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マリーの日記  作者: 雪鼠
3/6

第三話・手続き

 マリーは泣いていた。

 彼女はまだ10才の少女だ。

 悲しいことがあれば、泣くこともあるだろう。

 しかし、あのマリー様が泣くなんて…………。

 よっぽど嫌なことがあったのだろうか。

 私、シクティカル家に仕えるメイドのノエルは、数年前に屋敷に努めだしてからこれまで一度も彼女が泣いた姿を見たことがなかった。

 彼女は、年齢の割には、とても大人びている。

 私はまともな教育も受けていないので、きちんとした敬語も礼節もわきまえていない。

 それでも、私はマリー様に叱られたことがない。

 いかに無礼な言葉遣いをしても、青いドレスが洗濯で薄ピンク色になっても、お嬢様の部屋に水をぶちまけても、叱られない。

 自分の不利益に無頓着、とでも言うのだろうか。

 常日頃、物事を客観的に見て、自分の意志に関わらず冷静な判断を下している。

 子供特有の癇癪を起こさないのだ。

 言葉遣いもご立派だし、本当に大人のようだ。


 そんな彼女が、泣いている。


 何があったのだろうか。

 あのお嬢様が、泣いているなんて。

 お声がけしたほうがいいだろうか?

 それとも、何も言わずに見なかったことにするべき?

 どうしようか………。

 ……………なんで泣いているのか、ちょっと気になる…………。


「あー、マリー様、どうかなさいましたか?」


「うう、ひぐっ、あ、ノエル………聞いてよ、お父様とお兄様ったら、本当にひどいの………」


 !!

 旦那さまと、若旦那様が!!

 なんと、マリー様を泣かせたのはあのお二人でした。

 ますます不思議。

 あのお二人が、声を荒らげて説教する様子なんて想像もできない。

 特に、家族であるマリー様に向かってなんて。

 お嬢様の言葉遣いがいつもと違ってお上品な気がするけどそれはともかく、なにがあったのでしょうか?


