第8話 PVP
「俺のプレイヤーネームはボレアスだ。よければ俺と『決闘』をしないか?」
ボス部屋の前に佇む全身鎧のプレイヤー、ボレアスは俺達に向かって『決闘』を申し込んできた。
『決闘』とは、プレイヤー対プレイヤーの戦闘の事を指す。通常、不意打ち等でもプレイヤーがプレイヤーを攻撃し、倒す事は可能である。勿論、倒したプレイヤーは経験値を得られるし、倒されたプレイヤーは経験値を失う。
しかし、この方法はあまり推奨されるものではない。倫理的な面も勿論あるが、後で恨みを持たれてやり返される可能性もあるのだ。ハイリスクハイリターンってやつ?
その反面、『決闘』は両者の合意の元、正々堂々行われる。たとえ倒されても経験値を失うことはない。勿論、倒しても経験値を得ることはできないが。
よって、『決闘』によるPVPは、リスクがないのだ。正直受けてもいいが、俺達は一旦話を聞くことにした。
「この先はボスってことは知っているだろう?ネタバラシですまないが『地竜』だ。そいつがバケモンみたいに強くてな。とても俺じゃあ歯が立たなかった訳だ。レベルを上げて再戦することも考えたが、如何せん俺との相性が悪い。このままだと何回やっても勝てないから誰かに倒してもらおうと考えたわけだ」
このゲームには、レベルの他に相性という概念もある。
それは、ゲームによくありがちな属性によるものではなく、武器の間合いやスキル、魔法の噛み合いによるものだ。
例えば、遠くから魔法を放ってくる敵に対して近接武器は不利だ。まあ一定の熟練度になれば魔法を斬ることも可能らしいのだが。
多分そんな感じで『地竜』にボレアスさんは、相性が悪かったのだろう。
「それと『決闘』が何の繋がりに?」
「俺一度死んでみて分かったんだが、デスペナルティで持ってかれる経験値は5レベル分だ。だから、せめて俺に勝てる奴が先に進んでくれないと寝覚めが悪いんだよ・・・・・」
「確かに・・・」
せめてボレアスさんに勝てるレベルじゃないと『地竜』には負けてしまう。死んだら5レベルダウンだ。だから、PVPをしてボスに勝てる可能性があるか見極めているのだろう。優しい人だと思った。俺ならそんなめんどくさいことはしない。堂々と見捨てるだろう。
我ながら俺は性格が悪い。複雑な家庭環境とクラスでのいじめ。そして幼馴染との決別が影響しているのだろう。こんな自分が嫌になる。どうして俺はこんな奴なのか?こんな奴だから俺は孤独だったのだろうか?俺はどうすればよかったのか?
ーーーーーーー分からない。
考えることも嫌になった俺はすぐに考えることを放棄した。俺をいないものとした家族も、俺を散々いじめたクラスメイトも、俺を裏切ったあの女の顔も、思い出すだけで吐き気がする。もうやめよう。
やめよう・・・・・
「そんなことなら受けてもいいよな?どうするイングスト?お前がやるか?」
「あ、ああ。ケルトに譲るよ・・・・・」
「いいのか?まあそういうことなら任せとけ!!」
俺は沈んだ気持ちを整理する時間が欲しかったので、ケルトに譲った。実際、ケルトのレベルの方が俺よりも高い。俺が10なのに対し、ケルトは12だ。ケルトがやった方がいいだろう。
いや、言い訳だ。ここは俺が戦ってもいい場面だ。今の俺は新魔法も手に入れた。洞窟の魔物も余裕だった。正直負ける気がしない。
ならなぜ譲ったのか?分からない。無性にそうしたかったのだ。そんな事を考えているとまた気分が悪くなった。少し休もう。
「ごめん。一旦ログアウトするから戦ってて。30分もすればまた戻ってくるよ」
「了解」
こうして俺は一旦ログアウトした。気が付くとそこは自室のベッドだ。俺はVRゴーグルを外すと、それをベッドの隅に押しやった。
ーーーーー
【Side ケルト】
「よし。じゃあ俺が相手になるぜ?」
「了解。じゃあ『START』ボタンをタップしてくれ」
俺の目の前に画面が現れた。
赤い文字に黒い縁取りで『決闘』と書かれている。下には白い『START』ボタンがある。押せば、戦闘が開始されるだろう。
俺はそのボタンを勢いよくタップした。するとカウントダウンが始まる。
5
4
3
2
1
スタート!!
