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愛憎渦巻く演劇

 

 文化祭当日、『ロミーとジュリアンヌ』お披露目の日はあっという間にやってきた。


 舞台袖から客の様子を窺うと、大勢の人たちの中にはもちろん保護者がいるわけで、つまり爵位を持つ人がたくさんだ。無論、アメリア一家も来ている。さらに前席の方には伝統の演劇というだけあって王族まで来ていた。レイの兄、ルークも座っている。


 わたしは袖幕の反対側にいるジルに目をやる。

 あれからジルとはあまり会話をしていない。というのも避けているとかではなくて、普通に話す時間がないほど忙しかったのだ。

 けれど話しかけたら対応はしてくれる。先ほども「頑張りましょうね」と声をかけたら頷いてはくれた。

 本当は、ぎこちないままの演技は嫌だけれど……



「ローズ、そろそろ始まるよ。頑張って!」

「うん、ありがとうラギー」



 ラギーは裏方で、今日は舞台袖から演技の進行チェックをする。ラギーの励ましを受けて、最後の深呼吸をした。



 幕が上がると、舞台は一気に仮面舞踏会の会場になった。シャンデリアが煌めいている。豪華な装飾と荘厳な音楽であっという間に『ロミーとジュリアンヌ』の世界に染まった。


 ジルが一足早く舞台に立ち、演技を始めた。

 ジル演じるロミーが敵家の仮面舞踏会に密かに参加することからこの物語は始まる。



「ああ、あそこにいらっしゃる美しい方は一体どなたなのだろう」



 ジルの声を合図に、わたしは一歩進み出る。

 ぐわっとスポットライトがわたしを照らしつける。緊張のせいもあるのかもしれないけれどいつもより眩しさを感じる。


 目を細めていると、いつの間にか手を取られて口づけられていた。

 目の前には跪いてわたしを見上げるジルの姿がある。


 手袋越しでよかった……違う、早くセリフを言わなければ。



「ああ、貴方の顔をどうしても見たいわ」

「……私がどんな顔でも、どんな男でも貴女は受け入れてくださいますか」

「? ええ……」



 はて、そんなセリフはあっただろうか。でもジルは脚本を公爵家の力で変更したくらいだからちょこまかセリフを変えているのだろう。


 仮面を外したジルはなぜか、脚本にあったうっとりとは到底あわない、ひどく歪んだ笑みを浮かべていた。




「待て。彼女は僕のものだ」



 演技半ば、ジュリアンヌの婚約者でありロミーの宿敵であるデュークが決闘を申し込むシーンに差し掛かった。


 ジルはわたしを庇うように立ち、レイ演じるデュークと対峙する。


 演技とはいえ、乙女ゲーム的にはドキドキする展開なのだろう、とどこか他人事に思いつつ剣を交える2人を見守る。わたしは今はハラハラした顔を作っているだけでいい。いわば休憩時間だ。



「僕はようやく自分の気持ちに気がついたんだ。彼女が必要なんだ」

「…………今まで君は彼女を利用してきただけだろう。今更何を言うんだ」



 どうやらジルは演技派らしい。険しい表情が上手だ。2人のやりとりのシーンはすっとばして練習していたのでよく知らないが、なんだか長い気がする。



「君こそ、敵家の彼女に手を出すなんて信じられないな」



 あ、ここは読んだ。この後ジルが『私たちは愛し合っている』と叫ぶのと同時に駆け出して一旦フェードアウトだ。


 寄り添ってジルを見上げると、目があった。しかしジルはなぜか視線を外し、そのままわたしの手首を掴んで舞台袖へ歩き出す。

「ちょっと?」と小声で声をかけてみるも、ジルは何も言わない。暗転するとわたしはまた舞台へと押し出されてしまった。




 そのあとは滞りなく進んでいった。

 敵家嫡男ロミーとの恋愛がばれ、わたしは教会へと逃げ込む。そこで仮死の薬をもらう。死んだと思わせ、運ばれた先でロミーと落ち合い駆け落ちする、という寸法だ。


 一方のロミーはジュリアンヌが死んだと怒るデュークと再び決闘し、デュークを殺してしまう。本来の予定よりも早くジュリアンヌの死が伝わってしまい、ロミーは本当にジュリアンヌが死んだと嘆く。

 それにしてもあのときのデュークを刺し殺すシーンは禍々しかった。血糊だと分かっていても本当に刺してしまったのではと思うほどだった。



 そうして、いよいよラストシーン。

 ロミーが仮死したジュリアンヌの傍らで愛を語り、嘆く。



「ああ、ジュリアンヌ……私も一緒に……」



 ジルは懐から短剣を取り出し、自らの胸に突き立てる。

 たしか、ジルが脚本を少し変更してわたしはここで目覚めることになっている。ジルがすんでのところで涙を流し愛を告げる最中に、目を覚ませばいい。



「大好きだ、愛してる、叶うなら一緒になりたい」



 セリフまた違う、と困惑したのと同時に抱き起こされた。

 わたしたちを見てなのか、会場が色めく。薄く目を開けるとジルの綺麗な顔が迫ってきていた。


 もちろん、脳内はパニックだ。キスの流れは絶対になかったはず。でもジルは脚本を変えていたし、わたしが知らないだけの可能性もある……けれどアドリブなんてわたしには無理だし、会場のキス待ちの雰囲気に抗える気もしない。


 きつく目を閉じる。

 会場の色めきは最高潮へ……その中で悲鳴が混じった。

 ジルのファン? いや違う、そんな種類の悲鳴じゃない。もっと差し迫るような――



「ローズ、ジル、危ない!!」



 ラギーの叫び声とほぼ同時に頭上で何かが崩れる音がした。

 視界いっぱいに落下してくるシャンデリアが映る。


 ――避けられない。


 次の刹那、衝撃音が会場に鳴り響いた。


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