「旦那さまと若旦那様がどうかしましたか?」


「うん…………カーックがね…………」


「おじさんが酒場で一気飲みしたあとのよくわからない呻きみたいな名前になってますが、カーク様がなにかしたんですか?」


「うん、実は…………」


「実は…………?」











「私の虫たちを、みんな捨てちゃったの!!」





 この涙は虫の喪失による悲しみから溢れ出したものでした。


「はあ、虫ですか…………え、あの量の虫を全部捨てたんですか!?」


 確か部屋の壁の四方を埋め尽くしていたはずだが。

 何なら天井にも吊り下げられてたし、当然のように床は埋め尽くされていたのだが。


「そうなのよ!!私がまる一年かけて集めて、育てて、最近やっとカップルの成立から産卵までこぎつけたっていうのに!!私の1年の!!努力が!!!!」


 お嬢様は私が思ってたよりも自分の不利益に頓着がありました。

 現在進行系で癇癪を起こしています。


「私の可愛い可愛い752体の虫ちゃんたちが!!ああもうっ!!!」


 把握してたんだ。

 あのおびただしい量のあの虫の数を。


「最古参の14番も、繭になってた406番も、みんなよ!!」


 番号つけてるんだ。

 そいで全部の状態を把握してたんだ。

 相変わらずお嬢様は凄うございますな。


「新入りの蜘蛛のナリーも!!」


「蜘蛛には名前つけてるんですね!?」


「501番目以降の虫には全部よ!!」


「ってことは………251匹に名前をつけたんですか!?」


「252匹よ!!」


「失礼しました!!」


 思ったよりも尚、お嬢様はすごかった。


「……………ふ、ふふふ………もうこうなったら、やってやる、やってやるぞ…………」


「お嬢様、今度は何をしでかすおつもりで………?」


「私の1年の成果を、普通の手段で取り返すことはすぐにはできない…………そう、普通の手段でならな!!」


「……………ハッ!!お嬢様、もしや!!!!」


 もしやとか言ってみたが、何をするつもりだろうか。


「そうだ、気づいたかノエル…………私は、新世界の神となる!!!」


「ナ、ナンダッテー」


「まさかの棒読み」


「それ以外にどう反応しろと」


「なんかこう………もっとあるじゃん?なんかさぁ」


「?」


「そのとぼけたような顔が憎たらしい」


「軽口が叩けるほど元気になったのなら幸いです」


「確かに精神状態は安定した気がする。虫を捨てられたから新世界の神になろうとしてた時よりは」


「幸いですね」


 飛躍にも程があるご発想。

 確かに神になれば蜘蛛でも虫でもなんでも生き返らせることができるかもしれないが。

 流石に現実的ではない。

 いや、お嬢様なら、研究を繰り返して本当に神様になれちゃうかもしれない。

 お嬢様ならあり得る。

 あのお嬢様だ。

 やりかねない。

 興味を持ったものには一直線に突き進むお方だから。

 とあれば、メイドの私はただお助けするのみ。


「神様の研究、頑張ってください」


「?」


「あ、何でもありません」


「??」


「あ、そうだお嬢様。神様と蜘蛛様の話は置いといて」


「神様と蜘蛛を同格に扱っていることに若干の違和感を感じなくもないけどそれはともかくとして、どうした?」


「旦那様がお呼びですよ。学校の話だそうです」


「む。父さんが?」


「はい」




   ■ ■ ■




 コンコン。

 なんてノックなんてしないぜ無遠慮に扉をオープン!!


「どわぁ驚いたマリーか。ノックぐらいしなさい」


「だって面倒なんだもーん」


「他の貴族の前でそんなことしたら恥をかくことになるぞ。相手の身分が王族とか公爵とかだったら、罪に問われることだってある。気をつけなさい」


「そんな時は、お父さんが助けてくれる。でしょ?」


「そりゃ、もちろんだ。でも、わしが助けなくてはならない事態なんて、起きないのが一番だ。もともとわしは、他人へのコネなんてそんなに持ってないからな」


「またまたー。いざとなれば、お父様なら何だってできちゃうんだから」


「まあ、いざとなれば武力行使でどうにでもなるが…………」


 ちょっと待て。

 貴族相手に武力で交渉する気か。

 もっと穏便な方法かと思ってた。

 いやでも、お父さんなら割と武力行使でも交渉材料になりそうな気がする。

 見よこの筋肉。

 私よりも盛り上がった大胸筋、くまのごとき上腕二頭筋、あと名前しらんけどズボンを破りそうな勢いの足の筋肉とか。

 イノシシの突進を身一つで止めたことがあるとも聞いた。

 イノシシじゃなくてワイバーンだっけ?

 まあ、なんでもいいか。


「お父様、武力行使で問題が解決するのは10才までだよ?」


「急に冷静になったな。いや、どうにかするでしょー、って言ってたのはマリーのほうじゃないか?わしの問題解決の方法がただ武力行使なだけで、そもそもの問題を起こすのは大抵、マリー、お前だからな?」


「それはそうなんだけど」


「そうだとわかっているのなら自重しなさい。虫の研究とかも。せめて犬とか猫とかの愛玩動物にしてくれ」


「犬も猫も、この家にはいないじゃない」


「それはそうだが」


「見たこともないものに、興味は持てないわ」


「…………そうだろうな」


 何故か嘆息を漏らしているお父さんを尻目に、私はお父様の持っている書類の山を見る。

 いつもいつも税金だとか何だとかの書類が遅れて母さんに怒られてるし。

 でも今回は流石に量があるな。


「お父さん…………また書類を溜め込んだの?」


「ふむ、マリーよ、その通りだ」


「否定の気配は見せてよ。んな堂々と認めるもんじゃないから」


「否定してもすぐバレる。なら、最初から素直に認めたほうが怒られない」


「開き直ってる。お母さんの前ではいつもモゴモゴ言ってるくせに」


「それはそうだが。まあ、これはまだそんなに重要な書類じゃないから。遅れてもまだどうにかなる」


「へえ。因みにそれ何の書類?」


「マリーの入学手続きの書類」


「バチクソ重要じゃねーか!!!」


 くっそ重要じゃねーか!!!

 私の一生がかかってるんですよぉ!?

 もしや私を今日呼んだのはその関係か!?


「何!?私は何をすればいいの!?サインですか!?」


「察しが良いな。こっちの書類と、あとこれと、あれと………待って、今、山にするから」


「山になるほどあんのか!!んな溜め込むな!!!」


「いつものことだろう」


「そうだけど!!それはそうだけどさ!!これは溜め込んじゃいけないタイプの書類よ!!」


 税金とかの書類も溜め込んじゃ駄目だけどね!?

 偽装とかエセ申告とかの問題があるからさぁ!!

 税金、ごまかしちょろまかしたりしてる貴族も多いからね!?

 そうはなっちゃ駄目だよ!?




