第2話 邂逅
霧月地区。
国が管理するこの地域の名前だ。
愛知県の名古屋市あたりを日本政府が買い取り、できた地域。
ここでは、住んでいる住民は国から手厚い援助があり、不自由なく暮らすことができる。
税金などを払う必要がない。保険もある。水道光熱費は無料。
唯一買う必要があるものは、食料品、衣類などの生活必需品とか。
そしてこの地区は、国のあらゆる機関があり、あらゆる企業の最先端の研究がされている場所。
この地区にいる学生たちはそのような機関で働けるようにするため特殊な教育を受ける。
特殊な教育とは。
主に脳、身体能力の最適化。
例えば、スポーツ選手と一般人を比べてみよう。
スポーツ選手は、一般人と比べてそのスポーツをするために無駄のない動作をするはずだ。
勿論、無駄な動作があれば、例えばマラソンでは早い段階での息切れ、疲れ、野球ではボールのコントロールの低下、が起こるだろう。
そのスポーツ選手のような「何か才能を持った人間」を科学的に解析し、その身体、思考回路にも無駄がないか検証し、研究でより良い結果をたたき出し、その結果を学生たちに入れ込む。
つまり、より人間を無駄なく思考し、行動できるかについてのここでは研究がされている。
これを、「人間最適化プロジェクト」と呼ぶ。
多分国からの手厚い補助があるのは、人体実験する代わりに衣食住は確保します、許される限り自由に生活してください、ということだろう。
ちなみに今行ってる身体検査は、「人間最適化プロジェクト」の途中経過を観察するもの。
地理的な話になるが、この学校から、遠くに見えるのはゲート。
霧月地区は日本でも最先端の地域の一つだ。
その日本屈指の最先端の研究が外部に漏れることを極端に恐れている。
この地区への入れるのは、南か北の入り口で身分を確認できた人(細かい条件がいくつもあるそうだ)のみ。自分の身分を証明できない人は門前払い。
私はこの地域の外の世界を知らない。生まれも育ちもここ、霧月。
この地区の外については、ここより少し技術が発展していない程度らしい。
ぼやっと考えている間にみんなの身体検査が終わったそうだ。
家に帰る準備をする。HRだけ済ませれば学校は終わりだ。
友達に、さよなら、を言って一人でさっさと早歩きで家に帰る。
帰り道は、霧月地区(実質的には日本政府)が運営しているリニアモーターカーの駅近くを通るのだが、そこにある大きな電子掲示板は色々なニュースを伝える。
【国外での感染症の拡大 住民は健康管理を】
駅前は人が多い。機関で働いている人や学生、色々な人が歩いている。また、ここA地区で一番大きいデパートがあるため、よく混雑する。
人混みが苦手な私はさっさと通り過ぎようと思うと、とあるニュースが目に入った。
【次のニュース、生命研究施設第3施設に不法侵入か】
だいぶ前に、病院の研究施設から資料を盗んだ人がいる、という噂を聞いた。
人の犯罪に関しては厳しい罰則があるそうだ。私はその罰がどのようなものか知らない。
だが、いつの間にかその噂は消えていた。
これもまた誰かが流したデマだろう。
もしそれが本当でも、こんな充実しているこの地区で罪を犯すほうがおかしいだろう。
そんなニュースを見ながら家を目指す。
早く家に帰って学校からの課題を終わらせて、趣味をやりたいのだ。
そんな感じでそそくさと歩いて家前に到着すると
「…ん?」
最初は自分の家の玄関の前に、粗大ゴミが置いてあるのかと思った。
(いや…)
なんか動いている。
まるで呼吸するかのように。
近づいてみる。
(人間…だ)
脚を小さく畳んで寝転んでいる。口と鼻は見えるが顔全体は見えない。
肌が見えているのだが、酷い傷がある。
(どうすればいいんだろう…)
とりあえず玄関に寝転ばせていくわけにもいかないので、彼(又は彼女?)の体を持ち上げようとしたところ、
「ひゃっ…」
右手を、その人の背中に回した。彼女は簡単に抱き上げることは出来た、が手に嫌な感触がした。液体。変に絡みつく。親指と人差し指を擦ってみる。固まる。血だ。
(え…、でも体温はまだ高い…ということはここに来たのはついさっきということ…)
家に入るため、ささっと生体認証を済ませると、その人を自分の太ももを使って支え、玄関を左手と足で器用に開ける。
(…これぐらいなら救急セットで対処出来る…)
バタバタと自分の靴を玄関で飛ばし、なるべく硬くない床へ運んだ。
血が出ていたが、それほど酷いものではなかった。服があまりにボロボロだったので、自分の服を着させてあげた。家に運び込んだ人は、女の子だった。髪は茶色。縮れ毛。肌は白いがところどころ傷を負っている。見た目は17歳ぐらい?自分と同じぐらいか、と彼女は思った。
彼女の様子を見ながら、自分は着替えながら、テレビをつけてみる。
ニュースは、さっき電子掲示板に書いてあった生命研究施設についてのことばっかりやっていた。
(本当に侵入があったのね…驚いた)
がさり、と音がした。
振り返ると茶髪の女の子が起き上がるところだった。
彼女はまるで寝起きのように目をごしごしして、どう反応すればいいかわからない「あ…あっ、」とか言っている私にこう言ったのだった。
「あまがみ、さや、さんだよね?」
私は体が固まった。単純に驚いた。
あなたは誰?
もしかして名前を知ってるということはわざと私の家の前に来たということ?
いろいろ考えた挙句。
もともと音量が低いか細い声を出して
「なんで…私の名前を…?わたしはあなたを知らない…」
そうするとその茶髪の女の子はこう答えたのだった。
「驚かないで聞いてほしい。私は…」
彼女は一瞬ためらった。
雨守彩の、たった一人のはずの、あなたの再現、
つまりクローンです。
と。
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勿論、彼女たちはこの頃
霧月地区ではできなかった
また違う方法で能力の開発が行われている都市で
とあるツンツン頭の普通の男子高校生と、火を操る魔術師との最悪の邂逅を知るわけがない