけるのなら、だれも汗水たらして働くわけがない。それとも、なに?……ヌシは金を食える?」


 隣の女性は金融業界にいたのだろう。……大無は推理した。その結果があの容貌ようぼう、あのよそおいなのに違いない。


「交換手段のはずだった金を、目的にしてしまったからいけないのですよ。幻の中で、ヌシは金銭欲に侵され、富の快楽に汚染された……」


 ああ、彼女は地獄行きだ。そう思った。


「ヌシは、豊かさと、美しさと、狡猾こうかつさを、ねたまれ、恨まれ、恐れられて、シヴァの餌食えじきになったのですよ」


 164番のヤミーもまた微笑んだ。


 彼女もシヴァに殺されたのか。……大無は中国人女性が何を考えているのか知りたかった。自分たちの政府に、言いたいことがあるはずだ。しかし、それを知るすべはなかった。


あなたが行くのは天国ですか、地獄ですか?

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

最後までご贔屓に、お付き合いください。

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