Bad End 深淵に沈む【セオドア・エドウィン】
「今日も護衛、よろしくお願いします」
わたしがそう微笑むとセオドアは胸を張って礼をする。ただ宮殿のお庭に少し散歩をしにいくだけだというのに、護衛を毎回つけるのもどうかとは思うけれど。
わたしは学園を卒業した頃、レイと婚約をした。彼は優秀で、兄ルークの支えもあって、今では立派な王様だ。
つまり、わたしは王妃になってしまったわけで。
正直無理だと思っていたけれど、周りのサポートもあってか、案外すぐに慣れてしまった。
けれどやはり王妃というのは命を狙われる。お腹を隠すようなデザインのドレスを着ているだけで子供ができたと勘違いされて毒を盛られる始末だ。
一度、まさしく生死を彷徨うレベルの毒を盛られてから、レイは警戒の度合いを一気に強めた。そこで、護衛としてつけたのがセオドアだった。
セオドアはラギーが隊長を務める第一騎士団の副隊長だ。そんな大事な人材をわたしに、とは思うけれどレイも譲らないしセオドアも「ラギーさんでも足りません」というので折れた。このままではラギーまで出てくるところだった、騎士団が危ない。
というわけで、わたしの側にはいつもセオドアがついていてくれるのだ。
わたしがお花が綺麗だといえば「ローズ様の方が」などと言いつつ一緒に花を見てくれる。セオドアがいるのは頼もしくて、暗殺を恐れる日々を少し和らげてくれる気がした。
「死を持って、償わせていただきます」
そんなセオドアが今、わたしの前で死のうとしている。
土下座をして短刀を手に持ち、刃を自身に向けている。わたしは朝一で行われているそれに当然ついていけなくて、とりあえず「やめなさい」と命令した。
「彼は昔、ローズを貶めようとしていたんだってね。それに、僕の妻を邪な目で見ていたなんて許されることじゃない」
まだ寝巻き姿のわたしの隣でレイがそう言う。手にはいつかの新聞記事がある。ロストに憑かれていたとき、セオドアがわたしに突きつけてきたものだ。
レイは何日か前に、彼の部下たちが証拠の類を持ってきたのだと言った。花の乙女であったわたしへの恨みつらみを書きつけたノートから最近の欲情を書き綴ったノートまで。
セオドアにそういう気持ちを抱かれているとは思っていなかった。
けれど、だからといって死で償うほどのことではない。
「やめてください、わたしは彼の死など望んでいません。過去のことですし、いや、もう一冊の方はちょっとなんとも言えないですが……」
少し苦笑気味になってしまったが、短刀は取り上げた。部下たちは彼を陥れたかったのだろうか、などと考える。
「とにかく、護衛からは外れてもらうよ。ローズも、これは受け入れてほしい」
わたしはレイの有無を言わせぬ雰囲気に頷くことしかできなかった。短刀を取り上げられたセオドアは呆然としたまま床を見つめていた。
「やめた……? セオドアが、騎士団を?」
新しい護衛が何気なく言った言葉にわたしは酷く驚いた。謹慎処分をくらっていた彼はそれが明けた途端に辞めてしまったのだという。
辞めた理由を詳しく聞き出したかったけれど、パーティの準備をする、とメイドたちに呼ばれてしまい続きは聞けずじまいになってしまった。
「今日のパーティ、あの子爵が来るらしいです。どうかお気をつけくださいませ」
「……ああ、あのふくよかで脂汗のひどい方ですね」
メイドたちは風貌を思い出したのか顔を歪める。
その話題の子爵は、最近お金で爵位を買った新参の貴族だ。あまりいい噂は聞かないが、パーティに参加しないよう強制させるのも難しい。
「会わなければいいけれど……」
そう思っていたけれど、子爵とは結局挨拶をする羽目になった。
しかも予想以上に驚愕するような状態で。
「こいつ、新しく入った侍従なんですがね、痛ぶってもうんともすんとも言わないのですよ」
子爵の背後には、セオドアが俯いたまま控えていた。前髪で顔がほとんで見えないから分からないけれど、痣もある。
なんで、と言いかける。セオドアは騎士団を辞めた後、きっと子爵の元へ自ら行ったのだろう。それが、罪滅ぼしになるなら、とセオドアなら考えそうだ。
ゲラゲラ笑う子爵にいい加減頭にきて、やめなさいと叫びかけたその時、不意にセオドアが顔を上げた。
「陛下も、どうぞ痛ぶってくださいませ」
セオドアの目はどこか虚で、もはや何を映しているのかもよく分からなかった。思わず、目を見開く。
もっとあの時に庇えていたら、彼はこんな風にはならなかったのだろうか。
子爵から渡されたそれ用の扇子を、わたしは呆然と見つめることしかできなかった。




