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「アポロンなら黙って席を立つ」  ~ハーメルンの笛吹きが、無人島に建国するような事態~  作者: したむら てつ
第五章 アポロン無双編 (続編 本編)
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第二十三話 大地と海の子

 タルタロス王国の改革と、その成果は世界に知らしめられた。

 オリンポス帝国がその改革を歓待し、さらにはそれに追随する姿勢を示した。

 一時は国際的に軽んじられていたタルタロス王国は、ふたたび世界の注目を浴びることとなったのである。





 もちろんその様子は、オケアノス海のポセイドン王国、キティラ島にも逐一伝わっていた。


「アポロンたち、やりおったのう」

 ヘパイストスは嬉しそうに笑った。


 キティラ島議事堂内にある、アフロディーテの事務室である。


「また、自由都市からタルタロスに帰りたいって申請が増えてきたみたいね」

 申請書類にサインを入れながらアフロディーテも笑う。

 祖国が変わり、安心して帰国できるようになったのだ。

 こんなに喜ばしいことはない。


「おれも、ちょっと行って見ようかな」

 ポセイドンのところから手伝いに来ていたオリオンが、つぶやく。


「オリオン、お前さ、アルテミスに会いたいんじゃないのか」

 ディオはわりと真面目な顔で聞いたのだが、オリオンは慌てた。

「いやッ・・・ま、まさか」

「人生は短いんだぜ。気持ちは大事にした方がいいと思うんだけどな」

「それは、たしかに・・・だが・・・むう」


 そのとき、入り口脇のソファでくつろいでいたアレスが、ゆっくりと立ち上がった。

「やはりどうも・・・胸騒ぎがする」

「なに?」

「俺たちはタルタロスに行くべきではないのか。もはやタルタロスの軍が動くことはあるまい。・・・しかし、アポロンらの身辺はどうなのだ?」


 一同は押し黙った。


「・・・たしかに、心配ではあるのう」

 ヘパイストスがつぶやく。


 改革の成功は、これまでの既得権益層を片隅に追いやったことを示す。

 押しやられた者たちは、復讐を考えるのではないか。

 かれらを完全にこの世から消し去る方法はないのだ。


「いや・・・」

 ディオは首を振った。

「いまはまだ、駄目だ。あいつの仕事はまだ終わってない」


 アフロディーテは、しずかに席を立つと、優雅にみんなの前に立った。

「だいじょうぶ。渦中の人物ほど、以外に平気なものよ」


「う、うむ」

 とくに理由はないが、アフロディーテのここ一番という時の楽観は、一同を安心させてくれる。

 アフロディーテが大丈夫だというのだ。

 まず、まちがいない・・・。





 アポロンの国民人気は高く、その眉目秀麗なあたりからも熱心なファン層が生まれていた。

 政治的な観点よりも、闊達な物言いと眉目秀麗な個性としての人気が上昇しており、ファン層の要望にこたえるべく日夜、報道記者たちが集まる。

 しかしまた、アポロンはそれらを邪険にすることなく、気さくに対応する。


「このベーシックインカムですが、よく財源が破綻しませんでしたね」


 記者たちの率直な質問に、アポロンは大きくうなずく。


「これまで何度も議題にのぼって来ていたベーシックインカムが、ずっと二の足を踏み続けていたのは、まず政府が数十年にわたる不況の中で、それを国債発行などという見当違いの手段でお茶をにごして来たからだ。

 発行した国債の買い手はほとんど国内外の資本家であり、政府は年々自らの権利をそれらに切り売りして行ったに過ぎぬ。

 今回、これが収拾できたのは、ひとえにその資本家の方々が次世代の若者たちのことを考え、それらの権利を放棄して下さったからではある。

 しかしそれは、過去の政府の無能に対して、ひとの善意が帳消しをおこなっただけだ」


「国債による政府の膨大な借金がなければ、もっとすみやかにベーシックインカムがおこなえたということでしょうか?」


「君たちはカードゲームはするかね?」


「はあ、まあ・・・」

 記者たちは、アポロンの意図が読めずに顔を見合わせた。


「カードゲームをするときに、勝ちすぎた誰かがすべてのカードを独占すればそれはもうゲームではない。

 誰もゲームをつづける理由はないだろう?

