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マリーの日記  作者: 雪鼠
2/6

第二話・衝撃

「……………………」


「……………………」


「……………………カ、カーク?いいい今、今、一体なにを言って………?」


「言ったとおりだ。虫を捨てた。あれは貴族の娘にふさわしい趣味ではない」


「は?………………え、いやいや、は?捨てた?なにを、どれぐらい?まさか研究ノートまで…………?」


 研究ノートなる新たな不穏な存在のことが明らかになった。

 なんだそれは。

 まさか飼うだけでは飽き足らず、実験でも始めたのか。

 まあとりあえずそれは置いといて。


「研究ノートとやらが何かは知らんが、虫は捨てたぞ。全て」


「………………………え?……………いやいや、え?ちょ、ちょま、ぜ、ぜん、全部?」


「ああ。お前の部屋においてあった虫かごの中の、芋虫全7色と謎のサナギと季節外れの蝶とトカゲとアリとあとetc」


「残りをetcでまとめんなわかんねーだろ」


 んなもん把握してんのお前だけだ。

 あの量の虫をいちいち区別して記憶できるか。

 分かるわけねーだろ。


「まあ、とにかくそういうことだ。お前の部屋にあった虫かごは全て撤去し、中身は森に返した。わかったな?」


「……………私の、部屋…………?」


「………? ああそうだ。お前の部屋の虫かごだ」


「………………………ホッ」


「………………………『ホッ』?」


「ああいえいえ、お気になさらず」


「お気になるわ」


「本当になんでもないよ」


「受け答えが急にはっきりしだした……………」


「本当に何でもありませんのよオホホホホ」


「うん、絶対なんかあるな」


 なんだ?

 こいつ(マリー)は一体、何に安堵したんだ?

 …………まさか…………。


「お前、他の部屋にも……!?」


「ギクリッ!!」


「ギクリって普通、口で言うものなの?」


「知らない!!私は何も知らない!!」


「大量の虫を部屋の中で飼育していた時点でその言い訳は無理がある」


「図書室になんて何もないんだから!!!!」


「よっしゃ聞いたなヘルマン。図書室だ。徹底的に調べろ」


「………………かしこまりました」


「あああああ言っちゃった!!!」


 わが妹ながら、馬鹿だなこいつは。


「待ってヘルマン!!!あなたはこのシクティカル家に仕える執事よね!?」


「……………そうですが………」


「てことは、私の命令に従う必要もあるんじゃない!?ねえ!!お願いだから可愛い蜘蛛ちゃんを捨てないで!!」


「それはお願いですか、命令ですか………?」


「ちゃんと世話できるから!!!毎日散歩にだって行く!!」


「散歩が必要なのは犬では…………?」


「虫だって、外に出る時間は必要だもん!!」


「はあ……………そういうものですか……………なんにせよ、私の雇い主は旦那様なので、マリー様に従う義務はありません」


「っええええええーーー!?なんで!?カークの言うことは聞くじゃん!!なんで私の言うことは聞いてくれないの!?」


「……………マリー様の言っていることが、命令ではなく、わがままだから、ですかね………………」


「ふぐうっ!!自分でもわかってるけど人に言われると地味に傷つく!!」


「わがままだっていう自覚はあったんですね…………………」


「もう嫌だ!!うえーーーーーん!!」


 マリーは泣きながら走り去っていった。

 一体どこへ行くつもりなのか。

 本当、嵐みたいに騒がしいやつだな……。


「全く…………お嬢様にも、困ったものですね………」


「ああ、そうだな………………」


 あいつだって、やればできるやつなんだけどな。

 あの大量にも程がある虫たちだって、マリーなりに頑張って集めたものだろうし。

 一朝一夕の努力ではそうは行くまいし。

 好きなことに対しては、努力しまくる、すごいやつなんだけど………。


「努力の、方向性がなぁ…………」


「ええ………せめて、勉学に打ち込んでくれたら………」


「でもあいつ、人に言われてやる勉強だけは嫌いなんだよな…………」


「ええ…………」




   ■ ■ ■




 そう言えば昔、こんな事があった。

 あれはマリーがまだ5歳の頃。

 あいつは、図書室に入り浸っていた。

 まだ子供のことだ。

 きっと、父上が大量に買い溜めた絵本でも読んでいるのだろう。

 その頃、俺、カーク・シクティカルはまだ大人ではなく、ここサラリア王国の首都にある学園に通っていた。

 そして長期休みが訪れ、帰省することができるようになった。

 だから、いい土産になると思って、珍しい絵本を買ってきてやったのだ。

 なんでも、マリーとそう変わらない年齢の子供が書いた、全く新しい物語なのだそうだ。

 既存の本のモノマネならともかく、その本は、誰も聞いたことがないようなストーリーで、書いたのがまだ年端もいかない子供だったということもあり、またたく間に首都で有名になった。

 俺も一度読んでみたが、確かに面白かった。

 奇想天外な世界観、王道の勧善懲悪なストーリー、そして美しくまとまったオチ。

 とても子供が書いた絵本だとは思えない出来だった。

 これは、きっとマリーも喜ぶだろう。




 そう思っていたのだが。




「これ、つまんない」




 ポイッと放り投げられた。

 買ってきた絵本が。

 そして代わりに、小難しい推理小説を読み始めた。

 推理小説である。

 5歳の子供が。

 あれには、流石に唖然としたね。

 だって、推理小説だぞ?

