ハロイベ到来
「ブラッディ・ブライド?」
わたしが聞き返すとウィルははい、と頷いた。それから快くその単語について説明してくれた。
ちなみに、ここは購買だがわたしはプレーンのクッキーを買いに来ただけである。隣に並ぶアブノーマルカラークッキーを買いに来たわけでは断じてないのだ。
――昔、ある魔法使いの女性が結婚式直前に刺し殺された。
それが狂った愛情を持った夫によるものだとはつゆしらず、彼女はあの世で夫の姿を探し続けていた。
血染めになったドレスを引き摺る彼女を憐れみの目で見つめていたのはファントムたち――前世でいうドラキュラなどの都市伝説的存在――だった。
見かねた彼らは彼女の未練を断ち切ってやろうと、彼女の愛情を自分たちの誰かに向けられやしないかと考え――
「彼女はファントムたちの優しさに触れて、その中の1人と恋に落ちて結ばれたらしいんです」
「らしい、ということはそれが誰かはわからないってことですか?」
ウィルは眉を下げて頷く。そこ1番大事なところなのに。
「彼女が王族の女性であったために、そのファントムは彼女と共に王城に一度だけ来たのだそうで、一連の話と彼女との結婚を伝えにきたらしいですよ」
え、王族の女性だったの? さっきから話が重かったり、急に雑だったり色々とおかしな話だ。そもそもどうして急にこんな話をし始めたのだろう。
そんなわたしにはお構いなく、ウィルは「記録が曖昧で、ファントムの種族まではわからないらしいです」と言う。わざわざ王城に来たのだからその辺りはきちんと記録しておいてほしいものだ。
「けれどあの世とこの世をつなぐきっかけになったこの出来事を忘れないでいよう、と彼女の母校であったハイドレンジア学園で年に一度行事が行われるようになったんですよ」
行事、と言われて気がついた。あ、これハロウィンイベントだ、と。
「学園の女子生徒さんたちは皆さんブラッディ・ブライドとして、男子生徒さんたちが扮するファントムたちと親交を深めるんです」
「な、なんだそれ……」
もはやそれはただの合コンなのでは? そうつっこまなかったわたしを誰か褒めてほしい。
たしかに季節的にハロイベがあってもおかしくないし、サポートキャラのウィルが唐突にこの話をしたのも頷けるけれども。
執着がテーマの乙女ゲームだけあって、話の設定も重い。攻略対象たちに仮装をさせたかったのも、ハロウィンを使って恋愛イベントを作りたかったのも分かるけれど。
全っ然嬉しくないんですが……
「当日僕は参加できませんが……ここでブラッディ・ブライド用のドレスを販売しています。ああ、よろしければローズさんのドレスを取り置いておきますよ!」
ドレス購入制なのか……などと思いつつもドレス購入のためにもみくちゃにされるのはご免なのでわたしはありがたくそうしてもらうことにしたのだった。
あっという間にハロイベ、『ブラッディ・ブライド』の日になった。学園内はハロウィンらしく装飾されてどこか怪しげだ。
目につくのは仮装をする男子生徒、それからどこかソワソワする花嫁姿の女子生徒たち。
やっぱり昔の出来事にかこつけた告白イベントじゃん……
はは、と乾いた笑みを浮かべつつウィルの購買へ向かう。
すると、すすす、と白いスーツを着たウィルが姿を現した。
「ゴーストの衣装を着てみたんです」とウィルは照れくさそうに言う。やはり名前がついている乙女ゲームキャラは仮装のレベルが高い。ゴーストといえば白い布にマジックペンで黒目描くだけだと思っていたのに。
「取り置いておきましたよ。ささ、店の奥で着替えてきてください!」
「ありがとうございます……」
上機嫌なウィルに半ば押される形で店の奥へ向かい、ドレスに着替えた。
純白のウェディングドレスで、胸辺りが赤いバラで覆われている。サイズもぴったりだし、どこか先ほど見かけた女子生徒たちとドレスの質やデザインが違う気がするけれど……まあ、ヒロイン補正だろうと気にしないことにした。
「わあ、やっぱり似合うと思っていたんですよ! 素敵です!」
「はは、照れちゃいますね……」
「いえ、ローズさんが誰よりも綺麗なことは当然のことですから、恥ずかしがる必要はありませんよ!」
押し切られる形でありがとうございます、とお礼を告げるとウィルがスタンプカードのような紙を手渡してきた。
「出会ったファントムたちにスタンプを押してもらってください。ちなみに、同じ種族のファントムに押してもらうのは禁止ですよ! 本当は僕も押したいですが……」
スタンプカードに視線を落とす。6枠ある、ということは6人からスタンプを押してもらう必要がありそうだけれど……
ん、ちょっと待って。6枠?
乙女ゲームだし、わたしは攻略対象からスタンプをもらうのだろうと思っていたのだが……今まで出会っている攻略対象の数を数えても5人にしかならない。
つまり、わたしがまだ出会っていない攻略対象がもう1人いるってこと?




