Bad End 死灰復燃【ケイト・グリンデルバルド】
「俺、ローズちゃんのこと本気だよ」
不意に引き留められて、わたしは瞠目する。そしてそのまま腕を引っ張られて半ば無理矢理に唇を押し付けられた。
わたしは反射的にケイトの胸板を押して突き飛ばした。
初めてのキスを、こんな形で奪われるなんて。
前世で恋愛が皆無だったわたしは一層こういうのを大事にしていた。なのに。
「勝手に、そんなことをしてくる人、好きになんてなれません」
それでは、とわたしは語気を強めて踵を返した。
しばらく顔を合わせたくない。振り返らずに歩いたわたしは、彼がどんな表情をしているかなんて、気がつかなかった。
「……またなの?」
わたしはメイドが持ってきた手紙を疎ましげに見つめる。
差出人不明のその手紙は、わたしがケイトを拒絶した日から届くようになった。筆跡や文章の感じからして、ケイトのものだとは思う。
最初に届いた日、謝罪文も何もなく懲りもせず『好きだ』と始まった文章にわたしは手紙を見ることなく捨てた。そのせいなのか、毎日毎日どこにいても手紙が届くようになってしまった。
以前花の乙女には独特の香り、のようなものがある……とは言っていたけれど、今は一体どうやってわたしの居場所を突き止めているというのだろう。
「というか、これ、立派なストーカー……よね」
これ以上は許容できない。大体フラれたからって付き纏うような行動をすれば振り向くとでも思っているのだろうか。
このときのわたしは、とにかくガツンと言ってやろうという気持ちでいっぱいだった。
「これ以上付き纏うような行動が見られた場合、わたしも然るべき対処をさせていただきます」
1人では危ないのでは、と両親が心配するものだから、わたしは仲介人を連れて行った。少し日をおいて冷静になっていたわたしはやりすぎだったかもしれないと思いつつケイトを見る。
一応(出会いは最悪だったけれど)それなりに仲良くやってきた。きっとここまで言えばわかってくれるはず。
「それでは、今日は帰ります」
「ねえ、ローズちゃ……アメリアさん」
仲介人に睨まれて、ケイトは呼び方を変える。わたしは出口に向かったまま顔だけそちらに向ける。
「俺のこと、嫌いになった……ってこと?」
その発言に少しだけカチンとした。あんなに言い含めたのに、まだ好きとか嫌いという感情を持ち出してくるのか。
「……嫌いになりそうです、とだけ」
わたしはそれだけ告げて部屋を後にした。
その日の夜、わたしは妙な喧騒感を感じて目を覚ました。
どうやら家の外が騒がしいらしい。家の門の前にかなりの人が集まっている。
窓の外を覗き込んでいると部屋にメイドが入ってきた。顔は真っ青で、わたしはただならぬ予感を察知した。
「どうしたの、下はなぜあんなに騒ぎになってるの」
「それが……」とメイドは言い淀む。わたしは直後に飛び出してきた言葉に耳を疑った。
「ロストが出た……?」
どうして、ロストは消えたはず。わたしが元凶を消したんだから、間違いない。
どうやら国中の至る所で発生しているようだった。町の人たちはパニックになってしまい花の乙女だったわたしを訪ねてきているらしかった。
「お願いです、ローズ様!」と叫ぶ声が玄関から聞こえてきた。両親や兄も対応に追われていて、わたしは立ち尽くしてしまう。
もう、わたしにはどうすることもできないのに……
そこで不意にケイトのことが頭をよぎった。グリンデルバルド家はロストの管理を任されていた。元凶を浄化した後のことも記録として管理していたはずだ。
わたしはローブを引っ掴んで、裏口から外へ出た。グリンデルバルド家へ急いで向かう。昼間は半ば訴訟のようなことをしに家を訪ねたのに、半日でこうも状況が変わるものだろうか。
途中で馬車を借りるなどしてなんとか辿り着いた。けれど、様子がおかしい。家全体を禍々しいオーラが取り囲んでいるようだ。
「やっぱり来てくれた」
とろん、とした声色に振り返る。そこにいたのは、紛れもなく、ケイトだった……わたしの見間違いであってほしいと思ったけれど。
「ケイト様、どうして、そんな姿に……?」
酷くおぞましい姿だった。ロストに変化中、というような姿。
皮膚はところどころ黒く染まっていて、爪も黒い。目も据わっている。
「なーんか、どうでもよくなっちゃってさ」
「気付いたらこうだった」とケイトは笑った。笑う表情ですら歯を剥き出すような獣みたいな酷い笑い方で。
たぶん、もうケイトはほとんど残ってない。
そう直感した。
「次の花の乙女は、いつだろうねぇ」
「今、わたしが何とかしないと……」
「ははっ、生み出した原因は自分にだってあるのに」
ケイト――ケイトと呼んでいいのかもわからないけれど――はにんまり笑ったまま事の経緯を話した。
元々彼は最近の生きる意味を失いつつあった。長い寿命は持て余してしまうほどで。そこへわたしが拒絶した。これが決め手だったとケイトは語る。
愕然とした。
そんなことで、という怒りもあったけれど、やはりわたしでは測りきれない悩みなどがあったのだろう。長命はわたしには理解できないものだから。
何より、またロストを生み出すきっかけになってしまった。
わたしは、それを収拾することもできない。
魔力を失った手をじっと見つめる。
ケイトはけらけらと笑ったままわたしの耳元で囁いた。
「好きだったのに」