 それもチンケな児童書ではなく、本格的な成人向けのぶあつーい本だ。

 読めているのだろうか。

 いや、きっと読めているのだろう。

 あの熱中具合は、もう、なんというか、すごかった。

 言語化が難しいが、もうなんというか、本当にすごかった。

 周りが見えないほど熱中しているとは、まさにこのことだろう。

 マリーの態度に呆然としていると、まだ結婚しておらず実家にいたベラが、苦笑いしながら説明してくれた。


「マリーは最近……………その、言語の研究にお熱なの」


「言語の、研究?」


「………………なんなんでしょうね、ほんと」


 言語の研究。

 5歳の子供が。

 未だに信じきれない。

 というか、当時は信じなかった。

 ベラも、信じていないようだった。

 研究と言っても、きっとよく読書をしている程度だろう。

 推理諸説を読んでいる時点でもう既に5歳の知能ではないのだが、それだけならまだ理解できる。

 そう思っていたのだが。


「ね、すごいでしょう?」


「……………………ベラ、これは、本当にマリーが書いたものなのか?」


「………………この目で見たわ…………」


 それは、一冊のノートだった。

 どこにでもある、金さえあれば、こんな片田舎でも買える。

 ただの白紙の集合。

 それが、細かな文字でびっしりと埋め尽くされていた。

 はじめのページから、何ページも、何ページも。

 紙をめくってもめくっても、どこもびっしりと。

 最後のページまで、しっかりと埋め尽くされていた。

 それは、ベラの言う通り、言語の研究だった。

 すごいとしか言いようがない。

 主語、述語、副詞など、分類され、役割が解説され、更には文章同士の関わりも。

 5歳だ。

 たった5歳の子供が、こんなことをできるか?

 まだまともな教育も受けていない子供が、図書室にある本だけを頼りに、ここまで。

 信じられなかった。

 訳が分からなかった。

 父上も母上も、それはそれは大喜びでマリーを褒めた。

 べた褒めだ。

 あの年頃の子供はたいてい、自分のやったことを親に認められるのが好きだ。

 絵でも粘土でもなんでもかんでも、褒められるのが好きなものだ。

 だと言うのに、マリーはその時、褒めてくる両親に一言。


「こんなの、誰でもできるわ。ねえ、そんなのよりも、イノシシ狩りに行こうよ!」





 あいにくと、休業期間は短く、家族の顔を見る程度の時間しか取れなかったため、俺はすぐに首都に帰らなくてはならなかった。

 あとから聞いた話によると、マリーの書いたノートを見た父上が「天才だ!!!」と騒ぎ立て、他の貴族に自慢しようとしたそうだが。

 しかし、父上が茶会を開く前に、マリーの天才ぶりを証明するノートはなくなってしまった。

 マリーが、ノートを燃やしたからだ。

 なんでも、今度は物が燃える原理を知りたかったらしい。

 森の中で不用意に何かを燃やすことは、山火事の危険があるため出来ない。

 で、周りを見渡すと、丁度いいところにあるではないか。

 よく燃えそうな紙束が。

 室内でもできそうな規模の火が立ちそうな。

 で、やってみたそうな。

 室内で、ファイヤー!!、と。

 まあ、もちろんボヤ騒ぎになったそうだが。

 父上は、もったいない!!と悔しがっていた。

 可愛い娘の自慢が、できなくなったのだ。

 5歳で、言語の研究など、証拠がなきゃ誰も信じないだろう。

 しかし、そもそも、貴族の茶会で自慢話などするのは、賢い選択とは言えない。

 んなことしたら、隣の領地の貴族との関係に亀裂が生まれるわ。

 ある意味、自慢できなくて良かったのかもしれない。


 こんなわけで、マリーの天才伝説は、シクティカル家のうちにとどまったのだ。




   ■ ■ ■




「ああ、そう言えば、そんなこともありましたね…………」


「ああ、懐かしい………」


 マリーは今、虫の研究にお熱だ。

 研究ノートとやらを見てみたい気もするが、流石に、虫はな…………。

 貴族として、な………。

 いくら平民貴族でも、なあ………。


「………せめて、数理とか、歴史とかに興味を持ってくださったら………」


「ああ、本当に、な…………」


 頭はいいんだから、本物の論文とかを書けばきっと、一躍有名になって、嫁として引く手あまただろう。

 あの破天荒な性格では、もとからのぞみが薄いというのに。

 頼むから、早くいい旦那さんを見つけてくれ………。

 父上も、母上も、お前の姉も、もちろん俺も。

 お前の幸せを願っているんだから。






「………あれ、そう言えば、マリーはどこに走り去ったんだ?あいつの部屋にはもう、なにもないよな?」


「虫かごしかありませんでしたからね………………ハッ、まさか、図書室に行って証拠隠滅を…………!!」


「…………………なっ、まさかそのために嘘泣きを!?まずいぞヘルマン!!早く追いかけろ!!」




 今日もシクティカル家は平和である。

農民のガイアス

「そう言えば、マリー嬢ちゃんが動物の糞の研究に凝ってたこともありましたね。その時も、こうやって皆で土に埋めたり川に流したり………」


カーク

「やめろ………あれはもう思い出したくない………」

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