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どこにでも行けるドア

作者: きる

A氏は家で昼間からお酒を飲んでいた。遊ぶ友達が居ないわけではないがたまには家でひとりでお酒を楽しむのもいいだろう。

いい気持ちになってトイレに行きたくなった。


「ああいい気分だ。この気分ついでにどこか南の島のビーチにでも行きたいなあ」


そう独り言を呟いてトイレのドアをあけると、南国のビーチだった。


「あれれ?俺そんなに酔ってるのかなあ」


ドアを閉めると考えた。


「俺はそこまで酔ってないよな。これはトイレのドアだよな?」


もう一度開けるとトイレだった。A氏は便座に座りながら考えた。


「さっきのはなんだったんだろう。びっくりして酔いも覚めてしまった。何かの勘違いにしては鮮明すぎるし、もしかしたら本当に南国のビーチだったのか?」


トイレから出ると、A氏は試してみた。


「アメリカのニューヨーク」


ドアを開けると、そこはタイムズスクエアの前だった。たくさんの人が往来している。道路にはイエローキャブが溢れ、グレイハウンドの大型バスが街角を走ってゆく。


「すげえ」


A氏は裸足のままタイムズスクエアに立つ。人波に揉まれながら振り向くと空間に半開きになったドアの間から自分の家の中が見える。よく観察すると誰もその空間を気にする様子はない。


「へえ、これは便利だなあ。タダであちこちに行けるなんて」


家に戻ろうとして気がつく。ドアのこちら側にドアノブがないのだ。


「あぶないあぶない」


あわてて家の中に飛び込む。


「こりゃ万が一ドアが閉まってしまったら戻れなくなる。あちらから帰るにもパスポートも金もない。よしんばパスポートを持って行っても入国審査は受けてないのだから不法入国で捕まるのがオチだ」


A氏は使い道をいろいろと考えてみた。


「とりあえず近所のスーパーへ買い物に行くくらいならどうにかなるだろう」


出かける服装とお金を持って”近所のスーパー”と声をかける。ドアを開けると見慣れたスーパーの店内だった。

ひととおり買い物を済ませてドアから出てきたあたりに行くと、なんとドアがなくなっていた。


「ありゃりゃ、こりゃ困ったなあ。歩いて帰るしかないか」


沢山の荷物をもってひいひい言いながら家に帰ってきた。トイレのドアは閉まっていた。


「ドアが閉まってしまうような風は吹いてないし、これはきっと時間が来ると閉まるのか、ドアから離れすぎると自動で閉まるのか、とりあえず一方通行しかできないなあ」


買い物してきたものを冷蔵庫に仕舞うと、A氏は考えた。


「買い物は行くときよりも帰りが大変だからな。行くことしか出来ないならあまり意味はない。一方通行での使い道となると出勤くらいかな。朝はぎりぎりまで寝ていて職場に行けるというのは楽だな。帰りも疲れてるから早く帰れたらいいが寄り道したりも出来るしそこまで考えると贅沢か」


A氏は友人のB氏にこのことを話した。


「すごいドアを手に入れたな」

「ああ。だが有効な使い道が出勤くらいしか思いつかない」

「出勤だけでも楽になるならいいだろ」


B氏は実物が見たいといい、家に遊びにきた。


「このドアか」

「ああ。試しにどこか行って見るか」


A氏は”フランスのパリ”と言ってドアをあける。


「うわっ!凱旋門が見える。あれはエッフェル塔か?」


B氏は一歩踏み出す。


「おい、気をつけてくれよ。あまり離れたり長い時間居たりするとドアが閉まるからな」


B氏はあわてて戻ってくる。


「いや間違いなくフランスだった。これはすごいが確かに怖いなあ」

「近所とか日本国内ならなんとかなるかもしれないけど。それでも一方通行っていうのがなんとも釈然としない」

「俺がこの家から自分のうちに帰るのに使うのは便利だけどね」

「あ、そうか。それは使えるな」


それからふたりで使い道をいろいろ話し合った。


「そうだ、これを窓として使う手はあるな」

「窓?」

「ああ、例えばサッカー場とかのスタジアムに行ってここから生の試合を見るとか、チケットの取れないような人気のコンサートを見るとか」

「なるほど。それならタダで見れるな」


A氏は”サッカースタジアム”と言ってドアを開けた。ちょうどサッカーの試合をしていた。超満員の熱い声援にふたりは最初圧倒されたが、一緒になって声援を送る。


「なあ、トイレに行きたい」


A氏が言う。


「え?いまちょうどいいところなんだけど、我慢できない?」

「無理、漏れそう」

「ちぇっ」

「ごめん」


A氏はドアを閉めて”トイレ!”と叫ぶとドアに駆け込んだ。


「トイレのドアっていうのが盲点だなあ」


すっきりしてトイレから出てくるA氏に、B氏は未練たらしく言った。


「今度から近所の公園のトイレに行くよ」


A氏はすまなそうに言う。


それからふたりは野球を見てからコンサートをのぞいてみたりして楽しんだ。


「あー、楽しかったなあ。やっぱり生は迫力が違うなあ」

「ああ、他の観客と一緒に盛り上がれるし、テレビじゃこうはいかない」

「しかもタダだし」


ふたりで笑った。


「少し疲れたなあ。いい景色とか見ながら酒でも飲むか」


A氏は冷えたビールをふたつ持って来ると”サハラ砂漠”と言ってドアを開けた。


「おお」


ドアの向こう側は満月の月に照らされた砂漠だった。遠くには砂丘の稜線が月明かりに照らされて輝き、黒い夜空と地平線をくっきりと分けている。


「雄大な景色だな」


B氏はビールを開けると、上半身だけ砂漠に投げ出した。


「きれいだなあ」


A氏も上半身を砂漠に投げ出すと、空を見上げた。


「すごい星空だ」


ふたりはビールを飲みながらしばし景色に浸っていた。


「おい、ラクダの隊商だぞ」


B氏の声にA氏は起き上がる。砂丘の稜線上をラクダの列がゆっくりと歩いている。その姿はアラビアンナイトの一節のようであった。


「つーきのー、さばーくのー」


B氏が歌う。A氏はじっと隊商が過ぎ去っていくのをいつまでも見送っていた。

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