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Side セオドア・エドウィン

 

「…………は」



 呆気なく終わった3位決定戦にしばらく呆けたままだった。年を重ねてもあれはいつまでも苦い思い出として残り続けていて、気分が悪い。 


 いつだって、ローズ・アメリアは僕の前を歩いていた。

 女性であるのに剣を振るい、試験も手を抜かない。花の乙女としての仕事もきっちりこなす。


 彼女は伯爵家で、子爵家の僕とは何もかもが違う。それだけでも悔しいのに自分の努力が全て彼女のせいで仇になっていると思うと苛立った。

 彼女は僕のことなんて、知りもすらしないのだと思うと苛立って苛立って仕方がない。


 なぜ、僕ばかりが意識し続けなければ、こんなに彼女のことでいっぱいにならなければならないのか。



 剣術大会で負けて、試験に負けて。夏期休暇が終わってすぐの試験の結果を伝えると家族からもあなたがローズさんのような子だったら、とぼやかれた。嫌いだ、嫌になった。


 家を飛び出して駆けていく。家に帰りたくなくて夜も外で時間を潰した。


 すると気がつくとロストに囲まれていた。剣も何も持っていなかった僕はそいつらを倒すことができなくてあっという間に襲われた。

 襲われるさなか、彼女なら倒せたのだろうと思うとまた苛立ちが募った。


 ロストは寄生し、そこで心を食い尽くすと身体を食い破って出てくる。学園に来てすぐ習ったことを思い出し自分もそうなるのだろうと怯えたが、ロストは存外、花の乙女への憎悪を気に入ったらしく僕の意識が乗っ取られることはないままだった。


 ロストとの共生生活をしていて、少しばかり良いこともあった。

 花の乙女には特殊な香りが纏っている。ロストはそれを嗅ぎ分けられるらしかった。つまり、僕には彼女がどこにいるか分かるようになった。


 これを上手く使えやしないかと考える。



「……学園で大量にロストを発生させれば学園は混乱する。生徒を守りきれなければ、彼女は非難されるはず」



 それならば、生徒が浮かれきっているブラッディ・ブライドの追悼日に行おうと決めた。生徒は皆ファントムの衣装を身に纏っている。学園内は自由移動で教職員の数もいつもより少ない。この日ならばロストを招き入れることはいくらか容易いだろう。



 ――けれどそんな考えはすぐさま一蹴された。


 かなりの量のファントムを、彼女は素手だけで倒していった。ロストは全部いなくなった、という旨の報告が生徒会に上がり小さく舌打ちをする。


 しかもその直後彼女と対面した。

 やはり彼女は僕のことなど全く知らなかった。名前すら、知らなかった。瞬間的にひた隠していた憎悪が湧いて鎌を振り上げていた。


 いなくなってくれたらいいのに、死んでくれ。


 振り下ろした鎌は咄嗟の理性のおかげで脇にそれた。少しだけ肩を震わせた彼女に、どこかゾクリとした。快感、のようなものだった。



 ……彼女を陥れて思うがままにできたら僕の苦しさも消えるのではないか。


 そう思いつくと、また快感が襲ってきて僕はそれを早く味わいたい一心で作戦を練り始めた。

 いつもの冷静さが有れば思いつくことも、行動に移そうとも思わない酷い案だ。駄作を超えて幼稚すぎるレベルのものだった。




 今だからこそ分かるが、僕はかなりロストに侵食されていたに違いない。ロストが飛び出して身体が急激に軽くなったことに驚いた。


 それから改めて彼女との圧倒的な差を自覚した。

 下から僕を見る鋭い目。一回の打撃の重さ。かなりの訓練をしたはずなのに、それでも敵わなかった。


「わたしの勝ちですね」と告げる彼女が、僕には女神のように見えた。僕は地面に這いつくばっていて、彼女はどこまでも神々しい。



 戦っている最中、彼女に褒められたとき、思わず「あなたに勝てないのなら意味がありません」と口をついて出そうになった。

 騎士団で強くなっても、どれだけ勉強をしようと、彼女に認められなければ意味がない。


 気がつけばあれだけ募っていた憎悪がまるでなくなっていた。じんじんと痛む背中をそっと触る。



「……そんな程度の殴りでいいのですか」



 きっと彼女だって苛立っているに違いない。

 僕にその苛立ちをぶつけてほしい。素晴らしい彼女の怒りの捌け口になれるなら大歓迎だ。


 けれど彼女は女神のような慈悲の心でそれを断り、さらには療養室で診てもらうことを勧めた。


 どこまでも彼女は素晴らしい。

 僕は一生先ほどまでの愚かな自分を悔い改めながら、彼女に真に認められるように生きていこうと誓った。


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