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バッドエンドでしかないよね?

 

 ぼんやりと、天井が目に映った。

 わたしはどうやらロッジのベッドに寝かされているらしい。魔力切れ、スタミナ切れ、パニック……何かはわからないけれど意識を失っていたらしい。


 無理やり体を起こすとベッド脇に置かれたテーブルに杖や着ていたブレザーも置かれている。わたし以外のブレザーも脱いであって、誰かが付き添ってくれていたらしい。



 あの黒いくねくねたちは一体何だったのだろう。

 男から這い出てきた。あの男は何者だったのだろう。死んでしまったのだろうか。


 この乙女ゲームで魔法学園に入学する理由がもしあの黒いモノを倒すことが目的なら、なんとなくストーリー的にも頷ける。ヒロインのわたしがあいつらを倒せる力を持つ、と考えるのが妥当だ。


 乙女ゲームが始まってから、つまりは高等部で初めてあいつらの正体を教えてもらうのだろう。だからずっともやにかかっていたように何も分からなかったのか。

 それに、ヒロインのわたしが今あいつらと対峙するのは少しおかしい気がする。


 バトルゲーム好きとしては、敵には慣れているつもりだった。イメトレだっていつもしていたし。だけど実際出くわすとやはりそれなりの恐怖がある。


 事実、今思い出しても少し震えてしまう。

 ジルが来てくれなかったら、今頃どうなっていたんだろう。紐をほどきながらあいつらを制するなんて、たぶん1人では無理だった。


 さっきまで浮かれていた自分が恥ずかしい。

 結局ジルに助けてもらった。ジルたち攻略対象を圧倒したくて強くなろうとしてるのに。これじゃ、ただのか弱いヒロインだ。

 もっと、もっと強くなろう。元々はバトルゲームに転生したかったくらいだ、俄然やる気が出てきた。



「ローズ・アメリア様。少しよろしいでしょうか」



 ノックと共に聞きなれない声がした。先生はわたしを様づけでは呼ばない。誰だろう、と思いつつ返事をした。


 ドアが開いて誰か入ってきた。顔を向けると、そこには侍従らしき人を連れ添った美少年が立っている。


 淡い金髪のサラサラの髪、グリーンの瞳。この顔面の整い具合。間違いなく攻略対象だ。

 なんで? どうして急に? いや、待てよ、なんだか見覚えがあるような。


 訝しげに見ていると、美少年はふわりと微笑んで恭しく礼をした。



「レイ・ウィステリアと申します、助けていただいたお礼に参りました」



 ウィステリア……ウィステリア。待って、このひとこの国の第二王子!? つまり、さっきわたしたちが助けたのは第二王子だったってこと!?



「えっと、お顔をあげてください。ご無事で何よりです」

「いえ、ローズさんがいらっしゃらなければ、僕は今頃死んでいたかもしれません。ですので、なんとお礼を言ったらいいか」



 とりあえず座るように促す。

 一体どういう経緯で……と疑問に思っていたのが顔に出ていたのだろうか、レイは少し顔を暗くしたが説明をしてくれた。



 聞けば、レイは近くにある別のロッジを訪れていたらしい。今回の男は第一王子派閥の者に雇われた男のようで、第二王子を殺害しにきたとのことだった。しかもかなり悪どいやつが雇い主だったようで貴族令息、令嬢が集まる魔法合宿の時を狙って見せしめのように殺害するつもりらしかった。

 それなら、あの男の矛盾も納得できる。



「僕は手足を拘束されていて、声も出せなかったのですが、ローズさんの姿は見えていたんです。ですから、こうしてお礼に」

「そうなんですね……」



 あの一連の魔法をぎこちなく使う様子を見られていたと思うと少し恥ずかしい。



「ローズさんはきっと、黒いモノを見たのでしょう?」



 唐突にレイがそう言った。まさか、王子自らその話題が出るとは思わず普通に頷いてしまった。



「あれは『ロスト』といって、人の心に巣食う化け物です。人の心を食い荒らして実体を得て外に出てくるんです。きっとあの男はかなり前から寄生されていたのだと思います。たまたま、あのタイミングで出てきたのでしょうね」



 あの黒いのは、ロスト、というのか。正体を聞いても乙女ゲームとは思えない濃い内容でびっくりした。



「あの男の人は、どうなったのですか?」

「死んではいませんが、心がほぼ壊れた状態です。どっちにしろ、彼は死罪ですが」



 レイは淡々とそう言う。言い方にどこか棘があるのは気のせいだろうか。レイは美しい笑みを浮かべてわたしを見る。



「それで、もう一つお話なのですが」

「はい、なんでしょうか?」



 そう答えると、パッと手を取られた。驚いたのと同時に手の甲に唇が押し当てられた。



「一目惚れをしてしまったんです。どうか、僕と婚約していただけませんか」

「えっ」



 待って、どこで見たか思い出した。

 彼は前世で姉が推しだと言っていたひとだ。完璧な王子様、だけど作中屈指のヤンデレ。姉が「あー、監禁されちゃった」と喜んでいたのを思い出した。さすがによく見せられたから覚えてる。


 ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか、シナリオ的になのか分からないけれど、このままだとわたし、監禁される。



「いや、それはちょっと……」



 言葉を濁していると、ちょうどドアが開いた。縋るように見ればジルが水差しを持って立っていて、わたしと王子を凝視している。


 レイはわたしの手を離すとジルにも頭を下げた。



「助けてくれてありがとう、ジル」

「……いえ、ご無事でよかったです」



 軽く会釈を済ませて2人はすれ違う。ジルはテーブルに水差しを置く。レイは「じゃあ、この話はまた後日」とわたしに手を振って去っていく。


 王族と公爵令息だから面識はあるだろうけど、それにしては淡白に思える。



「ありがとうございます。ジル様は大丈夫ですか?」

「…………あ、ああ。お前がひ弱なだけだわ」



 とはいえ、ジルだって疲れているだろう。わたしは持ってきてくれた水差しから水をコップに入れてジルに差し出す。



「わたしはもう大丈夫ですから、ジル様も早くお休みになってくださいね」



 ジルはコップをじっと見つめると小さくお礼を言って飲み干した。水を持ってきてくれたのはジルだからわたしにお礼を言う必要はないのに。



「あの、助けてくださってありがとうございます。本当に、ジル様が来てくれたおかげで、わたしもレイ様も無事だったので……」



 これから先はジルに助けられなくても強くなります、という決意、いや宣戦布告のような気持ちでそう言う。ジルはなんともいえない表情を浮かべてわたしを見ている。

 宣戦布告っぽさが滲み出てしまったか。



「お礼なんていいから、休んでろよ」



 ジルは少し口角を上げて部屋から出て行った。

 やっぱりいいやつだなあ、と思いながらわたしはもう一眠りするためにベッドに潜ったのだった。


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