Happy End 水平線に向かって【セオドア・エドウィン】
「海! すっごく綺麗!!」
「なー! 見て見て、貝殻もいっぱい落ちてる!」
「はしゃぎすぎて溺れたりしないように気をつけてくださいね……」
青い海を見てきゃっきゃとはしゃぐわたしとラギーをセオドアがたしなめる。さながら保護者らしいその光景にどこか面白く感じてしまう。
わたしたちは今、遠征からの帰路に着いていた。
といっても騎士団として遠征するラギーとセオドアについてきただけなのだが。もちろん邪魔をしに来たわけではなく、元花の乙女として同行していたのである。
実際、剣術は騎士団の中でも中の上くらいには入りそうだった。体格のいい男たちを剣で負かせるのはだいぶ楽しい。
と、こんな感じで遠征を終えて各々帰路に着いたわけで。
わたしはその道中に浜辺があると聞いて、やってきたのだった。
波打ち際ではしゃぐわたしとラギーをよそに、セオドアは黙々とテントを張ったり飲み物を用意していた。
いつものパターンだと、休憩するように促してわたしの身の回りのことを何から何までやってくれようとするのだろう。
そういうのいいって言ってるのに、と思いつつ、わたしはセオドアの準備を中断させるべく呼びかける。
「セオドア様もこちらで一緒に海見ませんか!」
「い、いえ」
「じゃあ、こっちきて手合わせしてください!」
え、と戸惑うセオドアにラギーが隣でため息をつく。
上司という立場になっているラギーのため息にセオドアは一瞬顔を強ばらせる。
「手合わせしましょう、ね!」
「分かりました」
セオドアはようやくわたしの方へと歩いてきた。木剣を持って歩いてくる姿はだいぶ様になっていると感じる。
ラギーに審判をお願いし、わたしとセオドアは向かい合う。
「では、お願いします」
「はい、手加減はしないでくださいよ」
わたしは木剣を構えてそう言うといきなり飛びかかった。
ここ数日で剣術をきちんと学び直せたおかげなのか、いつもよりも動けている。セオドアはわたしの攻撃を上手く交わしていて、表情は幾分か余裕そうにも見える。
「ちょっと、手抜かないでください!」
「ですが、ローズ様を傷つけてしまうかと……」
ぐぬぬ。これって完全に下に見られている。
だってわたしを傷つけると思っているのだ、彼は。たしかにセオドアは騎士団の中でもトップクラスに剣術に長けていた。
けれど。
わたしは大きく振りかぶって剣を振り下ろす。セオドアはそれを受け止める体勢につく。――そう見せかけて、わたしは土壇場で下からの突きの攻撃に切り替えた。
これにはさすがに対応が遅れたようでセオドアは大きく体勢を崩した。
「ふふ、わたしの勝ちですかね」
セオドアの剣を奪ってゲームセット――といきたかったけれど、踏み込んだわたしの足は砂に取られてつんのめってしまった。
まってまって、転ぶ。熱い砂の中に顔ダイブは――!
「大丈夫ですか!」
「た、助かりました……!」
間一髪、セオドアに支えられてわたしの顔面はことなきを得た。
安堵のため息をついていると、手の中からすぽっと剣が引っこ抜かれた。
「ゲームセット、ですね」
あ、と声を上げた。セオドアは手にわたしの剣を握っていて、どこか困ったように笑っている。
ラギーも「最後まで気を抜いちゃいけないんだぞ!」といかにも騎士団のようなことを言っていて、わたしは項垂れた。
「わたしの負けみたいですね……いいでしょう、何かお願いはありますか?」
お願い、というのは負けた代償だ。騎士団の手合わせではなぜか負けたら相手のお願いを一つ聞くというのが流行っていた。わたしも後腐れがないこの方法を案外気に入っている。
思えばセオドアとはあまり手合わせをしたことがなかった。前にわたしが勝ったときは1週間の敬語禁止令を出したような。
セオドアはうんうんと唸りながら考えている。あまりにも時間がかかるためわたしは思わず催促をした。
「なんでもいいですから!」
「……なんでも、ですか」
妙に確信めいたその反応に、決まったのだろうかと返答を待つ。
「これからも、お側にいさせてください」
飛び出してきた言葉に思わず呆気に取られてしまった。ラギーは「そういうのやめろって!」と怒っているが、わたしにはいまいち怒る理由も掴めなかった。
「そんなことでいいんですか?」
「え?」
「だって、そんなの当たり前に決まってるじゃないですか。これからもよろしくお願いしますね!」
セオドアとだって、もちろんみんなと仲良くしていきたい。
友達としても、もしそこに恋愛感情が芽生えても。
わたしはにっこりと笑顔を向けた。
なんだかセオドアの青い目が煌めいて見えて、その視線がまっすぐわたしに注がれていることがこそばゆく感じた。
マルチエンディングはこれで終了となります!
更新が遅くなってしまって本当にごめんなさい!
あと番外編2話で完結となります!




