第47話 結婚の予行練習
「特別な意識を持って過ごす? それが奏にとってのデートってこと??」
俺がそう聞き返すと、奏は「うんっ!」と元気よく頷いて得意気に微笑んでみせてた。
「“うん”って……。頷かれただけじゃ、何のことだかさっぱりなんだが」
「そうかな?? 割と文字通りなんだけど!」
「文字通りって。まぁ、デートってことを意識するだけで特別感があるし……つまりはそういうことか?」
「あらら。納得いかない感じ?」
「なんか釈然としないなぁー。特別感はもとよりあったし、それが家に帰るのに繋がるのがイマイチ……」
「うーん、しょうがないなぁ。じゃあ、教えてあげようっ!」
奏は主張が強い胸を張り、自分の腰を手に当てる。
それから俺にビシッと指を向けてきた。
「ズバリね極論を言ってしまうと、『二人で楽しむことをお互いデートだと思う』それが、デートなんだよッ!」
「お互い??」
「そう! 価値観の違いとかで『これはデートじゃない!』と言う人はいると思う。でもね、誰もがそうじゃないんだよ。高級感がたっぷりのをデートと言う人がいれば、ただ側にいる時間が長く取れる日をデートと言う人もいるんだよね」
「えっと。じゃあ奏は『デートは当人の心持ち次第』って言いたいのか?」
「うんっ! だから私がデートと思って、しんたろーも今日過ごした時間に満足して、デートだと思えば間違いなくデートなの」
「なるほどなぁ」
「あくまで持論だけどねっ。けど、案外重要なことなんだよ? 価値観の違いとか、そういうのが浮き彫りになるのもこういった部分だし。付き合ったから、デートだから 『こうしないといけない』っていうのは、ただの固定観念だよ」
「なんか身に覚えがありすぎてグサッときたわ …… 」
「でしょー? 一番重要なのは互いに楽しむ時間を共有することだからねっ!」
奏での言う通り、確かにそれが重要なのかもしれない。
今までどんなに金をかけても、不機嫌そうにされ ……。
デートの度に「大丈夫かな?」という不安で一杯だった。
そういうところからすでに価値観があってなかったんだろうなぁ ……。
結婚したから、社会人になったからって背伸びしてたんだ。
本来、デートは楽しいもののはずだから。
俺がため息をつくと、奏が慰めるように頭を撫でてきた。
目が合うと屈託のない笑みを向けてくれて、それには思わず苦笑する。
「だから、その考えからいくと家に戻ってもデートは進行中なんだよ。それに、ほら“お家デート”とかってあるじゃない?」
「確かに“休日の彼女と過ごし方”みたいなので昔読んだかも……?」
「でしょでしょ~? だからね。今日一日が終わるまでがデートなんだよ。これで終わりって思うまでがデートなんだぁ」
「終わるまでがデートね~。だけど、奏的には今日のデートプランだと元気が有り余ってるんじゃないか?」
「アハハ! まぁーそうかもね。でも、私は外ではしゃぎまくっても元気一杯だと思うよっ」
「だったら、夜まで外にいてでもよかったのに」
「だ~め。それじゃ意味ないのー」
指をクロスさせて×マークを作る。
それから奏と、一瞬、目と目で見つめ合う。
奏は少し切なげな優しい顔でにこりとしてみせた。
「だってさ。私はまだ学生だけど……しんたろーは違うでしょ?」
「まぁそうだけど。デートには関係ないような …… ?」
「そんなことないよ! だって一日遊びまくって疲れたから、『明日は自主休講にして休んじゃえ!』みたいなこと出来ないじゃん」
「いや、学生でも自主休講は使うなよ」
「喩えだって! 私は真面目に講義に出席してるし」
不服そうに頬を膨らませた。
まぁ確かに奏でって見た目はギャルだけど、かなり真面目だもんな。
授業態度も妹と違ってかなり良かったし。
俺がそんなことを思い出していると、奏が何か言いたげにじーっと見てくるので、咳ばらいをしてから向き直った。
「私はデートの在り方や考えって、学生と社会人だと大きく変わると思うんだ」
「確かに金の使い道とか荒くなるな……」
「学生の時と違ってお金は多くあるかもだしねー。だけど、私が言いたいのはお金のことじゃないよ」
「そうなのか?」
「うん」
奏は頷き、一呼吸おくとゆっくりと話し始める。
「どこかに出かけても『明日、仕事なんだよな』とか『仕事に支障をきたさないように……』とか、どうしても考えちゃうと私は思うんだぁ。しんたろーも心当たりがあるんじゃない?」
「……ある」
「でしょー? 私はまだその立場になっていないから、その感覚は本当の意味ではわからないけど……でも、しんたろーといるなら、理解しなきゃいけないことだと思うんだよね」
「だから今回はのんびりデートにしたのか」
「そうだよ。私は、しんたろーと気兼ねなく楽しみたいし過ごしたいし。それに一緒にいる時間がもっと増えて……一緒に過ごすことになった時を、少しでも体感して欲しかったんだよね。気が休まるデートってこういうのもあるのを……」
「ありがとな、奏。いつも考えてくれて」
「ううん。これは私が好きでやっていることだから。寧ろ、いろいろと付き合ってくれてありがと」
彼女は微笑むと、天を仰いだ。
「今日のデートは本当によかったよ。明日からの仕事も頑張れそうだ」
「そう? なら、よかったかなぁ~」
「……また行こうな。勿論、無理のない範囲で」
「うん……でも、なんか照れるね。改まってこういうこと言うのは……」
「お、おう……」
「と、とりあえず! 私の考えていたことが少しでも伝わってくれれば嬉しいかな!! ってことで、夕食を作るねっ」
そう言って、奏はキッチンに小走りで向かってしまった。
俺は声を掛けようと奏に視線を移すと、顔が赤く耳まで真っ赤に色づいていた。。
そんな彼女と目が合うと途端にしゃがみ込んでしまい、「こっち見るの禁止! テレビでも見といてよっ」と声だけが俺の耳に届く。
その様子に思わず苦笑してしまった。
ただデートをするだけじゃなくて、未来を想像させてくれたのか……。
敵わないなぁ、本当に。
……こんなにも考えてくれているなんて。
俺は天を仰ぎ、ふぅと息を吐いた。
それから彼女に言われた通りテレビをつける。
バレないように横目で見た彼女の姿。
……華奢な身体なのにやけに頼もしく見えた気がした。
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