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Side ウィル・アドラー

 

 彼女が眠る姿を初めてみたときは、妖精かと見紛うほどで。


 芝生の上ですうすうと規則正しい寝息を立てて、彼女、ローズ・アメリアさんは気持ちよさそうに眠っていた。



 僕、ウィル・アドラーは普段は高等部で売店を営んでいる。時間を見計らっては中等部の方へやってきて植物園の管理をしていた。

 仕事としては充実していた。売店は忙しいし、生徒と関わることは少しなりともあるから。ただ、僕が本当に好きなことは植物を育てることだから、見向きされないのは辛かった。



「すごい! 綺麗ですね……!」



 目を覚ました妖精、ローズさんは僕の育てた花たちを見てうっとりとしていた。僕の冴えない魔法のことも褒めてくれた。彼女は褒め上手だと思う。


 植物園に来てくれる人がそもそもいないのだ。来ても花を楽しむために来るわけじゃない。13、14歳そこらの年の子はかくれんぼとかじゃない限りここへはこない。


 だから、どうしても引き留めたかった。また来てほしくて、僕の花を認めてほしくて。




 彼女はお昼休憩や放課後に訪れるようになった。僕は見計らってその時間へ行く。いつでもいると言った手前、管理人の僕がいなくては来にくくなると思ってお昼寝を勧めておいた。お菓子や紅茶を用意してここにずっといたいと思ってもらおうと思った。


 ローズさんと過ごす時間は本当に楽しい。僕なんかの話を飽きずに聞いてくれる。彼女が喜ぶ姿を想像したら花もこれまでにないくらい美しく咲いた。本当に、ローズさんは妖精ではないかと思う。


 ある日、僕は彼女の好きなお菓子を尋ね、次の日それを広げて待っていた。

 けれど、待てども待てども彼女はこない。

 はじめは仕方がないと思った。彼女は新入生でまだ慣れないことも多い。疲れてやってくることも多かったから、休息だって必要だ。だけど彼女は1週間経っても来なかった。



 苦しかった。

 今まで自己満足で終わらせていたから、誰かに褒められるという欲を知ってしまったから、余計辛い。

 もう植物園には来ない? 僕の花が嫌いになった? それとも僕のことなんて忘れてしまった?  

 ぐるぐると暗い感情だけが渦巻いていく。あんなに美しく咲いていた花たちも萎れていく。もう僕だけの力じゃ上手く咲かせられない。


 ガチャリ、と久々にドアが開く音。

 少し疲労気味のローズさんと目があった。

 彼女を思わず責めてしまったけれど、彼女は忙しかった、と「ここに来たくてしょうがなかった」と言った。


 忘れられていないことに安堵したし、何より来たいと思っていてくれたことが嬉しかった。

 1週間前彼女に聞いた好きなお菓子を出した。彼女は今マドレーヌにはまっていると言った。マドレーヌはすぐだめになってしまう。このマドレーヌは6箱目にしてようやく捨てずに済んだ。妖精に食べてもらえてマドレーヌも嬉しいと思う。


 嬉しい気持ちでいっぱいだったけれど、どこか裏切られた、とでもいうような感情は消えない。

 僕は出来心でツルを使った上級魔法の拘束魔法をかけてみた。成功するとは思ってはいなかったけれど、できた。


 ローズさんは身動きが取れずに困っている。僕を見上げて「とってほしい」と懇願する。

 何か、込み上げてくるものがあった。ゾクゾクした。

 もっと強力なツルを作って縛ったらどんな風に僕に助けを乞うてくれるんだろう。いっそ、縛り上げたまま花たちと一緒に僕が育ててしまえたら。


 けれど僕にはそんなことをできる魔力はない。ローズさんだってこれからどんどん魔法が上手くなっていく。僕如きの力では魔法を解かれてしまう。

 そんな風に考えていると、奥でぽんっと花が咲く音がした。



「わあ、見てください! すごく綺麗に花が咲きました! これ、今までの中で一番の出来だと思いませんか?」



 そう笑うローズさんは本当に可愛くて可憐で。

 僕の中に渦巻いていた暗い感情が浄化されてしまった気さえした。


 彼女は妖精なんだ。僕のもとに現れた妖精。

 そんな彼女を僕がどうこうしようなんて、なんておこがましくて愚かなんだろう。


 彼女の日々の生活を豊かにしてあげたい。すべては無理だろうけど、せめて僕の領域内だけでも。

 彼女が好きなお菓子はいくらでもあげたいし、こんな僕に魔法の教えを乞うてくれるなら尽力するのは当然のことだ。



「すごく綺麗です。これからもっと、僕が知りうる限りで申し訳ないですが、ローズさんのお役に立てるように魔法を教えていきますね」



 彼女の背後に咲く花は先ほどまで萎れていたのが嘘だったかのように咲き誇っていた。


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