第二十四話 神々の黄昏
タルタロス王国の社会制度は変わり、ひとびとの生活や生き方は大きく変わった。
わずか一年のことである。
タルタロス王国は国力だけでなく、文化、精神的にも進歩し、オリンポス帝国に匹敵する国際的信用を勝ち取るに至った。
そしてその一方で、これまでのあらゆる政党は、国政の表舞台から退くことになった。
国会のシステムも変わったのだ。
これまで国会は、衆議院と参議院という二つの議院で成り立っていた。
議決権は衆議院にあり、参議院はその監査機関に等しい。
そしてそのどちらの議員も、「政党選挙」と「地方選挙」の両方から半数ずつ選ばれることになっていた。
「政党選挙」とは文字通り、ひとびとが「政党」に対して投票し、その得票数を比例配分した割合で議席を分け合うものである。
つまり最初から、議員の半数は政党員であるという前提で選挙システムが成り立っているのである。
そして「地方選挙」とは、地域から出馬した立候補者に対してひとびとが投票し、多数票を得た者が選ばれるものである。
いわばこれが一般的にいうところの、ふつうの選挙である。
しかし、実際のところ、地方選挙に立候補するにしても莫大な立候補料金が課せられている。
貴族か金持ちの集まりであるような政党でもなければ、容易に立候補などできない。
また、各地域に根を張っている政党が、貧しいひとびとや息のかかった移民者たちを集めて選挙活動をするので、一般から若者たちが立候補しても太刀打ちできないのだ。
そういう意味でも、政党にとって「貧しい者たち」という潜在的な層は選挙の糧でしかなく、ましてや政治を語る対抗馬ではないことが分かる。
これによって、衆議院・参議院の両院の議席は、ほとんど政党政治家たちで占められていた。
だから、国会は政治の議事を語る場ではなくなり、政党同士の秘密議会で話し合われた議案を表向きに決定して見せるための場でしかなくなったのである。
アポロンは、これを変えた。
「貴族や金持ち、いわゆる政治家と呼ばれている者たちが政治を語りたいというのは構わんさ。
しかし、この国の選挙制度は、一部の特権階級を存続させるためにあるのではない」
アポロンがこのように喝破した時には、さすがに多くの者たちが目をむいた。
「そもそも国会とは、国家会議ではない。国民会議である。
国民会議、すなわち国民の意見を国政に反映させるための議事機関だ」
アポロンは根気強く説明しつづける。
わからない者にはわからない。
それは知っている。
しかし、それでも説明しつづけるのだ。
「ならば、その主役は政党ではない。
国民の代表たる国会議員とは、極力ダイレクトに国民の声を反映させる代弁者でなければならない。
ならば、むしろ政治的な知識や見解は必要ない。
ごくごく市井の、一般的国民独自の声を出してもらわなければ意味がない。
それは地域独自の都合によるものもあるだろう。
年齢層や性別、その時の時流、さまざまな要素が絡み、その時々の意見が現れるはずなのだ。
政治とは、それらの事情や言い分をかんがみた上で、ひとつの決断を為すことにある。
そこには、それに不満を持つであろう幾多の意見に対して、その論拠を精査し、説得をする根気が要るのだ。
上に君臨して、適当に進めるだけの楽なものではない」
聴衆の反応を見ながら、アポロンはつづける。
「国会の主役たるは、政党の政治家たちではない。
地方選挙から選出される地域の代表者であるべきだ。
そしてそれも、地域の隣近所のレベルからよくよく話し合って代弁者を選ばなければならない。
そう、代弁者だ。
地域の有力者や支配者ではない。
地域住民の伝令として、地域住民たちの言葉をそのまま国会に伝える代弁者が要るのだ。
言われたままのことを伝えるだけの者でいい。
むしろ自分の意見などはない方がいい。
難しい問題に出会ったら決断力を発揮するのではなく、地域にもどって聞いてきますぐらいの対応でいいのだ。
立候補料金など、なくしてしまえ。
建前では、面白半分に立候補されては困るというようなことを言ってはいるが、どうひいき目に見てもそれは、一般庶民に出馬されて負けでもしたら、そこで貴族階級が実質的に失墜し、下剋上となってしまうからだというのが理由だろう。
馬鹿なことだ。
選挙制度というものは、そもそもそういう下剋上を平和裏に為すために制定されたものだ。
もはや金は、この国のモノサシではない。
金を持つものが貴族、という理屈も成り立たぬ時代なのだ。
そもそも、代議士はそんな御大層なものではない。
誰でも良いのだ。
そして、議員になった者だけが政治を語れるという仕組みも間違っている。
誰もが意見を言い、その代弁者に伝える。
そう、それは事務処理にすぎぬ。
そして、それでいいのだ。
そうであってこそ、国会と言える」
国会議員は、地域住民の代弁者に過ぎないただの伝令・・・。
これを聞いた旧来の政党政治家たちは、血相を変えた。
かれらはこれまで、社会のエリートとして政界に君臨して来たのだ。
激昂する者もある。
「で、では、政党は、政治家はどうなる! 立候補料金制度をなくしたりしたら、どんないい加減なやつが上がって来るかわからん! ・・・そんなシロウトたちに政治ができるものか!」
すかさずアポロンは一喝する。
「民をあなどるでない! 上がって来るとは何だ? 君は何者か? 神なのか? そうでないのであれば言葉をつつしむがいい!」
議場は静まり返り、空気が張り詰める。
しかしその実、アポロンは冷静である。
うっすらと皮肉に笑うのだ。
「まあ・・・確かに、上手いこと政治をするのは政治家のお家芸というべきところだろうな。しかし、よく覚えておけよ。
正しくやるというだけのことは、誰にでも出来る!