   ■ ■ ■




「はあ、はあ、はーーーーーあ……………」


 怒涛のサイン地獄が、やっと終わった。

 死ぬかと思った。

 てか、量、多すぎ。

 でも、これで例の学校に行ける。

 お兄様も通った学校。

 このサラリア王国の都市部に存在する、国内では最も名の知れた名校。

 サラリア総合学校。

 創立100年である。

 なかなか心踊るね。

 サラリア総合学校は国一の規模を誇り、その名の通り様々な学問を取得することができる。

 経済、国政、生物学、言語学、数学、天文学、機械科学、etc

 そしてこのサラリア総合学校が最も力を入れているのが、戦闘技能。

 すなわち、剣術、槍術、弓術等の肉体格闘技術、そして攻撃魔法だ。


 この国には敵が多い。

 サラリア王国は北方を森に、三方を他国に囲まれている。

 この国を取り囲む3つの国は、常に資源に困窮している。

 土壌は痩せていて作物は育ちにくい。

 海に面している国もあるが、海産物を取ろうとしても海獣に邪魔される。

 つまる所、貧しい国ばかりなのだ。

 だから、この国の資源を狙う。

 世界で見ても、豊かなサラリア王国の資源を。

 ではなぜ、サラリア王国だけは周りよりも豊かなのか。

 ここら一体の土は全体的に痩せているのだ。

 それにも関わらず、サラリア王国は肥えている。

 それは、この国が所有する宝物に関係がある。

 名前は……………忘れたけど、土地を豊かにする効果のある宝具……魔道具があるのだと。

 具体的に言うと、農産物、とりわけ植物の部類に大きく影響する。

 土地を肥やすのではなく、植物の成長を早める効果があるのだそうだ。

 あわよくばその宝物、あるいはその力によって得られた資源を奪ってやろうと、三国は年がら年中サラリア王国に戦争を仕掛けてくる。

 更に、脅威はそれだけではない。

 サラリア王国の北方に存在する、国大な森。

 それは「魔の森」あるいは「北の森」という安直な名前がつけられた、魔獣・魔物が無尽蔵に出てくる森だ。

 サラリア王国は長年、この魔の森の脅威に晒され続けてきた。

 ぶっちゃけて言えば、西、東、南の三国の総力よりも、この森1つのほうが怖い。

 それほど、魔獣・魔物は恐ろしい存在なのだ。


 因みに、我らがシクティカル家の領地はまさにその魔の森に面している。

 しょっちゅう森からイノシシ(型の魔獣)とかでかいっぽいドラゴンとかがやってくるため、家畜なんぞを飼おうとしたらすーぐに襲われてしまう。

 だけど、魔獣を狩れば肉が手に入るからタンパク質には困っていない。

 彼らは何故か野菜を食べようとしない。

 お父さんの野菜には魅力がないとでも言うのか?

 許せん。

 野菜を食べられたら、それはそれで困るんだけどね。

 うち一番の収入源だし。

 魔物の素材も手に入らなくはないけど………。

 魔物の肉は美味いからすぐに消費しちゃうし、皮・骨・角とかも基本は森に還している。

 魔物の素材は高く売れると言うが、こんな田舎には素材を買い取ってくれる商人も来ないし、冒険者協会なるものの支部もない。

 冒険者協会って何?って感じっで知名度が低いくらいだ。

 田舎に魅力がないのかなー。

 ちょっと悲しい。


 そんな感じで敵だらけなこの国は、戦力の育成に躍起になっている。

 他国との戦争でも、魔物との戦いでも。

 …………と、国は言っているが、今の所育成された戦力が魔物退治に役立った記憶はない。

 先程も言ったが、このシクティカル領は北の森に面している。

 だから、時々国からの支援だと言って(自称)天才魔術師とか、(自称)王国を救うべく生まれた騎士だとかが送られてくる。

 彼らは他の領でスンバラシイ功績を残した方々らしい。

 卒業試験で一位とか、新しい魔術の開発だとか。

 違う。

 そうじゃない。

 私達がほしいのは、目新しい戦力じゃない。

 確かな努力と経験で裏打ちされた、堅実な戦力だ。

 奇抜なやつじゃなくて、ちゃんとした実績、対魔物に置いて実績を残したやつがほしい。

 魔力の浄化とやらを試そうとしてドラゴンに食われた天才くんは要らない。

 自分の力量もわきまえずに魔物の大群に突っ込んで案の定踏み殺された脳筋な戦士も要らない。

 …………てかそもそも。

 「すごいやつ」を1人2人送ったところで戦力の増加具合は微々たるものなんだよ!!

 どうせなら軍を送れ!!

