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Happy End 夕日の下【ジル・ブラックウェル】

 

「……俺さ、お前のこと好きなんだけど」



 唐突に言われてわたしはえ、と情けない声を漏らした。

 今わたしとジルはパーティの帰り道、馬車に揺られている最中だ。窓を見て綺麗な夕日だなあ、なんて呑気に考えていたのに急すぎた。



「なあ、お前は俺のことどう思ってるんだよ?」



 ジルが畳み掛ける。わたしは上手く顔を見ることができないまま口をぱくぱくさせた。


 今までだったら友達で、それ以上なんて考えられなかった。けれど、ジルはどんどん格好良くなっていって。他の女性たちにはそっけないのにわたしとは仲良くしてくれることとか、どうしてなんだろうって考えるくらいには、気になっていた。


 それって、わたしもジルのこと好きってこと、だよね……?



「わたしも、たぶん、ジル様のこと好き……だと思います」

「……だと思うって」

「あの、わたしもまだよく分からなくて。でもただの友達とは少し違くて。今だって、好きだと言われて嬉しいやら恥ずかしいやらで」



 真っ赤になった顔を隠すべく、わたしは扇子を取り出した。母が淑女の嗜みだとくれたものだ。初めてきちんと使った、こういう時に使うのか。


 ちらりとジルを窺えば、ジルは眉間に皺を寄せていた。けれど顔はほのかに赤い。ジルはムッとした顔をわたしに向けて、「顔見せろ」と勢いよく扇子を取り上げた。



「……その表情なら、嘘じゃなさそう、だな」

「嘘ではないです……」

「俺とお前は互いに好き合ってる、ってことで間違い無いか?」



 わたしはこくりと小さく頷く。珍しく慌てた様子のジルに、また顔が熱くなっていく。



「でも、悪いけど俺、お前と『だと思う』くらいの関係性で終わらせるつもりねーから」



 ジルはそうにっと笑ってみせる。

 いやに自信満々の表情だ。その目にはどこか安堵している様子も窺えて。


 夕日に照らされて、ジルのオレンジ色の瞳がより一層煌めいて見えた――






「ってことで、しばらく俺と2人で暮らそうな」

「急すぎませんか……了承したのはわたしですけれども……」



 ジルとわたしは数週間後にはジルの別荘にやってきていた。

 あれからジルは光の速さで婚約やら、挨拶やら諸々の手続きを終えた。最初から準備していたのでは、と疑ってしまうほど速かった。

 さらに以前から管理をしていたという別荘はやけに作り込まれていて。一緒に過ごす用、と言われた部屋なんてバスルームやトイレまで一部屋に完備されているほどだった。



「急なんかじゃない。むしろやっとか、って感じだな。俺がどんだけ待ったと思ってるんだよ?」

「う、それは……」



 ジルはずっとわたしに片想いしていたらしい。なんでも自覚したのは中等部の頃で、高等部3年間もずっとだったと言っていた。ジルなりにアプローチしていたつもりだったようだけれど……演劇のときの告白も本気だったとは驚いた。とにかく、わたしは気がつかなかった。


 正直に気がつかなかったし友達でいたいと思っていた、と伝えたところ「じゃあ分からせてやるよ」ということで別荘に連れてこられたのである。


 ……それにしたって、距離が、近すぎる!


 ジルは部屋に入るなり、わたしの腰に手を回して首元にキスを落としてくる。



「あああ、あの! さすがに到着したばかりなので、その、そういうのは!」

「へえ、してもいいとは思ってるってことだよな?」

「ううう……とにかく、少し! 控えて! いただきたいです!」



 なんとかジルを引っ剥がす。ジルはしょうがないな、というように肩をすくめてみせた。

 とりあえず、わたしはその一緒に過ごす用の部屋から出て用意されたわたしの自室へと向かった。




 夕食を終え、わたしは自室へと戻ってきていた。

 ジルも今頃は自室にいるだろうか、なんて考えながら少し顔が熱っぽくなったのが分かった。


 ジルは今日一日中、ずっと優しくて甘くて。けれどわたしの言う友達、というのを尊重してくれているのか、今までのように他愛無い話で笑ってくれたりしょうもないことでふざけ合ったりしてくれて。


 友達から婚約者、と関係が変わってしまったら、とずっと不安だったけれどジルはどこまでもわたしの大好きなジルだ。


 ちらりと時計に目を向ける。夜の9時。

 姿見には寝巻き姿のわたしが映っている。大きく深呼吸をしてから部屋を出た。





「……え、どうしたんだよ」



 ドアを開けたジルは呆けたような表情を浮かべ、それからぎこちなく視線を外す。



「……ジル様と一緒にいたくなった、と言ったらどうなりますか」



 まって、これって痴女なのでは。口に出してしまってから気づいて顔を伏せた。いくら婚約者といえど、結婚していない身で、貴族令嬢としてはまずい行動だ。


 なんとか答えるか、せめて揶揄って追い返してくれ、なんて思っていると。途端に腕を引っ張られ、わたしはつんのめってジルの胸にダイブしてしまった。



「一緒になりたい、って言ったらお前はどうするんだよ」



 目を瞬かせる。しばらくして意味に気がついてわたしは噴火したように顔が熱くなった。



「…………ハレンチ」

「大昔のこと掘り返すな、ばか」



 ジルはそうはにかんで、それからキスをした。だんだん深くなるそれにわたしは息をするのが精一杯で。

 ジルはわたしを抱き上げる。向かう先は寝室だ。


 ジルは歩いている最中さえわたしをじっと見つめていて。

 目を逸らしたら、きっとジルはいたずらっぽく笑うのだろう。なんだかここに来てからジルにしてやられてばかりだ。


 そう思うとなんだかむっとして、わたしは突然ジルの頬に手を伸ばした。そのまま勢いに任せて唇を押し当てる。


「はっ?」とジルは目をまんまるにしてわたしを見る。

 ふふん、わたしだってこのくらいできるんだから。ジルのその顔が見られて満足。



「……覚悟はできてそうだな。思ったよりも余裕そうで安心したよ。優しくするつもりだったけどあんまり気を使わなくてよさそうだな?」

「え、ちょっとそれは……」



 抵抗虚しくベッドに放り込まれ、指を絡められた。

 キスをされる、それもさっきとは段違いで長くて。



「大好きだよ、ローズ」



 唇で綺麗な弧を描いてみせたジルを見て、わたしは完璧にしてやられたと思わざるをえないのだった。


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