そう、誰にでも、だ!
むしろその、正しく、が出来ないのが、お前たちのような旧い政治家というものだろうよ」
そして、アポロンは残酷に笑った。
「政党政治家は、政治のプロなのだろう?
ならば、そういう者たちは必要ではある。
お前たちが言うところの、シロウト政治家たちを支えるためにな」
「・・・な・・・なんですと」
「つまりだ。地方選挙によるシロウト議員たちこそが衆議院議員となり、おまえたち政党選挙で選ばれた議員たちは参議院議員として活躍すればいいと言っているのだ」
「な・・・そんな」
「この国で選挙制度が導入された当初、オリンポス帝国の制度を踏襲した制度だったから、国会には貴族院と衆議院があった。
貴族と民衆が意見をぶつけ合うスタイルだったのだ。
しかし、制度を統括していた貴族は、まもなく衆議院をも貴族で埋めることになった。
こうなってしまえば貴族も衆議もない。
そこでお前たち政党政治家たちは、国民がよくわかっていない間に名称を変え、衆議院と参議院にしたのだ。
メインの議事をとりもつのが衆議院で、参考意見を出すただの参加者というのが参議院という具合にな。
はっきり言って、そもそもの二議院制である意味が、かなり初期から失われていたわけだ。
こっけいではないか?
貴族とはまさに、お前たちのことではないか?
お前たちこそ参議院であればよいのだ。
衆議院の衆とは、民衆の衆だ。
政党をあらわす意ではない」
どう転んでも、アポロンの改革を止めることが出来る者はいない。
今や、議席を占める国会議員のほとんどが、アポロンに心酔している。
おだやかではあるが、ほぼ独裁といって良い状況である。
不満のある者たちの不満の根拠が既得権益における利得でしかないというのも、弱いところであった。
この上は、アポロンの失策と退場を待って、その後に再び既得権益の世界を築き上げるしかない。
アポロンは、たびたび、改革が終わればそうそうに政治の舞台を降りることをほのめかしている。
為政者に頼る社会が、健全であるとは言えないからだという。
・・・だがしかし、たった一年でこれである。
かれが姿を消す前に、世の中はどのように変わってしまっているのだろうか。
もはや、これまでのように国民をあざむいて君臨することは叶わなくなってしまっているのではないだろうか?
ともかく改革は進み、参議院と衆議院の立場は逆転した。
これにより、あらゆる政党は国政の表舞台から退くことになった。
立候補料金は廃止され、国会議員を優遇する制度も次々と撤廃されていった。
当然、これまで国会議員をして、最大の旨みとされていた莫大な年俸も全面カットとなった。
必要経費のみの補填となったのである。
各地域では町内会の代表者が集まって地域代表を決め、地域代表が立候補して選挙を行い、衆議院議員となった。
そのほとんどが、若者たちであった。
かれらは地域の代弁者であり、地域意見を国会に運ぶ伝令役である。
そして、政党選挙で選ばれる政治家たちは参議院議員となり、政治のご意見番として熱弁をふるうことになった。
ただし議決権はない。
単なるコメンテーターである。
よほど正しい知識と、正常な規範、先進的な見識がなければ、役にも立たない。
もはやかれらに権力はないのだ・・・。
世界は、もはや利得の横行する時代ではなくなっていた。
ひとびとも学んだのだ。
国防や外交に、政治は必要かも知れぬ。
しかし国内のことに政治家は要らぬ、と。
アポロンは、さらに王政の廃止すら目論んでいるという。
もちろん、それでは済まない者たちもいる。
もはやアポロンの猛威は防ぎようがない。
しかし、改革は迅速だった。
つまり、まだ日は浅いということだ。
もし、ここでアポロンを亡き者にしてしまえばどうなる?
闇の権力に逆らった者がどうなるか、ひとびとは改めて知るだろう。
恐怖はひとびとの頭脳をマヒさせ、ふたたび世界は逆回転をはじめるだろう。
ここに、逆境にあって、なおも陰湿にほくそ笑んでいる者がいる。
商人ギルド総帥ミダス・・・。
かれは、ひそかにアポロン暗殺の手はずを整えていた。
これまでも闇の支配に逆らう者たちは、大陸に巣食う影の圧力がひそかに退けて来たのである。
王族とて例外ではなかった。
しかし、だからこそアポロンは迅速に歯車を回したのである。
歯車というものは大抵硬い金属で出来ており、いったん回り始めたものが逆回転を起こすなどと言うことはまずない。
運命の歯車も、また然りである。
そんなミダスのもとに、伝令がおとずれた。
宗主ハデスからであった。




