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ヒロインらしいこと

 

 このままでは、彼を殺してしまう。わたしの手で。


 咄嗟に我に返ったわたしはレイの手を力いっぱい振り払う。



「何をなさってるんですか!? 死にたいんですか!?」

「…………うん、そうです。僕は、死にたいんです」



 言葉を失う。レイは歪に笑うとはははと声を上げ始めた。

 レイはわたしに馬乗りになったままだ。何故か死にたがっている。しかもわたしを使って。

 上手く状況が飲み込めないけれど、かなりレイの精神状態が良くないことは分かる。



「……どうして、死にたいんですか。もしかして、普段からあまり食事を召し上がらないのもそのせいですか」



 先ほど、メイドさんに質問していた。「レイ様は普段からあまり食べないのですか」と。並べられたスイーツは果物が多めに使われていたしクリームも控えめの甘さだった。まるで、食べてもらえるように工夫している、という様子だったから。

 メイドさんは困ったように「殿下は普段から食事をあまり召し上がらないのです」と言った。好き嫌いも言わないけれど食べない。痩せていく一方で心配なのだと。



「理由なんて、どうでもいいではないですか。僕は、あなたに――見ず知らずの僕すら守ってくれる綺麗な心を持つローズさんに、殺してほしいんです」



 懇願するようにわたしを見る。ずっと感じていた切迫感はこれだったのか。レイはずっと死にたがってたんだ。きっとわたしに婚約を迫ったのもわたしに殺してほしかったから。



「…………せめて、理由を。レイ様のお願いでも客観的に見たらわたしは王子殺害の犯人にされてしまうではないですか。それとも自分が死んだら、どうでもいい、と?」

「嫌なところを突きますね」

「ただの人殺しにはなりたくないので」



 レイは押し黙る。少し俯いたあと、ぽつりぽつりと口を開いた。


 第一王子である兄ルークとの確執、自分が生きていることの虚しさ。どれもこれも、苦しくなるようなものばかりだった。思い描く理想の王子様像とはほど遠くて。

 目の前で泣くレイは、ただの男の子だった。



「ありきたりな慰めはしません。たぶん、レイ様が何年もの間募らせてきた死にたいという思いには、勝てないでしょうから」



 レイは少しだけ、目を見開いた。

 やっぱり、死にたいなんて、嘘だ。彼はたぶんそれを望んでない。



「今から第一王子のところへ行きます。話聞く限り悪いのはルーク様と派閥だのなんだの勝手にレイ様を祭り上げたやつらですから。とりあえず、手近なところから潰しましょうか」

「え、ちょっと待っ」

「待ちません、花の乙女が話があると言えば起きてくれるでしょうし」



 わたしは寝巻き姿のまま、スリッパを履いて歩き出した。レイは呆気に取られすぎて固まっていた。こんな姿は初めてで面白い。

 レイは慌てて腕を掴んで引き留めてきた。でもその力も弱い。

 本当は、お兄さんと元の仲良し兄弟に戻りたいんだ。



 しばらくして第一王子ルークの執務室の前に着いた。

 寝室前で警備していた衛兵さんはわたしが花の乙女だと知ると慌てて「まだ起きてらっしゃいますから、話を伺って参ります」と駆けて行った。それから執務室で話を、と言われたのだ。


 わたしはレイに部屋の前で待つように言うと扉をノックした。

 声がして、中に入り扉を閉める。

 部屋の奥にはレイと良く似た容姿のルーク王子がいた。レイよりも少し暗い金髪、顔はいささかぼんやりしているものの割と見える。

 もしかしたら、レイのルートで出てくるのかもしれない。


 そんな風にぼんやり考えながらわたしは深く礼をした。



「花の乙女、ローズ・アメリアと申します。突然のご挨拶をお許しください」

「お気になさらず。今日ロストを退治したのだと話を聞いていますから感謝しているくらいです」



 ルークは優しく微笑んで感謝を述べる。

 レイが確執を強調して言うからどんなものかと思ったけれど、とわたしはルークを注視する。



「この度は、失礼ながら殿下に王になる意志がおありか尋ねに参りました」



 ルークは一瞬眉をひそめる。大丈夫、わたしの見立てが間違っていなければ、きっと彼はこんなことでは怒らない。


 予想通り、ルークは「不敬だ」と怒鳴るようなことはしなかった。わたしをじっと見つめたあと「ありますよ」と笑う。



「……本心ではないですね?」



 ルークの瞳が揺らいだ。わたしの考えは確信に変わる。

 一瞬、こんなお人好しなことをしたら自分が面倒を被るのに、と思った。たぶんこれはヒロインがレイを救う『シナリオ』なのだから。



「花の乙女には政治的利用価値があるのですよね。だから王になるために必死ならわたしと無理やりにでも婚約を結ぶはずです。けれど殿下はそれをしない……」

「だから王になりたくないと思っている、と」

「……レイ様を王にしようとしているのではないですか?」



 わたしの推測でしかないけれど、ルークは自分に才がないことを理解している。王になる意志がさほどないレイを王にするには自分が落ちぶれるように見せるしかない。



「きっとこうして遅くまで執務をしていらっしゃるのも、レイ様を影で支えられるようになのではないですか」



 ――すごいヒロインらしいことしてるな、わたし。

 でも、兄弟と仲違いをし続けるなんて、それ以上辛いことはない。わたしは前世での姉やナインと口をきかない状態なんて悲しいと思うから。


 レイは今頃聞き耳を立ててこの話を聞いているだろう。

 お互いの誤解が解けるといいのだけど。



「殿下の努力が間違っているとは言いませんが、避けるのが必ずしも正解とは限りませんから」

「…………そう、ですね。ありがとう、ローズ嬢」



 ルークは部屋を飛び出す。「わっ」とレイの声がしてお互いに誤解や仲違いが解けたと分かったのだろうと思った。


 扉から廊下を覗き込む。ルークとレイが抱き合っていて、ごめん、と言い合っている。レイの表情はよく見えなかったけれど、もう大丈夫だろう。


 ヒロインらしいことをしてしまったから、シナリオらしく執着が待っているのかもしれないと思うと非常に憂鬱なのだけど。


 レイがもう死にたい、なんて思わないといいな。


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