芹那の話 其の壱
頬を打つ雨に目を覚ました。
見上げると、空を見た私を責めるように土砂降りの雨が視界を塞ぐ。
体の濡れ方からすると、ずいぶん長い間ここで雨に打たれて寝ていたらしい。
なんで私、こんなとこで寝てたんだろ……。
体が重くて、思うように動かせない。土の上に寝ている。雑草しか見えない。こんなにずぶ濡れなのに、なぜか気持ちは清々しい気分だ。
雨とは言え、明るい空を見たからだ。
どれくらいぶりだろう。
なぜそんなことを考えるの?
「わ、私……」記憶がまだ目を覚ましてくれない。
「どこ……、ここ? ……!? か、和也……、和也!!?」私は思い出すと同時に飛び起き、和也を探した。すると和也は私のすぐ手の届く位置で丸くなって眠っていた。
「だ、大丈夫よね……」私は和也の頭を膝に乗せ、様子を観察した。息はしてるし、眠っているだけだ。私は思い出したように息を吐き出し、辺りの様子を窺った。森の中の、雑草の生い茂る開けた場所にいる。
「え……、そ、そうだ。ここ……、戻ってきたんだ」
けど、いまはいつだろう? この暑さ、秋や冬ではない。いったいいつの時間に戻ってきたのだろう。とにかく……。私は眠る和也を抱き起し、雨のあたらない大きな木の下に移動した。
ここどこだろう?
どこに行けばいいのだろう?
私、何をすればいいのだろう?
頭が混乱して、とめどなく疑問は頭に思い浮かぶのに、何一つ答えが見つけ出せなかった。そして太陽が無くなり、人々の死に絶えた元の世界の景色が頭をよぎった。私の膝枕で眠る和也の顔を見ていたら、なんだか泣いてしまった。
さっきまで暑かったのに、雨に体温を奪われているのか、なんだか寒くて震えがとまらない。知らない間に、私も眠ってしまっていたようだった。
次に目が覚めると、どこかのぼろぼろの建物の中にいた。よく見ると、暗闇の中に大きな仏像が見えた。
お寺? なによ、私は神社の娘よ……。私はうまく働かない頭でそう考えた。外ではまだ雨の音がしている。体を起こそうとしたけど、力が入らなくてつらかった。
「よお、目が覚めたかい」男の人の声がした。
私は驚いてそっちを向いた。
目の前には大きな蝋燭が炎を揺らしていた。その向こうに見覚えのある顔が浮かび……、私は思わず「えっ!?」と声をあげてしまった。スサノオ!?
「なんだい、そんな驚いた顔をして。取って食ったりはしねーよ。山ん中で倒れてたからここまで連れてきた。寒いだろ、これでも飲め」そう言ってスサノオは割れた分厚い茶碗に入れられたお湯を渡した。何やら見知らぬ草が入っている。
「あ、あなた、スサノオよね!?」彼に会ったのはたった一度だけ、あの平城京の暗い牢獄の中でだけだ。それでも記憶の中にその顔は残っていた。
「どうして俺の名がわかる?」
何から話していいかわからず、「あっ、あっ、あっ……」と言葉が出てこなかった。
「いいから落ち着け。それを飲め」そう言われて私はさっき手渡された茶碗のお湯を飲んだ。胃に流れ込む温かいお湯の温度は不思議なほど冷えた体に染みわたり、眠気にも似たけだるさが体をほぐした。その時背後でガサッと音がして、何やら巨大な者の気配を感じた。
「えっ、あ、あなた……」振り向くと、そこには七つの巨大な蛇の顔があった。あれほど見るたびに怖がっていた八岐大蛇の姿も、今はなぜか懐かしく思えた。「ああ、八岐大蛇……」私は思わず立ち上がり、八岐大蛇に近づいてその横顔を撫でた。
「お前さん、そいつが怖くないのかい? みんなたいてい腰を抜かすがな。たいしたもんだ!」そう言ってスサノオは楽しそうに笑い声をあげた。
「そういやなんで俺の名前を知ってるんだい?」
「あなたは、だって、前に会ったから……」やはり私は、どう話を進めていいかわからなかった。
「前に会った? 知らんぞ、俺は」
「前にって、その……」そ、そうか、もしかして……。「あの、その子のことも知りませんか?」
「その子?」そう言ってスサノオは、まだ眠りこけている和也の顔を見て言った。
「知らねーな」