穴があったら
死んだ、と思ったけれど死ぬことはなかった。
シャンデリアをジルの肩越しすれすれに見た時は肝が冷えたけれど。
幸いにも落下軌道が直前で魔法で変わったらしく、わたしは怪我もなく元気でいられている。
学園側の調査とルークの判断により、これはロストに憑かれていた女子生徒が起こした事件だと発覚した。吊るしてあったシャンデリアを切断、おそらくわたしかジルを狙ってのことらしい。
拘束された女性の元へ行き、軽く殴らせていただきロストを払うことができたけれど、彼女の自我が戻りそうな気配はなかった。
もちろんこれは大事にならないよう事態を収集するとルークが教えてくれた。きっとこれは表向き事故として扱われるのだと思う。
わたしは学園の療養室にいた。視線の先には息の音すら静かなジルの姿がある。
わたしを庇ってジルは背中に少し怪我を負っていた。かれこれ半日近く眠っていると思う。
もし、シャンデリアが落ちて来なかったらあのまま……
ふとそんなことを考え、脳裏に浮かんだジルの整った顔が迫る光景を掻き消そうと頭を振ってみる。
「…………何してんだ」
「ひょわあっ!」
見ればジルが目を覚ましてこちらをジト目で見ているではないか。思わず変な声が出てしまった。本当にタイミング悪く起きてくれたなと思うけれど。
「ありがとうございます、助けてくれて……背中は痛みませんか?」
ジルはもうなんともないと言った。おそらく回復魔法がきちんと効いたのだろう。わたしは胸を撫で下ろした。
「お前はなんともないよな」
「はい、庇っていただいたのでこの通り元気です」
「そうか、よかった」
ジルは柔らかく微笑んだ。あまり見ない種類の笑顔だ。
そういう驚きも相まって、もちろん先日の告白未遂事件や今回の事件がわたしかジルを狙ったものというのもあって上手く会話できない。ただでさえ少し気まずいのに、さらに庇われてしまうなんて。
うぐぐ、となんとか頭を捻らせた結果出てきたのは、
「演劇、アドリブが多かったですね?」
というなんとも冴えない質問だった。ジルが脚本を変えていただけのことなら会話のキャッチボールすら成り立たないまま終わってしまう。
「ああ、昨日の最終合わせの後、少しセリフを変えようって話になったんだ。まあ、お前はそそくさと帰っていったから知らなかっただろうけどな」
「え、それ初耳ですが……」
「数カ所だしお前のセリフではなかったから、伝える必要も特にないかと」
ええ、伝えてくれよ。前日の合わせと違うことばかりやられて内心ハラハラだったというのに。
ジルは「露骨に困ってて笑いそうだった」とけらけらと言う。
「お前、俺に告白されそうだとか思ったんだろ?」
突然のその話題にわたしはぎくりとする。まだ上手く断る返答は考えられていない。
盛大に顔に出ていたのか、ジルは呆れ気味にため息をついた。「そんなわけねーだろ」とでも言いたげだ。
「俺のことどう思うか、って聞いたんだから『ロミーにしか見えなかった!』ぐらい言ってくれてもいいだろ」
「え」
「急に出ていかれてびっくりしたんだからな」
ジルは理解力もノリもないと馬鹿にし続けている。
……つまり、全てわたしの勘違いだったってこと?
乙女ゲームの世界だからって警戒しすぎてしまった。ジルはロミーの役に入り込んでいた。わたしはそれを褒めるかジュリアンヌになりきって粋な一言でも言えばよかったのか。
それを告白だと勝手に勘違いして、飛び出して。
おまけにそれをケイトに慰められる始末。穴にあったら入りたいってまさしくこういうときのことを言うのだろう。
しかも貴重なジルのボケを拾えなかったと思うと無性に悔しいし。
「そうだったんですね! そっか、そうですよねー!」
恥ずかしさやらを掻き消すためにわははとわざとらしく笑ってみせる。なんにせよ、勘違いでよかったではないか。
「昔に食べたあのジェラート覚えてるか?」
唐突に投げかけられた質問にわたしは大きく頷いた。12歳のとき渋々行ったビジネスデートで一緒に食べたジェラートだ。あれからハマって何度か食べにいったくらいだ。
「あれ、今回出店として文化祭に来てるらしい」
「え! 本当ですか! 食べに行きましょうよ!」
「食い意地張りすぎだろ」
ジルはくはは、と歯を見せて笑う。なんだか今日は色んな種類の、それもあまり普段見ないタイプの笑顔まで見ているような。
「ラギーもどうせ心配してるだろうし、俺ももう動けそうだからなくなる前に食べに行くぞ」
それならラギーも呼んでこなければ。ラギーは泣く泣く文化祭のお仕事をしている最中なのだ。きっとジルが目を覚ましたと言えばさらに泣いて喜ぶだろうな。
わたしはジルに一声かけて部屋を後にした。
混乱しまくりでこのまま嫌な思い出になってしまいそうだった文化祭だったけれど、友達と食べたジェラートは格別で。
こうして、うきうき気分で文化祭は幕を閉じたのだった。




