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非リア男子高校生の夏休みが始まる

「……はぁ」


 明日からは夏休み。

 終業式という解放の儀式を終えて学校を出たというのに、俺――倉野くらの 亮太りょうたはこの世の終わりのようなため息をついた。


 右を見ればカップル。

 左を見ればカップル。

 前を見ればカップル。

 後ろから追い越していくカップル。

 あちらこちらでキャッキャと黄色い声が上がっている。

 サル山か、ここは。お前らは発情したサルなのか?


 そんな青春の香りプンプンの中を、彼女いない歴=年齢の俺が1人で通り抜けていく。

 いや、別に人前でイチャイチャするなとか不純異性交遊はやめろとか言うつもりはない。

 ただ、恋人いない奴には人権もないみたいな雰囲気を醸されると、心の中で吠えたくもなる。


 彼女が欲しくたって作れないやつもいるんだぞ!

 天は人の上に人を造らずと言うじゃないか!

 でも現実では、イケメンフェイスとか高身長とか運動神経抜群とか“上”の奴らが可愛い彼女まで手にするんだよ!

 おかしいじゃないか福沢先生!


 と、まあこんな感じ。

 要は羨ましいのである。

 要は彼女が欲しいのである。

 今まで垂れ流した偏見も悪態も嘆きも、全てこの一言に要約される。


「あぁ……彼女欲しい」


 周りのカップルがいなくなったことを確認してぼそりと呟くと、俺は血の涙を流しながら駅に向かった。


 ※ ※ ※ ※


 彼女が欲しいなどと言いながら、これから始まる高2の夏休みを俺はバイトで潰すことになる。

 親父が見つけてきた住み込みで働くアパートの管理人のバイト。

 やけに時給がいい上に、独り暮らしの練習にもなると勧められた。

 俺に彼女がいればデートで忙しいからと断ったのだが、現実は悲しいもので夏休みの予定はスッカスカ。

 そこを突いてきた親父に押し切られる形で面接に行き、あっさりと採用が決定してしまった。


「アパートあおぞら荘……か」


 電車に揺られながら、スマホでこれから働くアパートの情報をチェックする。

 全6部屋のうち5部屋がすでに埋まっていて、俺が入居することで満室になる。

 荷物に関しては、親父立会いのもと午前中のうちに搬入が終わっているはずだ。


 駅に止まる度に学生たちが降りていき、とうとう車内には俺ともう一人の女子だけが残された。

 それも同じクラスの女子生徒。

 ほとんど喋ったことがないので間違っていたら申し訳ないが、確か名前は立花たちばな 璃奈りなのはずだ。

 明るい茶色のロングヘアで、顔には薄っすら化粧がされている。

 胸元のワイシャツのボタンはざっくりと開けられ、かなり短い制服のスカートの下にすらりとした生足が伸びていた。

 すかすかの車内でわざわざ吊革につかまり立っているが、もしあのスカート丈で俺の向かいに座られたらそれはそれは大変なものが見えるだろう。

 もし高校で一番のギャルは誰ですかと聞かれたら、俺は迷わず彼女を挙げる。


 ちなみに彼女、彼氏がいると聞いたことがある。

 リア充だ。“上”の人間だ。つまり俺の敵だ。


 ふと、立花の視線がこちらに向いた。

 ぴったりと目が合ったのだが、俺の方から慌てて視線を外してしまう。

 こんな時、“上”の奴らならニコッと笑いかけてお茶にでも誘うのだろうか。

 それは無理だとしても、きょどって目を逸らしてしまうとは全く俺って奴は……はぁ。


 今日何度目か分からないため息を心の中でつくと、アパートの最寄り駅に電車が停まった。

 俺が電車を降りると同時に、立花もひとつ隣の乗車口からホームへ出る。

 彼女の家もこの辺りなのか。いや、だからといって俺には何も関係ないのだが。

 立花はすたすたと階段を上がって改札口へ向かう。

 後を追うように俺も改札を抜け、スマホの地図を頼りに新居へ歩き始めた。

 あおぞら荘までは徒歩10分と表示されている。


 3分ほど歩いたところで、相変わらず前を歩いていた立花が振り返った。

 俺はまるでだるまさんが転んだのように固まり、スマホの画面を見てやり過ごす。

 数秒の後、立花は再び歩き出した。

 それから5分、7分と、立花が振り返っては俺がきょどり、そして迎えた4回目。


「何?あんたクラスの倉野だよね?アタシのストーカーでもしてんの?」


 ひどい言いがかりだ。

 これだからリア充は。


「とんでもない。俺は家がこっち方向なだけで」


「この辺であんたを見たことないんだけど」


「引っ越したんだよ。いや、本当に。断じてストーカーではないから」


 いくら彼女が欲しいと思っていても、彼氏持ちのギャルを尾行するほど腐っちゃいない。

 立花はふんと鼻を鳴らすと、前に向き直って再び歩き始めた。


 断じてストーカーではない。断じてストーカーではない。

 自分に言い聞かせながら後に続き、立花が右に曲がれば俺も右に、左に曲がれば俺も左に……って、これじゃ本当にストーカーみたいじゃないか。


「やっぱストーカじゃね?」


 また振り返り、そして若干いらだっている立花。

 俺は首をぶんぶん振って否定すると、彼女の背後にある2階建てアパートを指差した。


「俺はそこ、そこのあおぞら荘だ。だからもうついていかない。お別れだな」


 引きつった笑いを浮かべながら横を通り抜けようとした俺を、立花がけだるげな声で呼び止める。


「待て待て待て待て」


「何だよ……。ストーカではなかっただろ?」


「いや、アタシの家ここなんだけど」


 彼女が指差す先にあるのは、まぎれもなくあおぞら荘。


「……は?」


「やっぱあんた、ストーカーなんじゃね?」


 腕を組んで不機嫌そうな表情を浮かべる立花。

 もともと鋭い方の目つきが、俺に向けられた疑いのせいでさらに鋭くなった。

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