私は異世界サイダーを飲まない
ゆるっと、さらっと、肩の力を抜いて軽く楽しんでいただけたら嬉しいです。
そう、確かにそう誓ったのだ。
ーもう、異世界サイダーなんて決して飲まぬ、と。
「あ、ああ……」
私は、前世を思い出した。
だが、タイミングがすこぶる悪い。前世の私は類い稀な?マッドサイエンティストな宇野辺先輩が目隠しして飲ませた「異世界サイダー」のせいで異世界に飛ばされたことがあった。幸いにも、私は先輩が飲ませたそのサイダーの缶を手に持っていたので、成分表示を読み、実験に実験を重ねて異世界サイダーを作ることができた。だが、飛ばされたのはまた別の異世界だった。そこでもまた、私はサイダーをつくり、別の異世界へとんだ。それを気が遠くなるほど繰り返して、目分量で異世界サイダーを作れるようになったころ、ようやく日本に戻ってくることができた。しかし腹立たしいことに、戻ってきた日本は異世界の時の流れの差により、私が異世界に行っていた時間はたったの一日だった。何なら親も心配していないような時間しかたっていなかったのだ。思わず先輩を殴り倒してしまったのは致し方ないことだと思う。私は先輩が作った異世界サイダーの在庫を全て破棄して、代わりに旅立った所に帰着しないサイダーをつくった。これは私が異世界の旅の中で作ったものだ。これがあれば、とんだ異世界に戻ってくることはない。なぜ、こんなものを日本に戻ってくることができた今、つくったのか。それはもちろん、かの憎き先輩とサヨナラするためだ。これを作ったあと、私は先輩と大喧嘩をした。このあと私と先輩が会うことは二度となく、異世界サイダーがどうなったかなんて私は知らなかった。もちろん、先輩がどうしているのかも。
しかし、今。私は偶然にもそれを飲んでしまった。
蔵の掃除をしていたら、稼働している冷蔵庫があった。家族の誰かがここで作業するときにつかっているのだろうか、と私は扉をあけた。そこには異世界サイダーなるものが入っていた。喉が乾いていた私は変な名前のサイダーだと思いながらぐいっと飲んだ。
そして、視界がぐらりと向きをかえた。バカみたいに青い雲量3くらいの空に、持っていた異世界サイダーの中身がきらきらとぶちまけられるのを見た。あ、これは仰向けに倒れていくところなんだな、そう思うや否や、私は意識を飛ばした。頭、ぶつけるだろうから、起きたらさぞ痛いだろうなあ。そんなわりとどうでもいいことを考えながら。
次に目を覚ましたとき、そこはベッドの上だった。
うちは布団だから、家じゃないなあ。それにしても、長い夢を見た…夢?いや、あれは夢じゃない。あれは…
「あ、ああ……」
夢じゃない、前世の記憶。
「ま、またやっちゃった…?!」
しかし、異世界サイダーは前世の記憶のはずだ。なぜ、現世で飲むなんて…マッドサイエンティストな宇野辺先輩に渡したサイダーが…
「まって、私の名前は万理…。宇野辺万理…宇野辺……」
つまるところ、私は先輩の子孫なのか…?い、嫌すぎる…。だって、宇野辺先輩の子孫と言うことは、あの忌まわしき先輩の血が多少なりとも入っていると言うことで…。
「う、わ、わぁー!」
叫んで布団に顔を埋めると、扉がバッターン!と壊れそうな勢いで、というか、一番下の蝶番が一個外れた。
「万里子!おきたか!皆大好き先輩だ!」
すべての悪の根元、先輩だ。
「は?」
「だから!皆大好き宇野辺御喜親先輩だよ?」
「さいっあく!ほんとやだ!なんなんですか!?」
もう、訳がわからん。きっと先輩を睨み付けると、そもそもなことに気がついた。先輩、まったく変わっていないのだ。
