第4話 帰り道で
帰り道。
俺達は駅に向かって歩いていた。
奏は元生徒ということもあり、家が比較的近い。
駅を越えた先にある駅から歩いて10分ぐらいのタワーマンションに彼女は住んでいる。
格差とは酷いもんで、俺はそこから更に20分先のアパートに住んでいた。
俺が働いている塾は『職場になるべく近い位置で居住をしないといけない』というルールがあり、その関係で会社から指定されたアパートに住んでいるというわけだ。
とりあえず言えることは、奏の家は俺が帰る途中にある中継地点のようなものなので、毎回なし崩し的に送ることになってしまっている。
「夏の夜ってなんかいいよねっ。ちょっと蒸し暑くはあるけど、開放的な感じがして」
「そうだなぁ〜。確かに童心に戻って、花火とかやりたくなるかも」
「わかる〜。ねぇねぇ、今度やろうよ!」
「じゃあ企画するか。バイトメンバーの交流を兼ねてやるって感じかな。今度みんなの日程を聞いて、すり合わせしないと」
「……ですよねー」
何が言いた気な目を向けてきて、それから奏はため息をついた。
「あ、もしかして俺の知らないところで……バイト同士、仲が悪かったりする?」
「え? めっちゃ仲がいいけどー。って、有賀っちは昔からそうだよね〜。鈍感って感じで」
「そんことはないが……」
「とりあえず今度、連れて行ってよ。花火とかやろ……その二人で……」
「時間があればなー」
「それ、なんだかんだって断るやつじゃん! もうこうなったら、有賀っちの家で花火やるからね!」
「それはやめなさい」
二人っきりだとデートみたいだろ!
ってツッコミを飲み込む。
そんなことを考えていると、反対車線に止まり不自然に揺れる車の姿が視界に入ってきた。
ぐらぐらと揺れ、どう考えても……。
「「………………」」
——俺も奏も無言で真顔である。
もうガキではない。
こんな夜に車が揺れていて、運転席に人の気配がないとなれば……。
「はぁぁ……」
口からため息が漏れ出る。
気まずさのあまり、隣にいる彼女を見れないでいると俺の肩をちょんと突いてきた。
「ちょっと、覗いてみる?」
「アホか! 男子中学生じゃあるまいし、勘違いだった時に気まずいだろ……」
「人気がない所はテンション上がるのかな〜? 外はスリルがいいとか?? ねぇ、どう思う有賀っち??」
「ノーコメントだ」
俺は嘆息して、肩をすくめる。
それから俺は足早に通過しようとしていると、反対側の俺らにも聞こえるぐらいの笑い声が聞こえ、車から案の定カップルが出てきた。
「あ、出て来たね。はは……めっちゃ服が乱れたままじゃん」
「奏、とりあえず無視だ、無視。目を合わせて、絡まれたら嫌だからな」
「そだね……って、あれ? あの男性……」
「うん?」
見覚えのある男性の顔に俺の顔が引きつるのを感じた。
俺は、早歩きで見えなくなるまで足を進める。
あー見たくない見たくない。
……こんなところでイチャイチャすんなよ。
俺の家の近くだし、もう少し気を使えって……あー、違うか。
見せつけたいだけかよ……くそ。
内心で悪態をつき、気分はどん底って言ってもいいだろう。
改めて現実をつきつけられた現実に、今にも膝から崩れ落ちそうな感覚に襲われた。
けど、そんな俺の目を覚ますような声が届く――。
「有賀っち〜ッ!」
奏は俺の名前を呼ぶと腕に抱きついてきた。
腕に当たる柔らかい感覚に、動悸が激しくなるのを感じる。
そう、季節は夏……。
夏といえば、当然薄着なわけでそのせいか、よりハッキリと伝わってきてしまう。
「お、おい! なんか近くないか……? こんなところ見られたら……」
「別に良くない? 私、もう生徒じゃないし」
「それは、そうだが……頭の中のイメージっていうのがあるだろ」
「何それ〜? 変な有賀っちー。そんなことよりも早く〜」
俺はため息をつき、後ろをチラリと見る。
すると、丁度車が出たところだった。
言いようもない悔しさと悲しみが再び襲う。
きっと、こんなこと考えてはいけないし、終わったことだから、いつまでも後ろ向きになっていてはいけないのだろう。
けど、そう簡単に割り切れなかった。
だが同時にムカムカとした苛立ちが沸々と心の底より湧き出てきた。
——本来なら甘えてはいけないんだろう。
でもなんとか気持ちを吐露して、楽になりたかった。
だから……奏にこんなことを提案してしまう。
「こんなこと、頼むのは情けない大人なんだけど……」
「ん~?」
「……今から、お酒飲むの付き合ってくれる?」
「もちっ!」
にかっと無邪気な笑顔でそんな返事を言われたら、俺には最早返す言葉がない。
これがキャバクラにハマる男性の気持ちなんだろうなぁ……。
なんか初めて分かったよ。
「ほらっ! 行こうよ有賀っち!! あんなの放っておいてさッ!」
俺の手をぐいぐいと引っ張る彼女。
いつもは強引だと感じるその行動が……素直に有り難く感じた。
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