ツル魔法について思うこと
「なあなあ、ローズのお家芸的な魔法あっただろ?」
「お家芸て……ツル魔法のこと言ってる?」
「それそれー」
唐突に始まったラギーのお家芸魔法もといツル魔法の話題に、わたしは苦笑しつつ懐かしむ。
2年生に進級して、わたしは全く魔法が使えないながらも日々頑張っている。魔法陣を書いたり呪文について学んだり。魔法が使えなくたってできることはたくさんある。
「ウィルさんに教えてもらった魔法なの。最初はなんでこれを教えたのかなって不思議だったけど使いやすくて気にいっちゃって」
ロストを縛り上げたり、ピッキングをしたり。用途は様々だけど数々のピンチを救ってくれた魔法だ。
けれど嬉しそうに語るわたしとは逆に、周りで話を聞いていたみんなはなんとも言えない表情を浮かべていた。
ジルとラギーと過ごすのは最早当たり前だけれど、最近はそこにレイとセオドアが加わるようになっていた。ケイトはたまに会いに来たり来なかったりと神出鬼没だ(実年齢はおよそ学生と呼べない年齢なので学園にくる意味はたぶんない)。
「で、どうして急に?」
「いや、あれって人によって使い方に性格出そうだなあって思ってて。みんなだったらどう使うかなーって気になったんだよ」
「なるほど」
ラギーがあどけなくそう言い、わたしは他の3人に目を向ける。なぜか居た堪れない顔を浮かべている。一体何を思いついたのだろう。
「…………護身用として、使う」
ジルが口ごもりながら呟く。レイもセオドアも同調した。表情は三者三様だったけれど。レイは含みのある笑みで、セオドアはおどおどしていた。
「ふーん、本当に?」
そこに首を突っ込んできたのは、神出鬼没のケイトだ。にやにやと笑う顔は相変わらずだけれど、以前よりはだいぶ話しやすい雰囲気になったと思う。
「そう言うケイト様は何に使うんですか?」
「そうだなあ……誰かさんがピッキングに使ったみたいに俺もそうやって使おうかな」
懐かしい……いつかの誘拐事件のことを思い出す。
揶揄うように言うケイトに「案外難しいですよ?」としたり顔で反撃する。そんな様子を他の4人が何か言いたげに見つめていたのだった。
***
Side ジル
唐突にラギーから振られたツル魔法の話題。
俺の脳内にはすぐさま全身をツルで縛られたローズの姿が浮かび上がる。
暗い部屋で、ベッドの上。もがいて頼れるのは俺しかいない。
白いワンピースに食い込むツルが艶めかしくて、小さな灯りに照らされた彼女の瞳が潤む。
ゾクゾクする。早く、彼女を俺のモノにしなくては。
向けられた返答待ちの姿勢に「護身用」と答えた。全くの嘘だったけれど、周りが同調したためにバレることはなかった。
たぶん、レイもセオドアも嘘なのだろうと内心勘づいた。
最近時間を共に過ごすことが多いが、早くローズから引き剥がさないとな。
Side ラギー
「護身用」と返事が返ってきて妥当だなと思った。
俺がこんな話をし始めたのに特に意味なんてない。ただ、今までその魔法でローズが戦う様子をたくさん見てきて、その格好よさを懐かしく思ったから。
俺はあの魔法を使うなら攻撃として使いたい。
ロストを縛り上げていたローズみたいに、嫌なやつがいたら俺もさっとツルを出して相手の身動きを封じる。そうしたら、その後は好きにできる。尋問してもいいし、じわじわと手や足を……
そこまで考えているとケイト・グリンデルバルドが乱入してきた。
うん、とりあえず今はこいつを縛りたいかな。
Side レイ
「護身用」か。まあ、今も命を狙われることはあるからそれも間違いではないか。
僕は他2人のわかりやすい嘘に同調しつつ自分ならどう使おうかと考えた。以前の死にたがりの僕だったら、自殺用のロープがわりにするとでも思ったのだろうか。
そんなことを考えつつ、ローズさんに目を向ける。
