甘味的監禁
目を覚ますと、見覚えのない天井が広がっていた。
起き上がって周囲を確認してアメリア家よりも豪邸であることを察知。ん、待てよ、あれって王家の紋章では……?
「ああ、起きていたんですね」
あー、なるほどね。
なんとも言えない笑みを浮かべたままレイが部屋に入ってくる。
よぎるのは最後に口にしたポーション。
「ポーションを飲んだら倒れてしまったんですよ。ですので、こちらで休んで頂こうと」
レイはポーションに疲れが取れるように睡眠作用が入っていてそれが強く効いてしまったのでは、と説明した。
いや、たぶん違うだろうけど。
「ああ、それから召使いたちに身体やお洋服を綺麗にしておくよう頼んでおきました。すっかり綺麗ですね」
「え、いつの間に……」
「そうだ、手をかなり酷使していたようなので回復魔法を少しかけておきました」
寝てる間にあれこれとやってもらったらしい。寝たまま身体を洗うのは骨が折れただろう。肌の感じもいつもより良い。さすが王家。
「もう少し休んだらお茶にしませんか。シェフがスイーツをたくさん作ってくれたようなのですが、僕はあまり好まないものですから」
レイが関わっているスイーツとか怪し過ぎる。前科あるし、もうほいほいものは食べないんだから。
「お断りしま……」
「もったいないですね、仕方ありません。ローズさんもお疲れでしょうし、無理強いは良くありませんよね。スイーツは廃棄してもらうしか……」
「食べます……」
屈した。食べ物を粗末にしてはいけない。
おそらく、これが姉の言ってた監禁エピソードなのではないか。
家族に助けを求めたいけれど3日間の仕事だと伝えている以上、2日間は助けを見込めない。なぜか分からないけれど杖や魔法書が詰まった筋トレバッグその他所有物全て手元にない。あとは我が兄ナインの妹センサーに頼るしかない。
ていうか、まだ乙女ゲーム始まって1週間なんですが。序盤で監禁ってかなりまずいゲームなのでは? でも姉は割とゲームをやりこんでいる時に言っていたし……やはり早めに出会ったことが影響しているのだろうか。
ケーキを頬張りながらわたしはレイを盗み見る。
テーブルに所狭しと並べられたスイーツたちの安全性は保証された。やはり王子が口にするものだからか毒味があったのだ。紅茶もわたしに近いところにティーポットが置いてあるためこちらも大丈夫そうだ。
ということで多少の警戒はしつつ、残してはシェフが可哀想なのでなるべく食べることにした。
「あの、そういえばラギーは」
「ああ、彼なら家に帰しましたよ。彼は元々今日だけのお務めですから」
言葉の文を上手く使ったな……『3日間、僕とラギーくんと』と言うからてっきりラギーも一緒だと思っていた。これではラギーにもわたしのナチュラル監禁には気がついてもらえない。
ため息をつきながら紅茶を飲む。
「少し真面目な話をしたいのですが」
「はい、なんでしょう」
「僕とローズさんの婚約にも関わるお話です」
吹き出しかけた。わたしは少し精一杯怪訝な顔になるのを抑えながらレイを見る。レイは脚を組んでなんとも余裕たっぷりだ。
「花の乙女は王族と結婚することが多いんです」
「ああ……なるほど」
口には出さなかったけれど、利用価値があるということなのだろう。政略結婚だ。これは本格的に受け流せなくなってきたかもしれない。
「でも僕は婚約を強制はしませんよ。さすがに僕だって3年間誤魔化されていたら気が付きます」
「えっと……ごめんなさい」
「少しでも僕に好意があると嬉しいとは思っていますが」
「はは……」
「ただ、僕はあまり気が長い方ではないので」
レイは眉を下げて見せた。
つまり、婚約は諦めてくれるってこと?
「あんまり嬉しそうにされると悲しいです」
顔に出てしまっていたらしい。わたしが慌てて俯くと、レイが少し困ったように笑う声がした。
「少し考え方が変わったんです。いつまで経っても僕に気が向くようには思えないので」
「……この際言いますが、きっとレイ様は助けたことを好意と勘違いなさってるのだと思います」
「わたしでなくても良いのでは」とそれとなく伝える。レイは含んだ笑みを浮かべるだけで、応えてはくれなかった。
しかも急に立ち上がってドアの方へ歩いて行ってしまう。「夕食までお好きに過ごしてくださいね」と言うと出て行ってしまった。
わたしの前には大量のデザートが残されていた。
レイは紅茶にしか手をつけていなかった。
わたしは疑問になり、思わず控えていたメイドさんに声をかけたのだった。
結局、泊まることになってしまった。
王宮に留まるよう言われている感じは監禁って感じがするけれど、手厚いもてなしのせいで監禁感が全く無い。
もしかして、これは監禁イベントではないのだろうか。
姉が喜ぶレベルの監禁ということはもっと執着じみた愛を感じるものなのかも……今のところその雰囲気はない。
それどころか、婚約話を諦めている節すらある。ヒロインらしい可愛さもないし、3年間かわされてプライドが傷ついたのかも。
でもやっぱり何かひっかかる。
メイドさんの話もだけど……なんというか、全体的に切迫感を感じる、というか。
明日それとなく聞いてみようか。そう思いながら疲労感に負けて目を閉じた。
――けれど、その疑いは聞くまでもなく確信に変わった。
夜中、妙な感覚に目を覚ましたわたしの目に飛び込んできたのは、歪んだ顔を浮かべるレイだった。わたしの手を自身の首元に持っていき、その上から自分の手を重ねて締め上げている。
レイはどこか嬉しそうに、わたしを見下ろしていた。




