第六話・入学
「あれ、ヘルマンじゃん。いつの間に戻ってきてたの?」
「たった今、ですが…………なんですかこれは」
「これって、何が」
「これですよ」
「何がよ」
目的語をはっきりさせてほしいもんだ。
曖昧な言い方じゃ伝わるものも伝わらないぞ。
「この状況ですよ!!なんで王族と公爵令嬢と公爵子息が一堂に会しているんですか!!超豪華キャストをお呼びしていますってか!?」
「さあ」
「あとなんでノエルは木の陰で震えてるんですか!?」
「それは本当に知らん。ノエルー。何やってんのー?」
「うう…………都会、怖い………」
「人間社会の闇を見たような顔をしてるね」
「言い得て妙ですが事実そんな気がしてきましたよ!!混沌ですよもはや!!混沌!!」
「ヘルマン、流石にそろそろ騒音。王子サマの婚約者様がびっくりしてる」
金髪女が、さっきから驚いた顔でこっちを見てくる。
全く、ヘルマンが騒がしくするから………。
「これはこれは失礼いたしました、ローランド様。私は、こちらのマリー様に仕えている執事のヘルマンと申します。見たところ、もうすっかり仲良くなられたようで………」
おう。
ヘルマンの態度が急に軟化した。
というか丁寧になった。
いっそ美しいほどの豹変っぷりである。
うわあ、それだよ、それ。
その顔、やめろ。
見たこともないような清らかな笑み。
お前、そんな顔するような柄じゃないでしょ。
もっと腹黒いだろ。
あと声つくってんじゃないよ。
イケボ意識してるよね?
絶対。
わざとらしいなぁ、もう。
…………?
あれ?
金髪女くん?
なんで顔が赤いのかな?
「あ、あ、あの、えと………そう、ですね。もう、すっかり仲良しです………」
…………んなっ!
まさかこいつ………ヘルマンに惚れてやがる!?
王子様というイケメン婚約者がいるにも関わらず!?
待って。
これ以上話をややこしくしないで。
ただでさえ話がよくわかってないのに。
■ ■ ■
起きたことを整理すると、こうだ。
1、エリックが話しかけてきた。
2、談笑していると虫が私の喉に入ってきた。
3、なぜか居合わせた王子様が咳き込む私をエリックから引き離す。
4、さらに何故か居合わせた王子様の婚約者、金髪女もといローランド様が私を王子様から引き離す。
5、エリックVS王子様、ローランド様VS私でくだらない口喧嘩が始まる。
6、私のスーパー会話術でローランド様をいさめる。平和的解決。
7、次はエリックと王子様を落ち着かせようとしたところ、ヘルマンが帰ってくる。
8、今ここ、入学式場。
「本当にそれだけですか、マリー様?」
「これだけだよ。ねえ、ノエル?」
「そう、ですね?」
「なんで疑問が残るような言い方?」
「いえ………ところどころ抜けてるな、と」
「え?何が?」
「木登りおにg」「ヘルマン!あなた達はここに居ていいの?もう入学式始まるけど」
「今、なにか誤魔化しましたよね?誤魔化しましたよね!?何やったんですか!?ノエル!何があったんですか!?」
「何も起こってない!何も起こってないよヘルマン!何もやってない!」
「たしかに未遂でしたね」
「未遂?何がですか、ノエル?」
「何も起こってないことが未遂です」
「?」
「?」
何も起こってないこと………が………未遂…………?
……?
「まあ、ほら。ノエルもこう言ってるし、本当に何もやってないんだって。ね?」
「……………」
未だ疑問が残る、といった顔である。
さては、まだ疑ってるな?
むむむ………こういう時は………。
「そ、そう言えば、王子サマの婚約者様は、ヘルマンにお熱だったねぇ。いよっ、この色男!」
話題をそらすに限る。
ヘルマンだって男だ。
女子に褒められて嬉しくないはずがない。
ちらりとヘルマンの顔を盗み見ると………。
まんざらでもない顔………を………。
して、ない。
無感動な無表情。
無機質!!
