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第四話 七首の竜

「あんたたち!」

 アンフィトリテは腰に下げていたサーベルを抜くと、間髪入れずに命令した。

「死にたくなかったら、今すぐ身に着けてる金属類を海に捨てな! ケチなこと考えんじゃないよ。船の積み荷や道具も、全部捨てるんだ!」


「そ・・・そんな。武器や調理場の鍋まで捨てるんですかい?」

「そんなものまた手に入るよ! あいつらはね、船の上や側面で、爆発するんだよ!」

「げぇぇぇっ!」


 船乗りたちは大あわてで船の金属物を運び出しにかかった。

「おい、お前さん方も手伝ってくれ! 目につく限りの金属物をかきあつめてくれればいい」

「はい!」

 船乗りたちに言われて、子どもたちも目につく限りの金属類を集めに走り回った。


 そこで子どもたちは、はじめてのように言葉を交わし合った。

 年長らしい少年が、手近にいた少年に声をかける。

「ええっと、俺たちはこっちを探す。君たちは・・・ええと、君は」

「僕はイアソン。どうやらみんなほとんど知らない者同士らしいね。とにかく適当に分かれて行動するしかないよ」

 イアソンに言われて、年長の少年は笑った。

「そうだな。残念だけど、今はくわしく自己紹介なんかしているヒマはなさそうだ」


 そこへ勝気そうな少女がやって来た。

「テセウス! あたしは女の子たちを集めてキッチンの方を見て来る。大きな子たちは船倉の方をお願い!」

「分かった。ええっと・・・たしか君、パリティアだったね」

 子どもたちは、ほとんどが知り合いでなかったにも関わらず、てきぱきと分担し合って船内を駆けめぐった。


 リストアップできるひととひとのきずなを貯め込むことがコミュニケーション能力なのではない。

 それは商人たちの言うところの「営業力」でしかない。


 いつでもどこでも、瞬時にひとを見、協力し合える能力。

 おのおのの善意をみとめ、理解し合える能力。

 それこそが真のコミュニケーション能力である。


 そしてその関係はかたくなに維持する必要もなく、誇ることもない。

 そんなものはいつでも必要に応じて結ぶことが出来るのだから。


 そんな能力は学校などに行かなくとも、自然にひとびとの中に存在する。

 そう、子どもたちにとって「友」とは、もっと普遍的な概念にすぎないのだ。





 そしてまた冒険者たちの方だが、こんなことになってしまった以上、かれらも自分たちの大切な装備品を捨てざるを得なくなっていた。

 この事態に最も衝撃を受けたのは、ドワーフのヘパイストスである。

「なんてことじゃっ。せっかく買い直した武器と防具を捨てなくてはならなくなるとはーっ!」

 かれはこの度の報酬で、戦斧と鎧兜を一式買いそろえたばかりであった。

 いずれも中古品ではあったが、よくよく吟味して選んだ物である。


「何、言ってるんだ。俺なんか愛用のナイフを捨てなくちゃならんのだぜ。ったく・・・ほんとにこんなんで何とかなるのかよ」とディオ。

「まあ、やるしかないのう。誰も死にたくはないものなあ」

「うーん。弓はともかく、矢のヤジリが金属なのよね」とアルテミス。

「迷っている場合じゃないわ。今はともかく、ここを乗り切ることが優先よ」

 アフロディーテも金属製の装飾品を身から外し、アレスの抱える大樽に投げ込む。


 アレスもためらいなく、自分の鎧や刀を大樽に入れた。

「まだ入る。もう他にないか」

「あーっ、待って。これも、これもー」

 船内の細かい金属製の品々をかき集め、子どもたちが戻って来る。


「よし、放り出すぞ」

 アレスと共に、船乗りたちも海に向けて金属物の入った木箱や樽を次々と放り投げる。


 するとその都度、ひとつずつひとつずつウィル・オ・ウィスプたちが船から離れて行った。