彼女の手首と僕の手首を、枷みたいに繋ぎ留めてくれたらいいのに、なんて考える。ツルだからと燃やされないように頑丈に、いっそ鋼鉄みたいな硬さで。
それだったら一緒にいられて、ずっと一緒に過ごすうちに彼女も僕を好きになってくれたりするのかな。
そう笑顔を向けたつもりだったけれど、やっぱり彼女は全然僕の気持ちに気づく気配なんてなくて。
どうやら、まだまだ前途多難らしい。
Side セオドア
一瞬、ムチみたいに使われたらどうなるんだろう、と気持ち悪すぎる考えが湧いて出たことに罪悪感でいっぱいになった。
ツルを片手に持って、剣の指導中に事あるごとにビシバシと叩かれる。剣術の稽古中に団員が話していた、見ることも聞くことも憚れるような、官能的なそれ。
そんな話をおぼろげに思い出して顔を埋める。
最低すぎる。我ながら、彼女でそんなことを考えてしまうなんて。
今すぐ謝りたくていっぱいになってしまったが、とりあえず同調してなんとかその場を堪えた。
帰ったら自分に懲罰を課さなければ。
Side ケイト
「護身用」なんて嘘も甚だしい。みんな心はドロドロ、ヘドロみたいに黒々と粘着しているくせして、よく言えるなあ。
俺はへらりと挑発するような笑みをたたえたまま、彼女の前に躍り出る。
最近、淡い恋心に似たその感情を覚えた俺だって、色々考えないこともないけれど。でも、たぶん俺は土壇場で恥ずかしくなってそういう男が夢見るような使い方はできないような気がする。
我ながら長寿のくせして、それもどうかとは思うが。
だから「ピッキング」と答える。これは俺と彼女しか知らない出会いのきっかけだから。
案の定、他の4人はほぼ殺意ともいえる目線を俺に注いでいた。
そうやって、せいぜい歯痒い思いをしてなよ。
俺はにんまりと口角を上げた。
***
「ツル魔法……拘束魔法ですね。懐かしいですねー!」
「最初教えられた時は驚きましたけどね。でもおかげでいっぱい助けられたので、改めてお礼に」
わたしは放課後にウィルの購買に立ち寄った。今までどれだけの局面でお世話になってきたかを力説した。
ウィルは少し気まずそうにその話を聞いていたけれど、「お役に立てて光栄です」と笑顔を見せた。
「実を言うと、最初は僕も試しにやってみたんです。かなりの上級魔法でしたから、自分でもできてびっくりしたくらいで」
わたしは意外な事実に驚く。軽くやっているようにしか見えなかったし、そのあとの魔法レッスンもとてもわかりやすかったからだ。
「ウィルさんはすごいですね。ウィルさんに魔法の特訓を頼んで正解でした」
「えへへ、照れちゃいます」
「でも、どうして急に拘束魔法を教えたんですか? けっこう気になっていたんですが」
後々助かるからいいものの、自分でもできるかわからない魔法を急に教えた、というのがよくわからない。ウィルはじっとわたしを見る。
「内緒です」
そう人差し指を軽く口に押し当てて、ウィルは笑った。
***
「……という話題が出て。おにいさまはどう使いますか?」
家に帰って、執務室にて休憩中の兄に尋ねる。兄はわたしの話を時々訝しげな表情で聞いていたけれど、わたしの質問に真面目な表情で考え始める。
「ローズを守るために使うかな」
「わたしを?」
自分のためではなく? と疑問に思ったわたしが首を傾げる。
兄はにこやかな笑顔のまま、容易くこんなことを言ってのけた。
「ローズを狙うやつを縛り上げるために使いたいし、ローズが閉じ込められていたらこじ開けて入るほどの強さとしなやかさも兼ね備えたいところだよね。もし手枷をはめられていたら解除出来るかもしれないし、ローズがもし溺れそうになったり危険な目に遭っていても助けられるからね」
うお、と思わずたじろいだ。
圧倒的な威圧感が笑顔の下から滲み出ている。わたしの反応は特に気にはならないのか「そう考えるとツルって便利だね」と淡々と続けた。
さすが、兄。やっぱり兄はなんか、すごかった。