「…君にはしてやられたよ。異世界サイダー盛りやがったな?ったく。仕方ないやつだよ。初代の異世界サイダーなら、異世界コーラで戻れるようにしてたのに万里子はそこを消してるんだもんな」
ベッドサイドの丸椅子に腰かけて私の前髪をさらりと撫でた。
「で、どうしてここにいるわけ?奇跡的に見た目は変わってないけど、前の万里子の体じゃないな?」
「…今は万里子じゃない。万理です。…宇野辺万理。」
「は?宇野辺?」
「そうですよ!なんでよ!子供ができたんなら連絡してくれたっていいじゃないですか!先輩に子供がいることも、何も知らないのに、転生したの思い出したら先輩の子孫とか嫌すぎますっ」
思わずうつむいたら、涙がこぼれた。だって、嫌だったんだ。異世界に飛ばされるたのだって、お前は要らないと言われているようだし、転生して記憶が戻ったと思ったら子孫になっているし、挙げ句の果てには自分で撒いたトラップに自分がひっかかっているし。
「万理…子。万理じゃなくて万里子の方が馴染むな。…御喜親先輩は子供を作ってはいないぞ?作る云々の前にお前の異世界サイダー飲んじゃったからな」
「は?」
「お前と喧嘩別れしたその日に飲んだんだよ。それからこっちの時間軸では三年しかたってないけど、その様子じゃあっちはすごく時間がたったんだな。たぶん、万理は宇野辺の子で間違いはないだろうが、俺とは血の繋がりはないだろう。俺は母さんの連れ子だからな。父さん、つまりは宇野辺とは血縁はないんだよ」
「え」
「万理子、俺と知らない女が結ばれたのとか想像して嫉妬した?」
「なっ!何言ってるんですか!自意識過剰!変態!バカ!はげ!」
「おいおい、まだ髪の毛あるぞ」
にたにたしながら先輩は私をみつめる。
「さて万里子。ここは異世界だ。御喜親先輩はこの優秀な頭脳でこの中世みたいなファンタジーな世界の重要人物に成り上がった」
「自慢ですか」
確かに、先輩は頭の出来がいいのは知っている。疑わずとも、本当にそうなのだろう。
「ここにぽっと出に現れた万里子はなかなかに怪しまれている。俺を取り戻しにきたと思われているようだな。俺がそうではないと否定してやれるだろう。」
先輩は少しためると、イイ笑顔をつくった。大抵この笑顔の時にはろくなことが起きない。異世界サイダー事件のときもこんな風にイイ笑顔だった。
「さあ、万里子。選ぶといい。俺と結婚するか、この話を蹴って俺が万里子を庇うこともなく話も通じないこの世界の人に処刑されるか。二つにひとつだ。簡単だろ?」
確かに簡単だが、そうじゃない気がする。
「いいですよ、結婚しますよ!だって、殺されちゃうの、嫌ですし」
つん、とそっぽを向けば先輩がくすくすと笑うのが聞こえる。
「…先輩は意地悪ですよ。私の答えなんてわかってたくせに」
「まーりーこ?本当か?」
「なにがですか」
「ほら、俺はもう万里子の夫だよ?」
つまりは名前で呼べと、そういうことだろうか
「…御喜親さん」
「へ?!」
自分でいっておいて、先輩…御喜親さんは目を丸く見開いた。
「異世界サイダー事件で嫌われたから、正直半々かと思ってたんだけど…。案外万里子は俺のことが好きなんだね?」
つまりは、『ほら、俺はもう万里子の夫だよ?(嫌じゃないの?意味わかってる?)』ということだったらしい。
「へーえ?もしかして、知らない人と結婚したかと思って妬いてくれたかもっていう疑惑はあながち外れでもないのかな?」
「もう!いいでしょう!私が前にどんな気持ちでいたってせんぱ、御喜親さんのつ、妻になったんですから!」
「くくっ」
御喜親先輩の笑っている気配がする。
きっと私の頬は随分赤いにちがいない。
お読みいただきありがとうございます!
感想、下の☆をポチっとしていただけたら小躍りして楢崎は喜びます笑