公爵令嬢の自分勝手な目論み
彼女は自分が悪女だと思っている。
…………わたくしは自分が一番かわいい。
自分勝手で利己的な事をよく理解している。
「リリエラ嬢。我が領土で見つけた花を押し花にしました」
ディック様の真っすぐな眼差しに良心が痛む。こちらを疑っていない純粋な眼差し。
(ごめんなさい)
「まあ、素敵ですね。これを栞にしたら本を読むのがますます楽しくなりそうです」
にこやかに微笑んで押し花を受け取るとディック様は受け取って貰えた事が嬉しかったのか優しい眼差しで微笑む。
(ごめんなさい)
貴方を利用してしまって。
わたくしの事をディック様含めパルフィック辺境伯家の方々は素晴らしい婚約者だと歓迎してくれる。生家のカールネイソン公爵も優秀な娘だと褒め称えている。
でも、そんなの偽りだ。
わたくしは自分が死にたくないからそんな偽善な仮面を被っているのに過ぎないのだから。
わたくしには前世の記憶がある。
前世は女子高生で、乙女ゲームにはまっていた。その中の一つにタイトルこそ忘れてしまったが、悪役令嬢リリエラ・カールネイソン公爵令嬢というキャラがいた。
彼女は攻略キャラの王太子の婚約者でヒロインに様々な悪事を働き、その悪事が露見して最後に断罪されてしまう。
それを思い出して、ショックのあまり寝込んだ。
家族に心配かけ、ずっと魘され続けた自分はその境遇に嘆いた。
ゲームをやっていた時は違和感を感じなかったがそれっておかしいではないか。
だって、婚約は王命で定められたもので、王太子がヒロインに浮気したのが元凶だろう。それで嫌がらせをしたのは事実だが、なぜ、浮気した方と浮気相手は認められて自分は処刑されるのだ。
その事実が許せなくて、辛くて嘆き続けていたが、ふとぷつんと逆ギレの様に怒りが湧き、どうして自分が断罪されるのかとそうなる要素を探っていこうと思って知った。
我が家は権力を持ちすぎて、他の派閥は潰したがっている事実。王太子の浮気相手に嫌がらせなど彼らにとっては都合のいい潰す理由づけだと。
その事実を悟ってそれに気付けた自分が同時に悪役令嬢と言われて王太子の婚約者になっていたリリエラ・カールネイソンがただ身分の高い公爵令嬢だから婚約者になったのではないのだと気付いた。
ゲームでは触れられなかったが、ヒロインの前に立ち塞がる相手は王太子妃になるだけの教養も魔力も礼儀作法も話術もすべて兼ね揃えていたのだと。
そうでなければいつでも婚約者を交換できただろう。足元を掬われてもおかしくないだけの条件はそろっていたのだから。
冗談じゃない。
王太子とゲームヒロインはそんな政治的理由で結ばれて、政治的理由でわたくしは断罪される。
それを何とかしないといけないと逃げ道を探していくうちに前世のゲームの記憶と国政がパズルのピースの様に当てはまった。
ゲームはご都合的な逆ハーENDもあった。ただしその逆ハーENDには攻略キャラが一人加わらない。
辺境伯令息ディック・パルフィック。
彼のルートでは、辺境と中央での考え方の違いで不遇な扱いされている自領を何とかしたいからこそ理解を求めて、辺境に嫁いでくれそうな妻を探しに来ていた。
そんな彼のルートはヒロインと共に辺境を盛り立てていくENDであり、自領を何とかしたいと考えている彼が色恋に惑わされて、逆ハールートに入って自領を捨ててヒロインの傍にいるなどありえないと逆ハーに入っていない状況を解釈一致だとファンから支持された。
そして、ゲームではない国の状況では中央貴族と辺境貴族の考え方の違いでいつクーデターが起きてもおかしくない状況になっている。聡い人は気付いている。
ならば、それが狙い目だ。
中央貴族と辺境貴族の相互理解のための婚姻。辺境伯に嫁ぐと言う事は中央貴族。特に敵対派閥からすれば都落ちだと判断するだろう。
そういう輩は辺境伯らの重要性を把握していないのだから。
そうと決まればすぐに手を回した。貴族としての在り方を自覚している公爵令嬢としての自分の役割だと親を説得して、多くの辺境から年齢などを考慮して候補を決めると言う名目でパルフィック辺境伯を政略結婚の相手になるようにお願いした。
ディック様の環境などがゲームと違いはあるかもしれないから事前に調べたいので直接会いに行き婚約を申し込んだ。
そして、悪役令嬢チートを活かして辺境伯夫人になるために必要な事を学び、後は、
(辺境伯に嫁ぐと言うわたくしの考え……これで環境に馴染めない。怖いなどという恐れがあってはいけない)
そこに骨を埋める為に覚悟を持たないと。
わたくしが断罪されないために。
そこまで考えて、学園に入る前にパルフィック辺境伯領に暮らす事にした。
(学園に通って、冤罪を被りたくないしね)
ディック様の性格は、婚約者がいて浮気などなさらない方だし、もし万が一。億が一ヒロインと恋愛が発展したら婚約を解消してくれるだろう。
「リリエラ嬢と婚約できて幸せです。そこまで我が領地の事を考えてくださるなんて」
そう褒め称えてくれる相手の言葉に心が痛むが。
「当然です。だって、ここがわたくしの第二の故郷になるのですから」
と微笑みつつ。
それでも、貴族としての見栄もあるから編入試験を受けて最後の年だけ学園に通うつもりだ。本当は近付きたくないが、ゲームの設定を変えてしまった結果を見届ける義務もあるし。かなり自分勝手な感情だが、卒業式にディック様と一緒に参加したいし。
一緒に卒業パーティーのダンスを踊りたいから………。
こんなわたくしの真実を知ったら嫌われるだろうなと思いつつそんな事を目論むのであった。
だが、令息の場合。そんな彼女も受け入れていける。