 ふつう、手札には上限枚数があり、毎回各自に手番が来て、そのつど山札から決まった枚数のカードを引くことができる。

 すべてのプレイヤーにチャンスがあるからこそ、ゲームは成り立つ。

 だからこそ誰もが参加できるし、したいとも思う。

 みんなが参加したがるゲームをしているテーブルに活気が生まれるのは、当たり前のことだよ」


「なるほど・・・」

 記者たちはうなずいた。

 その、当たり前のことに、これまで誰も言及して来なかったのだ。

 それは、知恵の問題というよりは、社会に対する服従心の問題であった。

 世の中に逆らうという発想が、容易に生まれてこなかった。

 まさにそれこそが、これまでの人類の、家畜たるゆえんであった。


 だが、これからはちがう。

 世の中が変わるのだ。


 記者たちは、アポロンから学べるものはすべて学ぶつもりで、質問を重ねた。


「ベーシックインカムの財源は、税収ではないと聞きましたが」


 アポロンはうなずく。


「新制度以降、我が国は国政運営を目的とした徴税はおこなっていない。

 ほぼ、稼ぎ過ぎや働き過ぎをおさめる為の所得上限税、環境を維持するための規制税、軽犯罪に対する科料ばかりだ。

 国政運営に必要な財源は、政府通貨発行をもってする。

 ベーシックインカムの財源も、同様だ」


「インフレに・・・なりませんか」


「抑える努力はするが、いずれそうなるだろう。

 だが、そうなれば、通貨単位を上げるだけだ。

 それが嫌な場合は、政府の公共事業に協力を申し出てくれればいい。

 それもまた、ウェルカムだ」


「国際的に信用がおけない通貨ということにもなりかねませんが・・・」


「だから、政府通貨なのだ。

 この通貨は、国内の国民の生活のために発行する通貨であり、マネーゲームや国際貿易には使用しない」


「貿易力が低下するのでは」


「それはわからんよ。

 要は、国内で生産される商品が国際的に価値あるものなのかどうかだ。

 どの国も基本は自給自足であり、貿易商品は世界のひとびとのよろこびにつながるものでなければならない。

 すくなくとも、金の亡者の奴隷となってつくる商品よりも、自由と幸福の中から生まれた商品の方が、ひとは欲しがると思うがね」


「鉱物や燃料資源は、輸入に頼らなければならないと思うのですが」


「必要な分は、充分に買える。

 鉱物資源は、すでに国内に山積みになっている。

 これをリサイクルすることも、燃料資源の不足を知恵と工夫で乗り切ることも大切だ。

 深刻な問題にはならない。

 ・・・まあ、きみたちが不安になるのも仕方がない。

 これまでの政府は、国民の不安をあおることで政権を維持して来たようなものだからな」


 記者たちは、やや気まずい顔をした。

 その、不安助長を率先して拡張していたのが、他ならぬかれら報道記者たちだったのだから。

 が、さすがにアポロンの前では、冗談交じりに笑うことはできなかった。

 どう見ても、アポロンはそのことを分かっていて皮肉を言っている。


 会見の時間が残り少なくなっていることに、みなが気づく。

 記者たちは顔を見合わせ、同意を得ると、代表のひとりが挙手をした。


「最後に・・・政府通貨発行の根源となる基礎財源はどこにあるとお考えですか?」


 アポロンはうなずき、ひとことの淀みもなく答える。


「大地と海だ。

 国土と領海に発生する無限の食糧と資材、それが我が国の財源である。

 農林水産業は、個人の利益活動にはなり得ぬ。

 それは、ひとの生活の根本であるからだ。


 いま、これらの生産物はすべて国の管轄下にある。

 ベーシックインカムによって、多くの労働は金持ちになるための道しるべではなくなった。

 それは、稼がなくとも、多くのものが安く買え、生活についても完全に保障されているからだ。


 労働に見合った旨みがなければ働く気がしない・・・儲からなければ創作意欲すらわかないとかいう者は、何もしないで良い。

 どれだけすぐれた才能をもっていたとしても、その能力を他のひとびとから利益を奪い、支配するためにしか使いたくないという者は、何もしなくていいのだ。

 それは文化とは言えぬ。ただの害悪だ。


 最近では、若者たちを中心とした協同農業がはやっている。

 地域に、誰のものでもない共同の農地をもち、それを手の空いたもので耕すのだ。

 具体的には、一日あたり一時間程度の手伝いでことは足りるという。

 基本的には不耕起農法であり、農薬も機械も使わない。

 自然と一体化し、そのおこぼれをもらう。

 そして、その生産物をみんなで分け合う。

 ただ、それだけだ。

 政府は政府通貨によって、その流通の手助けをしているに過ぎない」


「農地の解放が、根本であると・・・」


「もともと誰のものでもないものだ。それでいて、誰のものでもある」


「・・・なるほど」

 記者たちは深くうなずき、手早くメモを書き終えた。


 アポロンは少し考え、そしてまた、語り始めた。


「そもそも農林水産業で食って行こうとか、儲けようとか考えること自体が不自然なのだ。

 農林水産業とは、大地と海のめぐみをひとびとに効率よく供給することが責務。

 生産物は、業者が魔法でつくりだしたのではなく、ただそこにあったものだ。

 それはすべての生きとし生けるものが、手に入れる権利のあるものだ。


 早い者勝ちになるという懸念を示す者もあろうが、そうではない。

 それは、まるごとかっさらってどこかに貯め込んだりするヤツがいるからいけないのだ。

 必要なものを必要なだけ獲得するという大自然のルールを忘れなければ、争いになることはない。

 まして人類は、数学もできる。

 必要な農産物の統計を考えながら計画を立てることだって、できるはずだ。


 もともとすべてのひとびとのものだったはずの食糧や資材を、柵で囲い、飼いならし、独占することで特権を得、そして・・・ひとがひとを支配する歴史がはじまったのだ。

 ひとが大自然を囲うことに疑問をもつことを、忘れてはならぬ。

 ひとが生き物を飼うことに疑問を持つことを、忘れてはならぬ。

 そうすれば、ひとがひとを支配することの異常さにも気がつくはずだ。

 もう・・・ここらで、このようなことはやめるべきなのだ。


 食って行くことは、かならず国が保障する。

 住む場所も、着るものも、水も、燃料も、医療も、交通も、通信も、文化も、そういったごく当たり前のものはすべて国が保障する。

 金儲けをしてちょっとした贅沢がしたいというなら、そういう努力はすればいい。

 ただし、自己の内にある根源的な不安を解消するために、世の中のものをむさぼりかきあつめ、貯め込むことはやめさせなければならない。

 それは、不安のもたらすやまいである。


 政府は、そういうものを国民から解消するために戦う。

 ひとびとから不安を取り除き、むさぼりあつめることが無駄であることを知らしめる。

 私がやっているのは、じつにそういうことなのだ」


 この説明は、国内に広く広報された。

 ちかごろ、アポロンの表情から険がとれたと、そんなコメントもそえられた。







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