つまらないヤツ。
「まあ、私は神さえ恥じるような美しい容貌をしていますからねぇ。レディが恋に落ちてしまうのも無理はない」
「真顔で冗談みたいなこと言うのやめてくれる?………冗談だよね?」
「冗談ではありません。事実を述べたまでですよ」
「そうじゃないと言い切れないのが悔しい」
「ヘルマンさんはイケメンですもんねー」
「おやおや、そこまで言われてしまうと流石に照れますよ」
「照れてんの?無表情だけど。黒い感情がにじみ出ているような目をしているけど。」
「そこまで行くともう悪口……………いや、バレてしまったのなら仕方ない。まさか、我が魔族に伝わる魔眼のチカラに気づくとは………」
「…………!クックック、ヘルマン様、もう正体を明かされるので………?」
「その演技、続ける?ノエルも、無理に付き合わなくていいんだよ?」
「ノリが悪いですね」
「急にそのノリに成れるヘルマンのほうがおかしいって。何?魔眼って。中二病?」
「巷で話題の冒険小説にはありがちな設定でしょう。意外と面白いですよ。マリー様もお読みになりませんか?」
「一応、有名所は一通り網羅してるけど………どれもあんまり面白くなかったなあ」
「そうですか?私のおすすめは……………」
などと与太話をしていると、いつの間にか入学式が始まるよう模様。
そろそろ静かにせねば。
■ ■ ■
『続きまして、学校長挨拶…………』
………スピー………スピー………
『………ん入生に…………であるから…………』
グー…………スー…………
『………みなさんと同じ………………光栄に…………』
スー……………スピー…………
『起立…………ではこれより………………』
グー……………スー…………
「………さまー。お嬢様ー。おーきーてーくーだーさーい……………お嬢様ぁ!!」
「フガッ!?」
私は目を覚ます。
どうやら、入学式の間、寝ていたようだ。
「ああ、おはようございます、お嬢様。よくお眠りになっていたようで」
「おはようノエル………ふぁあ………」
もう入学式は終わっている。
うん、眠りたくなるようなつまらない話ばっかりだったな。
学園長様とやらが話しだしたあたりから記憶がない。
女子たちが黄色い歓声を上げていたな。
イケメンだったような………気が、しないでもないような………。
イケメンだったんだろうな、きっと。
うん。
「イケメンでしたねぇ、学園長さん。ねえ?お嬢様」
「んー?そーだったね………確か」
「あれ?記憶にございませんか?お嬢様」
「うーん………あんまり印象にないかな」
「はあ………相変わらずですね…………」
と、ノエルは呆れ気味である。
心外だ。
記憶力が悪いわけじゃないんだよ。
ただ興味がないだけで。
なにかすごい研究結果を発表したわけでもない。
ただの貴族としてのコネと権力でその座についた人間だと聞いた。
その人の履歴は把握してるんよ。
顔は知らんってだけで。
この国では、戦力が重要視される。
戦力とは、個人の戦闘力に限らない。
個人技はもちろん、戦場を率いる統率力、戦力の増強をする武具を作る力、新しい魔術の開発や改善など、多岐にわたる。
この国には敵が多いのだ。
東西南の三国、北方の魔の森。
戦う力がなければ、生き残ることはできない。
ただ強くあれ。
それがこのサラリア王国の教え。
もはや国教と言ってもいいと思う。
というか実際、そういう宗教がある。
強いことこそが正義!!っていう、訳のわからん宗教。
上が四本ある筋肉もりもりのマッチョっぽい神様を信仰しているらしい。
一度、その神の偶像を見たことがあるが………あれを信仰している奴らの気がしれない、というか………。
正直キショかったというか………。
うん………。
まあそれはともかく、この国では強さこそが全てなのだ。
それはこの学園に通うような子供でも例外ではない。
だから、この学園では強さを鍛える。
先述の通り、個人技に限らず。
ただ、こんな言い方をしていることからもわかると思うが、最も重要視されているのはやはり、個人技、個人の戦闘力だ。
剣術、槍術、格闘術。
そして何より。
魔法!!
そう!!
魔法である!!
私の大好きな!!
魔法である!!
