第19話 今日の夜は暇??
「有賀っち今日の夜は暇??」
生徒やアルバイトが帰り、ある意味いつも通りと言える時間。
俺が今日の授業報告書を元にパソコンへ内容を打ち込んでいると、奏が人懐っこい笑顔でそう声をかけてきた。
「まぁ暇かな」
「そっかそっか~。じゃあまたお邪魔するねっ!」
「奏も分かってると思うけど、いつも通り暇だからそんな毎回聞かなくていい。普通に連絡してくれればいいよ。連絡先を知ってるんだしさ」
「それはそうなんだけど。なんか直接聞きたくない? スマホ越しだと文面と本人の気持ちが一致してなかったりするじゃん!」
「あー、それわかるかも。仕事でもメールのやり取りでは、怒ってないように見えて怒ってるとか普通にあるもんな……」
「そうそう! 電話でも声色だけじゃわからないしねぇ~。面と向かってやり取りしないと見えてこないものってホント多い」
「めっちゃ心当たりあるなぁ、それ。よくあった話だと、元嫁に電話をして『今日は家にいるよ!』と言われてたけど、実際は男の所にいた……とかが一例だよ」
「有賀っちの話を聞けば聞くほど闇が深いよね……。やっぱりガツンといっとくほうが良かったかな……」
「ガツンと……?」
「う、ううん!! こっちの話だから気にしないで!」
「あはは……」と笑って誤魔化そうとする奏に俺は疑いの視線を向ける。
……こいつ、また隠してるな。
昔から奏は隠し事が多い。
秘密主義というか、多くを語らず溜め込んでしまうことが……。
今でこそ溜め込むことはかなり減り、元気でよく話してくれるようになったけど、入塾当初は別人だった。
暗かったし、どこか影がある……。
それが雨宮奏だった。
まぁ今は家とのわだかまりや問題は解決したから、よかったけど……でも、人間の本質はそう簡単には変わらない。
我慢しやすくて、自分で解決しようと突っ走るところとか……。
だから俺はーー
「奏、絶対に一人で抱え込むなよ」
と、そう声をかけるだけだ。
奏はきょとんとして、何度もその大きな瞳を瞬きする。
それから、微笑みを俺に向けてくると「お互いにね」と一言だけ口にした。
「「………………」」
互いに見つめ合い無言の時間。
何も口にしないその時間でも、理解するのには十分だった。
「……あいつ、何か言ってたか?」
「別に何も」
「そっか。幸せそうにしてた?」
「そう……だね、まぁ……」
「そっか」
「……うん」
再び無言になり、気まずい空気と静寂が訪れる。
時計のカチカチと動く音だけが静かに鳴り響いていた。
……あっちは新しい人生を歩んでいる。
それは知っていたし、わかりきっていたことだ。
けど、自分とどうしても比べてしまい、苦みが胃の奥底から湧き上がってくるのを感じてしまう。
『まだ好きなのか?』と聞かれれば間違いなく『ノー』と答えるだろう。
それに関しては未練はないし、怒りを通り越して彼女には呆れる感情しかない。
でも、彼女に今まで費やしてきた時間という重みが、後悔という形で俺の気持ちを支配してこようとする。
俺は、前に進んで探さないといけない。
これからどうしたいのか。
惰性で生きるだけではなく、生きがいを見つけるべきなのだろう。
けど……どこか後ろ髪を引かれるのは、徒労に終わってしまった後悔があるからなのかもしれない。
俺は嘆息し、ペットボトルの水を一気に飲み干した。
「有賀っち。今からちょっと付き合ってよ」
いつの間にか俺の足元でしゃがみ込んでいた奏が、不意にそう言ってきた。
上目遣いで、彼女の目にはしょぼくれた俺の顔が映っている。
彼女の緩い格好からは、見えてはいけないものが視界に飛び込んできてしまい俺は視線を壁へと移すことにした。
そんな動揺を悟られないように、俺は素っ気なく返答をする。
「……付き合うって、どこに行きたいんだ?」
「それはね、静かなところ。夜遅いけど、寄り道ぐらいになるけどいい?」
「それは全然、構わないけど……。どこに行くつもりだ?」
「えへへ〜。それは内緒」
「秘密主義だなぁ……。とりあえずわかったよ。なんか気分を変えたいし」
「じゃあ、決まりだねッ!」
荷物をそそくさと纏め、俺の手をぐいっと引く。
いつも強引だなと心の中では思いつつも、彼女の無邪気な顔を見ていたら少しだけ気分が晴れた気がした。
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