明らかにやばいやつ
まるで、ステルスゲームかのようだった。
夜目に慣れてきた。幸いなことに、風が吹いているおかげで草木に布が擦れる音はあまり聞こえない。けれどもうかなり走っていると思う。きっとロッジではそろそろわたしがいないと巡回の先生あたりにバレているだろう。
まあこれが何事もなければ潔くこっ酷く怒られようと思う。
人影を追っていてだんだん分かってきたことだが、走っている人影はローブを被っているがかなり体格の良い男だ。
わたしは兄に教えてもらってまだ日が浅い回復魔法を定期的にかけながら追っていた。魔力的にもこれ以上は危ない気がする。
ただ、少し引っ掛かるのはこの男の行動に矛盾があること。
男の背格好、走る速度、音の消し方……全てゲームやアニメの受け売りではあるけれど、かなり手練れだと思う。
しかし足跡が残っていたり、と何か物を盗んでいて逃げ切りたいとしたらだいぶお粗末だ。そもそも生徒たちが合宿に来ている中わざわざ金品を盗みにくる思考も理解不能だ。
考えられる可能性としては、自己顕示欲が強い犯罪者、もしくは盗みが目的ではない、かだけど。証拠が残って捕まっても目的が達成できるとしたら――
しばらく考えていると、少し開けた場所で男が止まった。月明かりがさすところだ。男は抱えていたものを地面に置いて、いそいそと準備を始める。
あの置かれたものの中身さえ確認できれば……なんとか角度を変えて見てみる。大きい、わたしと同じくらいのサイズだ。中身が金品だったとしてもわたし1人では持って帰れない。
さらに男はそれを太い幹に紐で括り付けてニタニタと笑った。運んできたものは火種になるようなもので、火事を起こそうとしている?
じっと見つめていると、男が懐から何か取り出した。
その瞬間、わたしは木に括り付けられたものが人であることを察知した。男が振り上げているのはナイフ。じゃあ、そこで縛られているのは同じ年くらいの子供……!?
まずい、殺されてしまう。今からでも拘束魔法を――
杖を振りかけると、突然男の動きがナイフを振り上げたまま静止した。訝しげに見守っていると、男は突然うめきだして倒れてしまう。
なに、あれ。
目を疑う。倒れ込んだ男の背中から、何か黒いモノが這いずるように出てくる。それも複数。黒いモノはくねくねと奇怪な動きをしながら辺りを動き始める。
なに、なんだあれ。明らかに、絶対にやばいやつだ。
この乙女ゲーム、こういうのが出てくるってことはバトル要素があるってことなの? ああ、だから魔法学園があるの?
違う、そんなことは今どうだっていい。とにかく人命救助、逃げなければ。
気配を消しながら子供が括り付けられている木の幹へと移動する。紐が固い、あいつなんであんなにギチギチに縛ったんだ。
しかし何か察知したのか黒いくねくねたちは急に木の方を見た。すごい勢いでこっちへ来ている。
この子が狙いなの? それともわたしに気づいた?
だめだ、もう頭が回らない。何のために今まで鍛えてきたんだ、わたしは。強くなるために、今まで頑張ってきたじゃない!
「そこのキモいやつら!! わたしが相手よ!!」
子供の前に立ち塞がって、わたしは黒いモノに向かって叫んだ。言葉が通じるのかなんて知ったことではないが、やつらは一斉にわたしを認識したようだった。まるで理性のない獣のように、襲いかかってくる。
わたしは杖を力一杯振った。
そこら中にある木の枝がわっと伸びてきてやつらをギリギリと締め付ける。拘束魔法だ。
ウィルに教えてもらっておいてよかった。
「大丈夫だよ、今助けるから」
子供に向かって呼びかける。返答はない。でもその袋は明らかに人の形をしている。
杖を振って光を灯した。火魔法はまだちゃんとできない。先ほどまで灯りとして使っていたものだ。お願いだから、焼き切れて……!
「大丈夫か!?」
声のした方を振り返ればジルが息を切らしながら立っていた。ジルは捕まっている黒いモノや、わたしの様子を見てなんとなくピンチだと認識してくれたらしい。
「今、騒ぎになってる。ラギーが先生たちを呼んでるから、俺たちはそいつ連れて逃げるぞ!」
「けど、紐が固くて!」
「俺がやる、危ないからどいてろ!」
ジルはわたしを力任せに押しのけて、杖を振るった。ぶわっと炎が飛び出して縄を焼いていく。
そうしている間にも黒いモノはもがいて、ツルの拘束魔法をちぎりだしていた。わたしはもう一度杖を振るってなんとかツルの強度を保つ。
「切れた、行くぞ、走れるか!?」
「う、うん!」
ジルは子供を抱えて走り出す。黒いモノはまだツルから抜け出せていないようだったけれど、必死で走った。
ラギーの声がする。先生たちが集まってくる。ジルが何か青ざめた顔で説明をしている。袋に入れられていた子供について騒いでいる。わたしを心配する声が――
わたしは膝から地面に倒れ込んだ。




