第22話 お互いにわかること
「どこか行きたいとことかってあるの?」
ある日の業後。
俺は手帳見てスケジュールを確認しながら奏に話しかけた。
仕事も落ち着き、引っ越しも落ち着き。
身辺整理は奏のお陰で滞りなく、終わった。
だから、ちょっと余裕が出てきて日頃の感謝のために奏をどこに連れて行ってあげようと、思ったわけだ。
俺の問いに奏はニコニコとした顔で、横に腰掛けてきた。
「アハハッ! なんか漠然とした質問だねー」
「んで、どうなんだ?」
「うーん。有賀っちがいる所が私の行きたいとこかな?」
「……っ!?」
真っ直ぐに向けられた言葉に、俺は動揺した。
胸の動悸が激しくなり、きっと顔が赤くなっていることだろう。
いつも、心臓に悪いな……。
奏は俺の太ももに手を置き、ニヤリと笑う。
俺のたじろぐ様子をからかうように、頰を何度も突いてきた。
「あ〜、何々〜? もしかして照れちゃったぁ〜?」
「……うるせー。面と向かって言われて照れない奴なんていないだろ……」
「ふふふ。嬉しいこと言ってくれるね〜。これは攻め甲斐があるってもんだ」
俺は苦笑するしかなかった。
「ほれほれ〜」と煽るように、俺の指をなぞるように触る。
基本的に距離が近い彼女からは、甘い匂いがして、そういった挑発は俺の色々な感覚や神経を逆撫でしてくるようだった。
ひとたび我慢の限界を迎えたら、まずい……。
そう思わせてくるような態度である。
「やり過ぎるなよ? 昔から加減をしらないんだから……」
「そこら辺は大丈夫じゃないかな?」
「ほぉ。やっぱ、成長したってこと?」
「有賀っちが『襲われたっ!!』って訴え出ない限り問題ないからね」
「一体、何をするつもりだよッッ!?!?!?」
「冗談だよ……きゃっ」
おい……。
なんで、急に頰を赤らめて胸元を隠すんだよ。
しかも、こっちをチラチラと見てきて……。
まさか夜に何か……?
嫌な冷や汗がダラダラと背中にかき、俺は生唾を飲み込んだ。
「これが証拠写真だよ……有賀っち?」
相変わらず顔が赤い。
そんな彼女は俺にスマホ手渡して、写真を見せ——
「うっ……って、寝顔……?」
「すやすやと眠ってて可愛いでしょ〜!? このあどけない顔を見てたら、つい写真に収めたくなるよねッ! いや〜、我ながらナイスな写真を撮っちゃったよぉ〜。これが私の最近のマイブームって感じ」
「…………はい、消去」
「あっ!?!? 何してんの有賀っち!!!」
スマホを見ながら涙を流す。
悲しそうで、奏を知らなければ大変居た堪れない気持ちになっていただろう。
けど……。
「その演技。写真はこの一枚だけじゃないな?」
「ナンノコトー」
「棒読みじゃないか」
奏の涙はすぐに引っ込み、顔を引き攣らせている。
どうやら、図星だったようだ。
策士だなぁ、ったく……。
「どうせ、『有賀っちにはいずれバレるから、あえて写真を消させて安心を与え、本命を隠す』みたいな予定だったんだろ?」
「…………」
「バツの悪い顔してんなぁ〜」
「……むぅ、有賀っち。なんでわかったの? 私、これでも嘘は上手な方だし」
「ははっ。嘘が上手いことを自慢すんなよ。ま、これでも付き合いが長いし、昔から奏が良く使う手だからなぁ」
「くーやーしーい〜!!」
「ハハハッ!」
頰を膨らませてむくれる彼女の頭を、俺はくしゃくしゃと撫でる。
悔しそうな表情をする彼女だが、上目遣いで俺を見るその顔はなんだか昔を思い出して懐かしい気持ちになった。
「やっぱり有賀っちは、私の嘘を見抜いてくれるんだね〜。どんな些細なことでも、見逃さずさ」
「得意分野かもな? まぁ気づいても口に出して言わないこともあるけど。なんでもかんでも『ダウト!』って、宣言する必要もないし」
「ふふ、確かにそだね」
頰を掻きながら、ちょっぴり恥ずかしそうな素振りをみせた。
きっと昔のことを思い出しているんだろう。
それは俺も同じだ。
——彼女は昔は嘘ばっかりだった。
意地っ張りで、強がりで、決して弱さを見せないようにしていた……そんな子だった。
頑張った模試で結果が悪く、人前では「別に悪くても死ぬわけではない」と気にした様子はなかったのに。
実は裏で泣いてたとかね……。
そんな彼女がいなくて探したのが、懐かしい気分になる。
……今では考えられないほど変わったよ。
過去を思い出していると、奏が俺の肩に寄りかかる。
奏を見ると、こっちを向いて微笑んでいた。
「有賀っちが嘘を見抜いてくれるから、私は真っ直ぐ動けるんだよ?」
「そうなのか?」
「隠すことも必要ない……ありのままでいさせてくれるから。だから、有賀っちはいいんだよねぇ。ずーっと、一緒にいたいと思わされるんだぁ」
「……ほんと、ストレートだな」
「にしし〜。これは、何年経っても変わらないよ」
奏は屈託ない笑み浮かべ、腰を肘でぐいぐい押してくる。言葉を伝えても笑うだけ、それ以上は踏み込まない。
彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。
言葉は言わなきゃ伝わらない。
だから、言うことをやめることはない。
俺の心が立ち直るまで、返事や結論を待ってくれている。
こういう考えは、自意識過剰と思えるかもしれないが……。
きっと、そうなのだろうってことは理解していた。
「理解ある女でしょ?」
「自分で言うなよなぁ。でも、ありがと……いつも」
俺はそう言うと、戯れてくる彼女の頭を撫でた。
執筆の励みになります。
続きがみたい、ちょっとでも面白かったとありましたら、
ブクマと☆の応援をお願いします!




