Happy End いつかの湖で 【ナイン・アメリア】
「僕は、ローズのことが好きだよ」
なんの脈絡もなく、唐突にそう言われてわたしは取りかけていた蜂蜜漬けのレモンを取り落としてしまった。
ちょうど1年ほど前にこの別荘の湖に来たときも似たようなことを言われた。たしか、あの時は「守る」というようなことを言われて、ヒロイン真っ最中だったわたしははぐらかしたんだったっけ。
視線を兄に向ければこちらをじっと見つめていた。
顔に熱が集まって行くのがわかるくらいには、ドキドキしている。
とっくに、兄を兄妹以上に見ていることくらい、気づいていた。
ずっとどうしていいかわからなかったの。
「わたしも、おにいさまのことが好き。大好きです」
勇気を振り絞ってそう伝えれば、兄が勢いよく立ち上がる。ガタリと揺れて、なんなら兄自身もふらついた。こんなにテンパっている兄はなかなか見れるものじゃない。
「い、いいの……? 両思い?」
こくりと頷けば兄は顔を手で覆い隠した。隠しきれなかった耳は赤くなっていて。一体どんな表情を浮かべているのか、手を剥がしたい衝動に駆られそうになる。
指の隙間から見えた瞳は、潤んでいた。
この湖よりも澄み渡った水色の瞳に、わたしだけを映して――
「えっと、急に同じ部屋で寝ろって言われても……ですよね」
あれからすぐにわたしと兄は両親に報告に行った。恋人になった、なんて前世の感覚もあるわたしとしてはアウトさを感じてしまうけれど……両親はものすごく嬉しそうに、それはもう、どんちゃん騒ぎで。
「2人が幸せならなんだっていい!」と言ってくれたのは素直に嬉しかったけれど「じゃあ早速今日から一緒のお部屋で過ごしてみたら?」という提案はいらなかった。
早すぎる、いくらなんでも、心の準備が。
だってついさっきまでわたしと兄はただの兄妹で。なのに今は恋人で婚約者。切り替えができないのも無理はない。
これから兄と手を繋いだり、ハグしたり、キスしたり……え、そんなこと恥ずかしすぎる。
「緊張してる?」
「は、はいぃっ」
「はは、でも緊張してくれてるってことは少しは意識してくれてるってことだよね。嬉しいな」
びっくりして声が裏返ったわたしを、兄は少し目を丸くしながらも口元を緩ませる。そんな顔、ズルすぎる。
むう、と頬を膨らませていると突如兄が指を絡ませてきた。掬い取られた手に兄は自然にキスを落としながらわたしに視線を合わせてくる。
「これからもっと意識してもらえるように頑張るね。少しずつ、慣れていけるように練習もしていこうか」
兄はびっくりするほど綺麗な笑顔でそう言ったのだった。
それから夕食前のちょっとした時間を使って、『慣れる練習』が始まった。見つめあったり、手繋ぎ、軽いハグ……今までなんなくやっていたであろうことが意識するだけでドキドキしておかしくなる。
この時間にこだわりがあるのか、と聞いて「歯止めが効くでしょ?」と少し余裕のなさそうな声で言われたのは、記憶に新しい。
そして、今日はいよいよ、キスをする日だ。
ソファに横並びに座る。わたしはちょこんと隅っこに腰掛けていたのだけれど、兄が目一杯詰めて座ったためまるで意味なし。
「……そろそろ、しても、いい?」
見れば、兄が少し頬を赤らめてわたしを見つめている。
兄も少しは照れるのか、と嬉しくなってしまったのもあって、余裕なんか全然ないくせに頷いてしまった。
兄は嬉しそうにはにかむ。するりと、いつもよりはぎこちなく手を握られて、片方の手は頬に添えられて。兄の整った顔が近づく。
――あっという間すぎた。優しく触れるだけのもの。
それでもわたしも兄も真っ赤になっていた。わたしなんて、たぶんひどい顔をしていると思う。
このあと何て声をかけたらいい? 何を会話すれば、としどろもどろになっていると。
「よくやったナイン!! さすが我が息子!!」
「ちょ、あなた、うるさいわよ、覗き見てるのがバレるわ」
と、隠れているのか、とこちらが驚いてしまうほどの大きな声がドア越しに聞こえて。よく見れば隙間が開いていた。
「ごめん、確認したつもりだったんだけどな……」と兄が困ったように眉を下げる。わたしは慌てて「気にしていないです」と言おうとしたけれど、それよりも先に笑いが込み上げてきて。
あの完璧な兄が、わたしでこんなに慌ててくれるんだ、とか、家族に認めてもらえて嬉しいとか、この素敵な兄がわたしの未来の旦那さんなんだとか。ていうか、めっちゃ見られてた、とか。
兄もそんなわたしにつられたかのように、ふはっと吹き出して破顔させる。
そのまま向かい合ったまましばらく笑った。覗き見していた両親も呼んで家族みんなで談笑して。
……その間も、わたしと兄の手は繋がれたまま。