「うらあああああ!」
俺は一先ず、様子見で突っ込んでみた。相手が魔法使いならこの機会が絶好だったからだ。
「『火炎斬』!」
しかし大剣を持っているだけはある。魔法使いではなく剣士だった。炎を纏った大剣が横向きにケルトへと迫ってくる。すかさず低姿勢になって剣の下をかい潜り、振り回したハンマーがボレアスに迫った。ちなみに『攻撃力上昇Ⅰ』の魔法を使用済みである。
「『硬質化』!」
ハンマーが鎧に接触したが直前にボレアスが発動させたスキル?魔法?が鎧の強度を上昇させ、ハンマーの侵攻を止めてしまった。
鎧から大きな金属の振動を感じ、手が痺れたケルトは一瞬の隙を作ってしまった。すかさずそこに大剣が迫る。今まさに、力強く振り下ろされようとしていた。
「硬っ!『地震』!」
大剣が振り下ろされる数秒前に、ケルトは右足で強く地面を踏みつけ『地震』を使用した。すると、ボレアスの態勢が崩れ、ぎりぎりのところで剣の軌道が逸れた。
「今だ!『圧殺潰し』!」
「『硬質化』!」
鎧とハンマーがぶつかり合い、大きな金属音が発生した。あいにく鎧を貫通させるまでにはいかなかったが、ひびを数センチいれることができた。あと2回程繰り返せば、鎧は完全に破壊できるだろう。
「『火炎斬』!」
「くっ!」
ケルトに届かず、地面についていた大剣に再び炎を纏わせ、ケルトに向かって斬りつけた。咄嗟に回避するも、右頬が少しかすれてしまった。
「強いな。でももう終わりだぜ?」
「何を?まだあと2回は耐えられると思うが」
「いや、次で終わる」
俺は再び一気にボレアスとの距離を詰めた。ボレアスは剣を構えている。
「『牽制』」
「効かねえよ!」
ボレアスから微弱な覇気を感じる。それは前に戦った『スライムロード』と同等のものだ。しかし、今の俺は強くならなければいけないという使命がある。あいつに見捨てられないためにも!
俺は発せられる覇気をものともせずに前へ前へと突き進んだ。その間に『攻撃力上昇Ⅰ』を掛けておくのも忘れない。
「『氷結斬』!」
こんどは氷を刀身に纏わせ、こちらへと袈裟斬りを放ってきた。先程、横薙ぎを避けたので角度を変えてきたのだろう。
ネットに書いてあったのだが、昔の時代では袈裟斬りをまともに食らっての生存率はほぼゼロだったらしい。それだけ強力な剣技だということだ。
「『地震』!」「『局所破壊』!」
右足で地震を発生させ、同時にハンマーにもバフを掛けておく。
一回目の経験が生きているのか、ボレアスは多少バランスを崩すだけに留まった。このまま突っ込んでも袈裟斬りは避けられない。しかし、ケルトは突っ込んでいった。
「うおおおおおお!」
「はああああ!」
ボレアスの袈裟斬りが炸裂し、ケルトは左肩から右腰に向かって斬られ、大きく出血した。VRなので痛みは感じないが、血はリアルなので思わず痛がってしまいそうになる。
しかし、ケルトはそれでも止まらずにボレアスに向けて技を放った。その結果鎧に留まらず、中のスケルトンらしきアバターもろとも粉砕してしまった。
カンカンカン!!
