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もはや業なのでは

 

 乙女ゲームが始まってから時は経ち……季節は夏。

 青々とした葉がすごく綺麗だ。それに少し蒸し暑い。日差しも割と強くて教室に突き刺さってくる。


 そんな中、わたしはというと視線を浴びていた。他人事感満載でいてやる気だけはある拍手付きの。


 黒板には、演劇の名前が書かれている。

 その名は『ロミーとジュリアンヌ』、まごうことなきあのシェイクスピア作品のオマージュである。


 そこにはわたしの名前が大きく書かれていた。

 それから隣には、同じく大きくジルの名前が――




 数時間前に時を戻して『その話はきちんと聞け!』と居眠りを決め込んだわたしに言いたい。

 寝ている間に、文化祭の出し物である劇のヒロインに就任しているとは。


 おそらくこれはイベントなのだと思う。

 ドッキドキの文化祭で、ジュリアンヌを演じるヒロインがロミー役の攻略対象と距離を縮める。

 ヒロインが劇で主役級の役を演じるのなら、お相手を攻略対象がやるのはもはや業である。


 ちなみに文化祭は2週間後である。なかなかに鬼畜だ。

 今からわたしはセリフ暗記に、衣装の採寸などとにかくやること満載だ。ため息しか出ない。


 ちらりとジルを窺うと、なんと熱心に台本に目を通している。凝視していたせいで気が散ったのか、ジルがパッとわたしを見た。



「お前もとっととセリフ覚えろよ。早く合わせたいしな」

「なんでそんなにやる気なんですか……」

「しょうがねーだろ。1年のどれかのクラスが演劇をやるのが伝統なんだからな。毎年客も多くて人気だそうだ」



 ジルはさらに国王も見にきたことがあるとか、と付け加えたので、わたしはもう何も聞かずに台本を見るに徹した。


 まあ、お相手がまだジルでよかった。

 いつの間にか体裁気にするマンに変わり果てたジルは主役に抜擢されて意気込んでいるだけで、大して配役を気にしてはいないだろうし。

 わたしの演技力のなさを馬鹿にする光景すら浮かぶ……うん、ドキドキ要素はないと見た。


 乙女ゲーム的ロマンチック展開の心配はあまりしなくていいとして、じゃあわたしは足を引っ張らないよう頑張るのみだ。




 廊下に出ると、こちらも準備でかなり慌ただしい。

 セリフの暗記に疲れたわたしは材料のお使いを無理言って引き受けてきた。主役がいなくなるな、とジルに怒られたので逃げるように出てきたのだ。


 文化祭の準備風景はなんだか見ていて楽しいなあ、なんて思いながら歩いていると、テキパキ働く兄を発見した。


 腕に腕章をつけているから、生徒会としての仕事をしているのだろうか。いずれにせよ、家で見るにこやかな兄とはまた違くてカッコいい。



「あれ、ローズ。こんなところで会えるなんて嬉しいなあ」



 できる男といった横顔を眺めすぎたのか、兄が気がついて話しかけてきた。他の生徒会の人たちが困り顔なので、一応ペコリと頭を下げておく。



「おにいさまは生徒会のお仕事ですか?」

「うん。各クラスの見回りだよ、当日のスケジュール確認も兼ねてね。今からローズのクラスにも行こうと思ってたんだ。ローズは……お使い中?」

「そんなところです」

「じゃあ、ローズは主役じゃないんだね」



 兄は安心したように言う。そうか、忙しい主役がお使いをするわけがないと思っているのか。



「それがですね……わたし、主役です」

「え?」

「いや、本意ではないというか。寝てたら主役になっちゃってて」

「うん、ローズは可愛いから主役なのは想定内なんだけれどね。で、お相手は」



 ずいっと迫ってくる。目が本気で怖い。名前を言ったらたぶん、ジルがやられる……けれど言わないと逃してくれそうもない。

 恐る恐るすっごく小さな声でジルだと言えば、兄の表情は一瞬暗くなった。



「まあ、そういうこともあろうかと、あの劇にしたんだけどね。ほら、あの話って基本バッドエンドでしょ?」



 わたしが知る限りその話は悲恋ものだ。2人は最後死んでしまうのだから、バッドエンドといえばそうだろう。

 ということは、兄は私情で劇を選んだのか。



「そっか。じゃあジルくんによろしくね」



 目が笑ってない……兄が言うよろしくの意味は追及しないでおこうと思う。わたしはジルが死体で発見されないことを祈りつつ、兄を見送ったのだった。


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