特に攻撃用の魔法。
魔法にせよ武術にせよ、高い功績を持つことが、卒業後に役立ってくる。
貴族然り、平民然り。
貴族に戦闘力が必要になるって変な話だよな。
いざ戦争になった時に、本当に戦闘力が欲しくなるのは、兵隊たちの方なのに。
前線に出ない貴族が鍛えてどうするんだろうね。
あ、でもうちの家族はバリバリ前線出るよ?
むしろ、お父さんとカーク(兄)が居ないと森から出てくる魔物に対応できないからね。
シクティカル領の最高戦力だから。
お父さんは学生の頃、剣術でなにかの大会で優勝したとかなんとか。
カークは魔術で、素晴らしい成績を修めた。
新魔術の開発だ。
これは、本当にもう、素晴らしい。
魔術の開発とは、そう簡単なものではない。
考えてくれ。
日常生活で使う魔道具の数々を。
そこに書いてある魔術式を書き換えろと言われて、簡単にできるか?
できないだろう。
悲しいことに、私もできない。
いつかできるようになりたい。
新しい魔術の開発ってのは、本当に難しいんだ。
しかも、魔術の開発部門に関わっていたわけじゃなくて、バリバリ実戦続きの魔術実践科で、教わった魔術が気に食わなかったから改善したとか。
天才かよ、兄よ。
いや、天才なんだよな。
カークが開発したのは、結界魔法の一種だ。
当初の結界魔法は、たしかに便利な魔法だった。
非常に硬い結界が発生される魔法で、古くから存在する。
古き良きってやつだ。
記録に存在する限りは、この魔術が改変されたことはない。
で、カークはその改善を成し遂げちゃったのだ。
正しく前代未聞。
一時期、とても話題になっていた。
カークには詳しく話を聞こうとしたのだが、『マリーに話すと実践しようとして爆発しそうで怖い』と言われて諦めた。
爆発とは何だ。
そんなに信用がないか?
失礼な。
あと母さんも結構すごい。
らしい。
剣士として名を馳せたとか。
なお、情報源は母にべた惚れの父なのであまり信憑性がない模様。
お母さん自身も『そんなに褒めるほどのものではない』って謙遜してたし。
そんなわけで、サラリア総合学校では肥え太った貴族でさえも強さを鍛えるのだ。
貴族でさえも、というか、サラリア総合学校に通うのは9割方貴族の子どもたちだが。
平民は、1割にも満たないほどの人数しかいない。
平民貴族としては、貴族の面々よりもむしろ平民の皆さんのほうが親しみが持てるんだけどなー。
人数が少ないと、顔を合わせる機会も必然、減っちゃうよな………。
その分、自尊心がブクブクと太った貴族の方々と一緒になるわけか………。
あ、でも今年度は平民出身の入学生もたくさんいるらしい。
平民でも才気溢れるものたちならば、総合学校に推薦されることもある。
もちろん貴族が入学するよりもハードルが高く、相当な実力か頭脳を持っていないと難しい。
だが、今年は珍しく推薦される奴らが続出しているとか。
ちなみに、男子は強くなるためにこの学校に入るのだが、女子に関してはその限りではない。
女は、男子に守られるもの。
女性に必要なのは美しさである、というのがこの国の常識だ。
じゃあ、なんのために学校に通うのか。
それは、婚約者探しである。
幼い頃から面識があると言うのは、結婚相手争奪戦争において圧倒的なアドバンテージになる。
だから、学生のうちに婚約してしまおう、ってわけ。
最近は学生の時から結婚相手を決めていたということが一種のアドバンテージになっている。
お茶会で自慢できる程度の優位しか取れないが、学生結婚する貴族が多いのも事実。
卒業が近い貴族令嬢たちは、毎日血眼になって落とせそうな男子生徒を探しているとか、なんとか。
で、私がこの学校に通う理由も、婚約者を探すためだったりする。
少なくともお父さんはそのために私を学校に通わせているつもりのようだ。
私としては、結婚相手を探すよりも図書館で魔法の専門書を探したいのだが。
というかそもそも、平民貴族と結婚したがるような奴なんて、いないだろ?
いるのか?
多分、いないよな。
「お嬢様も、早くいい人を見けるんですよ?旦那様を心配させてはいけませんからね」
うん。
急かさないでくれ、ノエル。
多分、大丈夫だから。
多分な。