 訓練して実戦して魔物の強さと己の弱さとを知っているまともなやつを!!

 なんで国はジャンキー共しか送ってこないんだ!!!

 魔物のことを全く理解していないと見た!!!

 魔物はな、強いんだよ!!

 怖いんだよ!!

 ほしいのは自信じゃなくて警戒心!!

 個人技じゃなくて協調力!!

 机上の空論じゃなくてきちんとした実戦に基づいた知識!!

 サラリアの都市には魔物が出ないから平和ボケしたか!?ああ!?

 シクティカル領が未だに健在なのはな、一人ひとりがしっかりと魔物の脅威を認識してるからなんだよ!!

 絶対に立ち向かわない!!

 エンカウントしたらすぐ逃げる!!

 すぐに領の最高戦力・お父さんとお母さんとお兄ちゃんを呼ぶ!!

 これがここ、シクティカル領で生き残るための鉄の掟!!!

 VS魔物は団体戦!!

 被害を出さないためには、みんなで協力するしかないの!!

 なのによぉ!!!

 まじでサラリア王国って人材不足なん!?って聞きたくなるぐらい!!

 国がここに送ってくるのはバカばっかり!!

 自意識と自信が過剰なバカ!!

 協力の二文字を知らないバカ!!

 そりゃな、みんなに天才だなんだと持ち上げられて浮かれる気分はわかる!!

 でもな、あくまでそれは人間基準なんだよ!!

 どんな力自慢でも、ドラゴンと腕相撲して勝てるやつはいない!!

 精霊と魔法勝負して勝てるやつもいない!!

 なのになんでみんな自信満々に突っ込んでいって爆散するんだろうかなぁ!?

 今の所派遣された人材の死亡率は5割!!

 残り半分もなにかに絶望して首都に帰っていく!!

 お国はこの領を実験場か何かと勘違いしているのか!?

 死人が出るんだぞ!?

 若人じゃなくて玄人をよこせ!!


 ゴホン。

 私としたことが、取り乱してしまった。

 まあとにかくそんなわけで、サラリア王国は馬鹿だ。

 王族も馬鹿だ。

 だから嫌いだ。

 でも、初代サラリア国王が作ったサラリア総合学校だけは素晴らしい。

 さっきはボロクソ言ったけど、私達だって新しい技術の全てを否定しているわけではない。

 魔物退治が楽になるに越したことはない。

 そのためなら、積極的に人材を引き入れて戦力増強に動くべきだし、いろんな機械も導入してみる。

 ただ、そいつらが安心安全な都市部でご研究に励んだ輩=魔物をよく知らないってだけで。

 実際に、サラリア総合学校で生み出された技術がVS魔物戦で役立ったことは幾度もある。

 年に一度は学園長(?)さんがシクティカル領にやってきて、いろいろと交流を図っているくらい、サラリア総合学校にはお世話になっている。

 人材的な支援は期待できないが、技術的な支援はいつも助かってる。

 そして、私は目下魔法に興味津々である。

 最近からではない。

 ずっと前から、確か、カークがサラリア総合学校から一時帰省したときからだ。

 以前もお母さんの魔法を見たことはあったが、カークのそれとは結構違った。

 カークの魔法が家族に見せるために見た目重視の魔法だったことはわかっているが、しかし、カークが夕食の席で食卓に降らせた実体のない雪は、言いようもないほど美しかった。

 カークは言った。

 この魔法は実用性はないが、とても美しい。

 見た目も、魔力の式も。

 これは、「学校」で教わった魔術なのだと。

 その日から、私は魔術の「研究」を始めた。

 が、二秒でお父さんとカークに止められた。

 曰く、魔術は超危険な技術だから、学校で習うまでは扱っていはいけないのだと。

 私は粘った。

 別に学校になんていかなくても大丈夫。

 魔法を使うことはできる。

 私なら使える、と。

 しかし、最終的には家族のみんなの忠告を聞き入れ、「学校」への入学を待つことにした。

 私が何かの研究を我慢したのはこれが初めてだった。

 学校が楽しみだ。

 数年来の願いが叶うときだ。



 だが王族は嫌いだ。

 偉そうだし。

 馬鹿だし。

 やくたたずだし。




「ほんと、王族って馬鹿だよね」


「マリー、学校ではそんなこと言っちゃ駄目だからね?てかなんで急に冷静になって王族をコケにしてるん?」


「なんとなく」


「なんとなくで首が飛びそうになるような発言はしないでね?」


「はーい。わかってまーす、お父さん」

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