ルーム【101】
――ルルルルル――
どこか遠くで電子音が鳴っている。
――冷たい――
沙也加は、リノニウムの床の冷たさに震えて目を覚ました。頭がひどく重い。脳内に雲が垂れこめたようだ。
夢の中で聞いた電子音は消えていた。
風邪をひいたのだと思った。それが間違いだと気づいたのは、隣で井上が頭を抱えていたからだ。グググと、呻いている。
「井上さん、大丈夫ですか? 私たちどうしていたんでしょう?」
「僕も何が起きたのかわからないよ」
彼が事務室を見回す。沙也加も彼を真似た。
特に何も変わったことはない。いつものシヴァ対策室の事務所の風景だった。しかし、なんとなく違和感を覚えた。直前まで見ていた景色と違って感じるのだ。
2人は立ち上がり、監視カメラのモニターに向かった。エンジニアたちの個室が映っている。彼らもちょうど、ふらふらと起き上がるところだった。
――ルルルルル――
沙也加のスマホが鳴った。妹の未悠からだ。
『あっ、やっとつながった。どうしたのよ、1時間もかけ続けていたのよ』
「ごめん、いろいろあって……」
そんなに長い間、気を失っていたのか。……頭を振って脳内の灰色の雲を追い払った。
『お姉ちゃん、なに、これ?』
「え?」
『エンジェル、……善行を映したり映されたら悪徳ポイントが減るって。シヴァからメッセージが届いたんだけど、安全なものなの?』
「エンジェル?……アッ!……ちょっと待って」
スマホの画面を切り替える。シヴァのアイコンとエンジェルのそれが並んでいた。
「有無さん……」彼の存在が沙也加の脳内で弾け広がる。スマホを耳に当てる。「……大丈夫よ。友人が作ってくれたの。これで、私たちは少し長生きできる」
「有無?……あいつは……」
沙也加の声に井上が反応した。防犯カメラの映像を切り替える。ルーム【101】だ。
そこにはピクリとも動かない大無の肉体があった。
「有無、起きろ!」
彼はマイクに向かって叫んだが、大無が目覚めることはなかった。その顔は穏やかに微笑んでいるようだった。
( 了 )
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
お★さまをいただけたら、有無大無も成仏することと思います。
よろしくお願いします。