大きい金属の音が鳴った。どうやら試合は終了したようだ。お互いの傷がみるみるうちに治っていく。空中には『勝者ケルト』と書かれていた。
「知ってたか?たとえリアルでは致命傷の攻撃だとしてもゲームの世界はでは死なない。なんてったってHPが全てだからな」
「なるほど?だから突っ込んできたのか。正直気の迷いだと思っていたよ」
「まさか」
俺の作戦にボレアスさんは意表を突かれたらしい。作戦が成功するって喜びが分かった気がする。
「その戦闘センスがあればもしかしたらボスも倒せるかもな。よろしく頼むよ。それと困ったことがあったら俺に言ってこい。これは借りだからな」
「ありがとう。そうさせてもらうぜ」
「それはそうとお前の仲間。いいのか?ちょっと思い詰めてる感じだったが?」
「え?本当か?」
「ああ。少し体調がすぐれない感じだったな。顔色も悪かったし。よければ見て来いよ」
「ああ。見てくるよ」
(パーティーメンバーの俺が気が付かず、他人に気が付かれるとは。俺は自分に精一杯で、あいつのこと全然見れてなかったんだな・・・・それに、さっきまでは大丈夫だったんだ。もしかしたら、昔のトラウマでも呼び起こしたか?それなら何とかしてやらねえと)
俺は急いでログアウトボタンをタップし、現実世界へと戻ってきた。
ーーーーー
ブルルルルル
ブルルルルル
電話が鳴っている。誰からだろう?
「ケイトか。『決闘』は終わったのか?」
俺はベッドの上に投げ捨ててあったスマホを手に取ると、電話に応答した。
「陽大丈夫か?」
「大丈夫って?」
「昔のこと思い出したんだろ?」
「・・・・・」
図星だ。流石ケイトだと思いながらも俺は何を言ったらいいのか分からず、黙りこくってしまった。
「お前が何を思い出したのか。俺は聞かない。お前だって口にしたくもないだろうしな。それに『俺が傍にいるから大丈夫』なんて安易ことも言わない。そんな軽い言葉で片づけて欲しくないっていうお前の気持ちも分かってるつもりだ」
「ああ」
「俺は男だからなあ。お前の喜ぶ様なことはできない」
「茶化すなよ・・・」
「茶化してないぞ?俺は真面目だ。昔から男の傷ついた心は女が体で癒すって言うだろ?」
「何それ?聞いたことないよ」
「俺がお前に出来るのはただ傍にいることだけだ。絶対に離れない。裏切らない。俺にかけて誓う」
「それの信憑性は?」
また余計なことを言ってしまった。折角ケイトが慰めてくれてるってのに。ますます自分が嫌になる。これでケイトからも見放されてしまう。もう終わりだ・・・・・
「安心しろ!俺は誓いはやぶらねえ。男と男の約束だ。俺はお前を裏切らない。何があっても必ず」
ケイトは力強くそう言った。
男と男の約束。正直胡散臭い。信じてもいいのだろうか?また裏切られるのではないだろうか?無様に突き飛ばされたあの時のように。
でも不思議と信じたかった。ケイトは、ケイトだけは何があっても俺の味方なのだと。裏切らないと。傍にいてくれると。
さっきも俺は信憑性とか余計なことを言った。普通の人間なら俺なんか見捨ててるはずだ。めんどくさい奴だと。切って捨てたはずだ。
でもケイトは裏切らないと言った。さっきよりも力強くだ。この言葉に嘘を見出す方が意味不明というものだろう。
「ありがとうケイト。また一緒にゲームしてくれる?」
「ああ。当たり前だ。いつでも傍にいるって言っただろ?」
俺は不思議と涙が出てきていた。声も若干上ずっている。こんなの初めてだ。悲しみ以外の涙は。うれし涙は。
「いつまでもは勘弁してくれよ。俺だって結婚したいんだぞ?」
「ははは。そうだな!じゃあ結婚するまではどうだ?いいだろ?」
「ああ!」
俺はケイトを、ケルトを前よりももっと信頼することにした。
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