 やがて、あらかたの金属物を捨て去った頃、すべての発光体がパッと飛び散るように虚空へ拡散して行った。

 危機を脱したのだ。


「ふうー・・・な、なんとか助かったねえ」

 アンフィトリテは安堵の吐息をつくと、手下たちをねぎらいに行った。


「うう・・・大損害じゃ」

 買い直したばかりの戦斧や鎧兜を捨てる羽目になったヘパイストスは、情けない顔をしてうなだれている。

 いずれも港町で買った中古品だったが、道具作りの手間暇を知る者にとって、それを捨てることのつらさはひとしおである。


 仮面の男は、ただ黙って船尾の彼方を見つめていた。


 ふと、その視線の先を目で追ったアルテミスは、暗がりの海にかすかな光を認めた。

「あれは・・・・・・」

 アルテミスは目を凝らそうとしたが、風が強くなり始めており、甲板から確認するのは困難だった。


 見ればメインマストの上にある見張り台に若者の姿がある。

「ねえ・・・っ!」

 アルテミスは声を上げ、見張り台に注意をうながす。

「・・・ちょっと見張りの人ーっ! あれを見てーっ」

「は、はいっ!」

 見張り台の上から若者が顔をのぞかせた。

 アンフィトリテの息子であるアルビオンである。

 まだ少年と言っても差し支えない顔立ちだが、見張り台を任されるだけのことはある。

 なかなか機敏な対応を見せた。


 アルビオンは、手にした望遠鏡で暗い海のはるか彼方を凝視する。

 光が見える。

 しかしそれはウィル・オ・ウィスプの青白い光ではない。

 火だ。

 それが、いくつも見える。

 三つの船影、それに灯るかがり火・・・。


 アルビオンは伝声管に向かって叫んだ。

「か、母さーんっ! 追っ手・・・追っ手だーっ」


「まさか!」

 アンフィトリテは耳を疑った。


 真っ暗な空を見上げれば、黒雲はますます激しく流れて行く。

 見ると、はるか遠くにうねるように逆巻く乱雲が見える。

 この悪天候の中、商人ギルドの要請で王国海軍が追って来たのだ。


 確かにポセイドンを撃破する絶好の機会と言えたが、この嵐だ。危険も高い。

 商人ギルドにとって子どもたちの件は、よほど重要な問題であるらしい。





 嵐の吹きすさぶ中、帆船どうしによるレースがはじまった。

 大きな波が、彼らすべてをのみ込もうとしている。

 風雨の中だというのに、アンフィトリテたちの船は沖に逃れるべく航路をとるしかなかった。

 それを王国海軍の軍船が三隻、取り囲むように迫って来る。

 しかし、この嵐では思うように舵を取ることが出来ない。


 嵐というものはれっきとした形があるわけではない。

 どこへ行けば避けられるというものではないのだ。


 海軍の軍船が包囲を縮めて来る。

 獲物の船は、風の隙間をぬうようにひたすら逃げて行く。


「くっそー、追えーっ、追え追えーっ・・・おえーっぷ」

 ヘルメスは無茶苦茶に揺れる船の上で、操舵士を怒鳴りつけていた。

 その後ろの席につかまりながら、子どもたちを助けるべく同行した賢者アテナも苦悶の表情を浮かべていた。

「ああ、神様。どうか子どもたちをお救い下さい!」





 舵取りには舵取りの感触というものがある。

 風の隙間を一つ抜け、二つ抜け、波の隙間を一つ抜け、二つ抜け。

 舵を握っていたブリアレオスの手には、軍船の包囲をかろうじて抜けた感触があった。

「ようし!」

 ブリアレオスは、脱出の手ごたえを感じて声を上げた。


「いや・・・これは!」

 測量士のトリスタンが首を振る。

 見張り台にいたアルビオンの兄。

 つまり、アンフィトリテとポセイドンの長男である。

 トリスタンは、舌打ちをした。

「どうしたの!」

 アンフィトリテにも、嫌な直感があった。

「駄目だ・・・いけねえ! このまま行くと・・・こりゃあ、七首竜の大渦だ!」


 多島海の沖に、七つの渦が集合する海域がある。

