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シナリオって

 

「た、たしかに、ハッピーエンドの方が喜ばれそうですもんね。ジル様そういうの興味あったのがちょっと意外ですー」



 あはは、と大袈裟に笑い飛ばしてみる。意外だとか疎そうだとか色々言ってみるけれど、ジルはわたしを見るのをやめない。

 しかもジルはにじり寄ってきていて、わたしは壁際に追い込まれている。


 どういう状況なんだろう。

 恋愛ものの役をやっていたらスイッチが入った……とかだと思いたい。

 けれどそんな願い虚しく、ジルは壁際にわたしを追いやって覆い被さった。すごく近くにジルの顔があるから、なんだか落ち着かなくて俯く。



「こっち見ろ、ローズ」

「……え、今、名前初めてっ」



 彼がわたしの名前を呼ぶのは初めてだ。いつもはお前やバラ女とかだったから、てっきり名前を覚えられていないのだとばかり思っていた。


 思わず顔を跳ね上げると、視界いっぱいにジルの顔が迫っていて。

 なんで、どうして急にこんなに熱っぽい目で見つめられているのか、さっぱり分からない。



「お前さ、俺のことどう思ってる?」

「……友達。クラスメイト。ツンツンしてるけど根は優しいひとだな、と思っています」

「……そういうことじゃなくてさ」



 ジルはこれ以上の言葉を求めているらしかった。不満そうな声でそう言ってわたしの返答を待っている。


 やっぱり、これってそういうことなのだろうか。

 わたしは今、ジルに告白されかけている?


 突然すぎて分からないけれど、ジルがこんなに顔を赤らめている姿なんて初めて見た。恋愛経験値ほぼゼロのわたしだってこれが告白シーンなことくらい想像つく。



「わたしは……」



 言いかけて、やめる。


 ジルは友達だ。ラギーと3人で一緒にいつしかの合宿みたいに枕投げしたり肝試ししたり馬鹿やってるのが好き。

 わたしはジルを攻略対象としてではなくて、大事な友達として接している。


 それと同時に少し嬉しいと思ったのも事実で。

 わたしは口を開いたら、好意的な言葉を返してしまうと思う。


 でも、わたしにはこれがシナリオなのかの判断がつかない。

 今までもわたしは間違いなくヒロインの行動とは程遠かった。剣を習って筋トレをして、中等部では容赦なくテストでは一位を譲らなかった。


 けれど、これが『イベント』なら。わたしがどんな風に生きてきたってジルがここで告白することが定まっていたなら?


 ――この感じているときめきすら、『シナリオ』なの?



「……ごめんなさい」



 わたしはジルを押し退けて駆け出した。幸い、部屋は空いていてそのまま部屋から出ることができた。


 とりあえず、今はジルから離れたい。その思いで廊下をただ走る。


 演劇でジルがお相手だったから、これがイベントであった可能性は高い。乙女ゲームは大体好感度でストーリーが進んでいくだろうから、普段から友達としてでも一緒に過ごすことが多いジルはそれに足りる好感度だったのかもしれない。


 ……ジルのことは好きだ。でもそれは恋愛対象としてではなく、友達として。


 でもシナリオで定まった愛情なんていらない。欲しくない。

 わたしは今までヒロインとは違う行動をとってきたつもりだったから、それが無意味な気さえして余計苦しい。



「友達、は無理なのかな……」



 誰もいない廊下で、独りごちた。


 この乙女ゲームでシナリオが分からない以上、攻略対象たちを好きになるつもりはない。

 兄が3年生にいるから1年で終わるのでは、とふんでいるけれどそれも定かではない。わたしはいつまでヒロインなんだろう。



「あーっと、花の乙女ちゃん?」



 声をかけられて振り向く。この呼び方はおそらくケイトだ。

 わたしが痛い目を見ればいいと思っているらしい彼は、今のわたしを見たらけらけらと笑うのだろう。

 だから精一杯むっとした顔を作ってみせた。



「どしたの、ひっどい顔」



 ケイトは意外にも普通に驚いた表情を浮かべた。

「何か訳ありって感じ?」とばつが悪そうに言うだけで、揶揄ったり詮索したりはしてこない。



「本当は、あれこれ言おうと思ってたけど、要件だけ言うね」

「要件って」

「近いうちに何か起こるかもしれないから気をつけてねって。それだけ」



 何かってと聞くべきところだろうけど生憎そんなに元気もなく。

 わたしははあ、と適当に返事をするに留めた。



「あっち、あんまり人いなかったから、誰かに会いたくないならそっち行けばいいよ」



 廊下の最奥の方を指差してそう言うと、ケイトはじゃあね、と歩いて行ってしまう。

 本当にそれだけを伝えにきたのか、と思うと同時にその絶妙な優しさに少し驚いてしまった。


 試しに行ってみると、文化祭準備期間とは思えないほど静かで人がいなかった。そこでしゃがみ込んで顔を埋めた。


 少ししたらクラスに戻らないと。

 もし、ジルがいたらどうしようか。とにかく、謝らないと。

 でも……もう少しだけここにいよう。


 顔を埋めたままぎゅっと目を閉じた。


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