死神の鋭い目
整った顔が視界に映り、わたしは焦る。
紺色のサラサラした髪に、ブルーの瞳。メガネをかけてはいるけれど一切ぼやけることのないはっきりとした顔だ。
「ああ、君か、セオドアくん」
「会長に言われた通り、周辺強化を行なってまいりました。ところで、彼女は……」
そこで一瞬石化が緩み、わたしは即座に距離を取った。
ナインはいまいちぴんときていない様子で首を傾げる。
「……僕の義妹のローズだよ」
セオドアはわたしをじっと見ると「セオドア・エドウィンです」と礼儀正しく挨拶をしてみせた。
なんだか、いやな種類の目つきだ。わたしは軽く会釈をするに留めた。
兄の髪のヘビたちはだいぶ落ち着いていた。一時的に暴走してしまっただけなのか。兄も平然としている。
セオドアは真っ黒の死神の仮装をしていた。もはやドレスほどの丈のある裾を引き摺って歩く姿は気品すら感じる。
思えばこの乙女ゲームにはザ・真面目キャラのような見てくれの攻略対象がいなかったように思う。
「失礼ですが、エドウィン様も生徒会の一員で?」
「はい。今年度から副生徒会長を務めております」
副生徒会長だったのか。どおりで兄と親密なわけだ。
しかしながら兄がよく仕事を抜け出してわたしに会いに来るため、探しにきた生徒会のみなさんとはそれなりに面識があったつもりだけれど。
なぜだか淡い疑問や、変な不快感が抜けきれずに2人の会話をぼんやり聞いていると。
「セオドアくんは一年生なんだけど、ローズは会ったことなかったの?」
と、兄が何気なく聞いてきた。
同じ一年生なのに半年近くこの高顔面偏差値に気づかないでいたなんて。
すると追い討ちをかけるようにセオドアが少し眉を下げて尋ねた。
「ローズさんとは何度かお会いしたことがありますが……幼かったですし、覚えていなくても無理もありませんが」
「え、えっと具体的には……?」
「そうですね。初めてお会いしたのは剣術訓練の時だったかと」
懐かしい響きに思わず目を丸くする。剣術訓練といえば12歳の頃通っていたあれのことか。
必死に頭を捻って記憶を掘り起こす。一体どの剣術訓練だろうか。
「たしか、僕は初めて訪れたローズさんに3位決定戦でボロ負けした記憶があります」
紳士の笑みを浮かべるセオドアと対称的に、わたしは情けない声を漏らしていた。
ラギーと初めて出会ったあの剣術訓練。ラギーが強すぎてわたしは3位決定戦にまわった。けれどラギーとは比べものにならなくてすごい勢いで圧勝した、あれのこと?
まさか、あの時にもう1人の攻略対象と会っていたなんて。
セオドアはさらにたたみかける。
「恥ずかしながら、試験では主席を取り続けるローズさんをずっと追いかけている形でした」
そこで試験の順位発表の紙を思い浮かべる。主席はいつもわたしだった。近くにはジルやレイの名前があって。しばらく思い返しているうちに、全ての試験で2から5位近くにセオドアの名前があった気がする、と思い至る。
そこでわたしはあることに気がついてはっとした。
わたしというイレギュラーのせいで、彼の魅力が全部削がれてしまっている可能性だ。
副生徒会長であり学年で片手に入るほど優秀、もしくは常に1位。なのに剣術にも長けていて騎士のラギーとも渡り合えるほどで。
彼の売りはまさに文武両道なところだったのではないか。
わたしが剣術訓練に出なければきっとラギーとセオドアが戦うはずだったのかもしれない。わたしが主席でなければ彼が主席だったのかもしれない。
けれど、とことんわたしが邪魔をしてしまって彼の売りはないに等しくなってしまっている。いまいちパッとしないのも会っても全然気が付かなかったのも頷ける。ものすごく申し訳ないけれど。
「すみません……」
「謝らないでください。ローズさんは何も悪くないですよ」
縮こまるわたしにセオドアはにこりと笑う。ずいぶん紳士的だ。
彼とはきっとシナリオとは違う出会い方をしている。もしかしたら勉強を教えてもらうだとかで親交を深めたのかもしれない。
つまり、シナリオを変えたのだから、執着からも逃れたのでは……?
このイベントがなかったらこのまま会わずにゲームが終わったかもしれない。どうせ、ヒロインは6人以外にはスタンプをもらえないのだ。とっとと貰ってしまおうとわたしはセオドアにその旨を話した。
セオドアは少し困ったように了承した。兄の見ている手前やりづらいのだろうか。
真面目キャラのセオドアはなんだかこういうのは苦手そうだ。いつまでも恥ずかしがって時間がかかりそう――
「……!?」
なんて、わたしの微笑はわたしの真横をかすめた大きすぎる鎌によってぴたりと止まった。
その鎌はどこから、とかさっきまでの優しそうな雰囲気はとか聞きたいことは山積みなのに、やはり刃物が振り下ろされたことにさすがに動揺する。けれど、兄は止めるつもりはないらしいから偽物だったのだろう。もちろん、わたしだって怪我をさせるつもりがないことくらい理解はしているけれど。
セオドアはいやに鋭い目を向けて、腰がひけたわたしを見下ろす。
「好きです。僕のために、死んでくれませんか?」
冷ややかなセリフだった。死神にふさわしい。けれど反射的に「無理です」と口をついて出てしまった。次の瞬間にはセオドアはけろりと微笑んでいた。
「おや、あまり好みではありませんでしたか? 直球かつファントムにも合っていて良いかと思ったのですが」
「あの、でもブラッディ・ブライドはもう亡くなっているのでその口説きセリフだと……」
「たしかに、そうでしたね。点数は低くて構いませんよ」
わたしは困ってしまい結局6点にした。死神としては満点でした、と付け加えておく。死神セオドアのデフォルメスタンプももらって、わたしのスタンプカードは見事に埋まったのだった。
どっと疲れたけれど、ロストのこともある以上休んでいるわけにもいかない。わたしは兄と共にもう少し調べてみることにして周辺の警備はセオドアに任せることになった。
「……さっきはごめんね、ローズ。僕も何がなんだかわからなくて」
「いえ……きっとヘビが暴走したんですよ。わたしはこの通り無事ですし」
兄があまりにも落ち込んでいるのでわたしは元気アピールをするに徹した。きっと、兄の本意ではなかったのだろう……うん。結局手紙については有耶無耶のままになってしまったけれど仕方ない。兄がメデューサのうちは聞くのはやめよう。
「ところでおにいさま、もうロストは全ていなくなったのですよね?」
兄は「そのはずだよ」と頷く。それから不安そうにわたしを見た。
兄の心配はきっと間違っていない。わたしはまだ学園内に今回の事件の根源が残っている気がする。じゃなければ、こんなに変なざわめきを感じない。
けれどロストはいない。憑かれている人間もいない。
では、一体どこに潜んでいるのだろう。
わたしの脳裏にケイトの姿がよぎった。きっと彼は全てを知っている。早く聞き出さなくてはならない。
そう思い学園を隈なく探したけれど、彼の姿はどこにもなくて。仕方がないと明日聞いてみようとその日は諦めたのだけど。
次の日から彼は学園に姿を現さなくなった。