 切り立った岩礁がいくつも立ち並んでいて、その間を抜ける海流がいくつもの複雑な渦を巻いているのである。

 近づけば吸い込まれ、どんな大型船でもバラバラにされてしまうと言う。

 それはあまりにも危険な海域である。

 そのため、七首の竜に例えられているのだ。


「まんまと追い込まれたということかい!」

「いや、これは・・・たぶん向こうも気がついてねえ。ちくしょう、馬鹿どもが! でなけりゃ、ここまで突っ込んでくるものか!」

 しかしこのままでは、三隻の軍船もろとも連続する渦潮に引き込まれて、全滅である。


「積み荷を捨てさせな! 船体を少しでも軽くしてすり抜けるしかないよ!」

 アンフィトリテが命じた。

「了解・・・や、やってみます!」

 ポリュフェイモスが船室を飛び出していく。





 再び、荷運びである。

 冒険者たちは子どもたちを船底の中央に集めておき、自分たちは船乗りたちと一緒に荷物の積み出しを始めた。

「ま、またかよ。この船、空っぽになっちまうぜ」

「命が優先よ」

「そりゃ、まあ」

 アフロディーテにたしなめられてディオは、船倉への階段口を見た。


 激しく揺れる船の中、子どもたちが肩を寄せ合っている。必死に恐怖と戦っているのだ。

 何が怖いと言って・・・嵐そのものよりも、ここまでして追いかけて来る大人たちの執念が怖い。

 この世界には、もはや安住の地は存在しないのではないかとすら思えた。


「何とかなる! 何とかなる! せめて、子どもたちだけでも!」

 アンフィトリテは歯を食いしばった。


 どんどん海に放り出される積み荷を見ながら、しかしこんなことで前方に迫って来る渦潮を回避できるようには思えない。

 絶望的な光景に見える。

 目前に立ちはだかる大渦の連なりは、たしかに牙をむいた七首の巨竜が待ち構えているように見えた。





「ほお、少しでも船足を速くするつもりだな。なーに、すぐに包囲してやるさ」

 前を行く船が積み荷を捨て出したのを見て、ヘルメスはほくそ笑んだ。

「よーし、行けーっ! もはや敵は追いつめたも同然だーっ・・・うぐぐー、おえーえ」

「て・・・敵とはなんですかっ! あれは・・・う・・・くっ」

 アテナは抗議したが、もはやそれも限界であった。

 もちろんヘルメスも限界だったが、保身と出世のために気力をふりしぼっていたと言える。





 そしてタルタロス海軍の者たちも、この嵐をなめてかかっていた。

 大渦の存在に気がつくのが、はっきり言って遅すぎた。


「なんだこれは・・・」


 ヘルメスは、突然目の前に現れた光景に血の気を失った。


「・・・渦? 渦なのか? まさかこんな・・・こんな巨大な」


 指揮をとばす余裕もない。

 息を吸い込む間もなく、それは叫び声に変わった。


「う・・・うわぁーっ!」


「きゃあーっ」


 まず、二隻の軍船がまともに渦にぶつかって沈没した。


 ヘルメスたちの乗った軍船は、二隻の間にはさまれて身動きの取れないまま、渦と渦との間に押し込まれ、その向こうに待ち構えていたひときわ巨大な大渦にのみ込まれた。


 あっと言う間の出来事であった。





 そしてもちろん、アンフィトリテの船の方も容易な状況ではなかった。

 確かに積み荷を減らして幾分軽くなった船は、舵さばきの妙技によってひとつふたつと渦の外側を渡って行った。

 しかし、渦を越えるたびに船体は天高く持ち上げられて落とされ、船は端から崩壊して行った。


 何度もはじかれて、何人もの船乗りたちが海中に放り出される。

 そして、さらにひときわ大きな渦に跳ね飛ばされた時・・・。


 船体は、木っ端みじんに粉砕された。





 すべて、すべからく、海の藻屑と消えた。





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