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石化の呪い

 

 会いたい、と思った人にすぐさま会えるのはヒロインパワーなのだろうか。


 あっけなく、それも伝えるまでもなく生徒会長としてロスト発生の解明について動いているらしい姿にわたしは拍子抜けしてしまう。


 遠目から見た兄は、どうやらメデューサの仮装をしているようだった。メデューサは本来女性だが、さすが乙女ゲームだ。イケメンがやると様になってしまう。

 普段からゆるくウェーブがかった水色の髪がヘビのように蠢いているのはなんだか面白いが、似合うので全然アリである。


「おにいさま」とわたしが声をかけると、兄はバッと振り向いた。



「よかった、怪我はしていない? ローズがロスト退治にあたっていると聞いたものだから、心配で」

「はい、ラギーも一緒だったので大丈夫です。それよりも、何か進展はありました?」



 兄は首を横に振る。やはりロストがなぜ学園内で、それも寄生されているような人がいない状態で現れたのか。知っているとすればケイトだけれど……



「とりあえず、今生徒会と先生方総動員で原因を調べているところだから、ローズも何かわかったら僕に教えてね。ああ、もちろん無理はしてはいけないよ」



 兄は笑顔で言うけれど、やはりどこか疲れているようだった。

 学園をまとめる生徒会長という立場上、学園内にロストが現れるという事態にあたるのは大変だろう。学園内で発生するのは文化祭のときと2回目になる。


 あのときは女子生徒が寄生されていたけれど、とわたしは考える。

 貴族ばかりが通う魔法を学ぶ学園なのだ、セキュリティはもちろん、先生や生徒のレベルだって高い。どうやって侵入してきたのだろうか。



「ところで、スタンプカードはもうだいぶ埋まったの?」



 兄はそう聞きながら華麗にドレスについていたポケットからスタンプカードを奪い取っていた。聞く意味は果たしてあったのか。


 兄は不機嫌そうにスタンプカードを眺め、「まあ思った通りのメンツだね」とスタンプカードを返却してきた。



「僕はメデューサなんだよ。どう、けっこう似合っているかなと思っているんだけどな」

「とっても似合ってますよ。さすがおにいさまです」

「ふふ、可愛いね」



 ドレス姿が、ということだろう。近頃兄は可愛いだの、守りたいだの、そばにいてほしいだのやたらと糖度が高い。シスコンと愛情のどちらだろうと考えているけれど、もしかしたら昔からずっとこうだからどちらも大差ないかもしれないと思い至った。

 それを言うことで兄の気苦労が少しでも和らぐなら、全然言ってくれて構わないとさえ思っている。



「あと2人で終わりなんだね。じゃあ僕もやってあげる。その方が早く終わっていいだろうしね。そうしたら花の乙女として僕を手伝ってくれないかな」

「あ、そうですね。そうしましょうか」



 いざ兄に口説かれるとなると変な気分だが、普段から口説かれているようなものなので顔が赤くなったり緊張するような影響はないだろう。



「……石にしてしまいたいなあ」

「え」

「固めて僕のそばに置けたらいいのに」



 予想を上回った口説きセリフに思わず「は」ともう一度声を漏らした。メデューサとしては満点解答かもしれないけれど、本当に石にされそう、と思ってしまった。



「……どうだった? けっこう緊張するんだね、ファントムも勇気がいることだったんだなあと思ったよ」

「え、ええ、そうですよね。わたしもこれが続くものですから、ブラッディ・ブライドも大変だっただろうなあと思ってしまいました」



 柔らかな表情に戻った兄につい早口で喋ってしまった。

 石にしたいってリアルで言われたら怖いけれど、たぶんこの世界には石化魔法なんて絶対ある。使われることがあり得なくない世界。怖すぎる。


 兄はにこにこしたまま例のスタンプを押す。メデューサ兄、やはりデフォルメされすぎていて可愛い。


 さていよいよ残すは1人。それもまだ見ぬ攻略対象だ。

 兄にお礼を行ってもう1人を探しに行こうとして、本来の兄を探していた目的を思い出した。


 ジルの婚約話とレイの手紙の行方について問いただすために兄を探していたんだった。

 どう尋ねようか考えていたけれど、遠回しに尋ねても兄のことだから全部吐かされるとみたわたしは直球で尋ねた。



「あの、おにいさまってわたし宛に届いた手紙ってどうなさってます?」 

「……渡しているよ?」

「ジル様とレイ様のものも、ですか?」



 そう2人の名前を出せば、途端に顔から笑顔が消えた。これは、確実に黒だ。

 いや、どちらにせよ面倒な内容であることに変わりはないから燃やしてくれているのはありがたいかもしれないが。結局直接2人に言われては意味がない。



「必要だった?」

「あ……でもきちんと返事するのが最低限の礼儀ではないかと、思いまして」



 それに早い段階でお断りすることもできたかもしれないのだ。ジルなんて婚約話に躍起になっていて、きっとこのイベントが終わったらすぐにでも我が家に乗り込んでくるだろう。


 そう思いながら兄を見上げると、兄は戸惑うような、それでいてどこか怒りを交えた表情でわたしを見つめ返す。


 まるで、本物のメデューサみたい。


 しかし次の瞬間、体がぴしりと動かなくなっていることに気がついた。指先すら動かない。見れば、兄の髪のヘビたちがこちらを凝視していた。

 まさか、本当のメデューサのヘビ、なの!?



「ちょ、おにい、さま、?」



 兄の本意ではないのか、ヘビたちが暴走しているだけなのかわからない。兄の表情はしゃあしゃあと牙を剥くヘビたちによって隠されている。もし意識を乗っ取るタイプのヘビならまずいのでは。


 どうしよう、と考えを巡らせているとまさに救世主ともいえる声がかかった。



「会長、こちらにいらしたんですね」



 縋るように視線を動かして声の主の姿を捉える。

 救世主は、わたしにとっては全然救世主ではなかった。


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