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「アポロンなら黙って席を立つ」  ~ハーメルンの笛吹きが、無人島に建国するような事態~  作者: したむら てつ
第五章 アポロン無双編 (続編 本編)
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第二十話 ライブイン国会議事堂

「失礼する」

 そんな声がした。


 議長席で議事を取り進めていた議長は、壇上に何者かが上がって来たのを見た。

 その者はうやうやしく議長に一礼すると、そのまま演説台にのぼった。


「えっ・・・君?」

 議長は、一瞬、そこで何が起きたのか理解できなかった。

 議長の議事進行を待たずに、勝手に動く者が存在するということが信じられなかったのである。


 それがヘリオス王の王子、王位継承権を返上してわざわざ地方選挙に立候補し、そこで圧勝して国会議員としてこの場にやって来た若者、アポロンであるということを思い起こすまでに、数秒かかった。


 クーデターというものがある。


 戦後開かれた国会の歴史には、強行採決というクーデターまがいの手段で成立した法案もあった。

 それでも、国民は政府の方針に逆らわず、その忠実な従者であることを示しつづけた。

 不満はつねに身近な者、弱い者たちに向けられ、決して上に逆らう者はいなかった。


 議長の脳裏には「クーデター」という言葉が浮かんでいた。

 目の前で事件が起きている。


 しかし、そのアポロンのあまりに自然な物腰に、誰も反応しようとしない。

 いや、議長とまったく同じように、ただ混乱して金縛りにあっているだけなのかも知れない。





 アポロンが演説台に立つと、場内から拍手がわきあがった。

 議事堂の議席には、いまだ政党議員たちがおり、新人の若手議員たちと拮抗している。

 アポロンがなすべきことは、今いる政党議員たちの中に、あらたな認識の息吹を送り込むことであった。


 過去、古の時代から、あまたの哲学の徒が挑み、敗れて来た戦いである。


 わかるものは、何も言わなくてもわかる。

 だが、わからぬものには、どれだけ説いてもわからぬ。


 アポロンはいま、それを打ち破ろうとしている。


(勝算はある・・・) 


 敵は、欲にまみれた百戦錬磨の政治家たちである。

 さかしらで、鼻持ちならない坊ちゃんたちもいる。

 連中は利にさとい。

 不名誉をおそれる。

 そして、仇敵の演説を平気で聞き流すほどの度量もない。

 ある程度の言葉なら理解できる教養もある・・・・はずだ。


(ならば、勝算はある。いや、勝てる)


 この演説台にアポロンが立った、その時点で、勝敗は決していたのだ。





「・・・・・・諸君」

 アポロンが口をひらいた。

 もはや・・・誰にもとめられなかった。


「わたしはあの無人島において、この目ではっきりと見たのだ」

 アポロンは、その朗々たる声で語った。


「商人ギルドに追われて浜辺に追い詰められた子どもたちを救い、メロードの船乗りたちは沖へ逃れた。

 しかしそこでウィルオウィスプの群体、海軍の追っ手、嵐、大渦に出会い、我々はあの島、キティラ島に流れ着いたのだ。

 船は沈み、水も食料も、武器も道具も何もなかった。

 あったのは望遠鏡一本と、矢のない弓がひとつ、小さな革袋がひとつだけ。

 大人十五人、子ども二十四人。

 文字通り、寸鉄帯びぬ状況下で、我々は無人島に放り出されたのだ」


 アポロンの語る無人島の物語は人々の耳をひきつけた。

 語るだけのこと、語るべきことが、アポロンにはあった。


「しかし、冒険者たちも船乗りたちも、子どもたちも、誰ひとり泣き言を言う者はなかった。

 みな、滑稽なぐらい楽天的で、気軽に状況に挑んだ。

 いまやキティラ島島主たる美しきアフロディーテは、その時、肩をすくめて言ったのだ。

 まあ、なんとかなるでしょう・・・と」


 登場以来、この大胆不敵な王子の予測もつかない発言に、政界は振り回されっぱなしであった。

 思惑のある者もない者も、かれの言動には着目せざるを得ない状況である。

 演説を止める余地はなかった。

 ただ、アポロンがなにを言わんとしているのか、聞き逃すわけにはいかなかった。


「そして事実、そうなった。

 じつに、なんとかなったのだ。

 石を砂でみがいて刃をつくり、アシを刈って身のまわりの道具をつくった。

 森で食料をあつめ、竹や焚き木をあつめた。

 望遠鏡のレンズで火を起こし、石の釜戸で粘土を焼いた。

 日干し煉瓦で釜戸をつくり、川で砂鉄をあつめて鉄器をつくり、木をけずって道具をつくった。

 魚をとり、塩をとり、布を織り、小屋を建てた。

 ・・・あの無人島の中でも、文化は常に我々自身とともにあった。

 ひとの生活は、環境や社会によって廃れたりしなかったのだ!」


 アポロンの弁舌に議事堂は静まりかえる。


「ひとよ・・・!

 いまこそ知るべき時だ・・・!

 われわれは、政府なくとも、国なくとも・・・!

 通貨なくとも、生きて行ける!」


 アポロンは叫ぶ。


「ひとはもともと野生のものであると思い知れ・・・!

 われわれを生かすのは、法でも制度でも経済でもない。

 われわれを生かすのは、ただ大自然のみだったのだ!」


 アポロンは叫ぶ。


「ひとよ、経済の呪縛から解き放たれよ!

 経済とは、物資の流通と、公正なる供給を効率よくおこなう為にあるに過ぎぬ!

 国は、領土権を確保する為に民を支配しているに過ぎぬ!

 いま、ひとびとは野生のままに生きるべき自然の権利を、己が身を守る対価として国家にゆだねてしまっているに過ぎぬ!」


 アポロンは大きく息を吸った。


「なぜならば!

 なぜなら、ひとは!

 国の制度に頼らずとも!

 ただ大自然を返還されさえすれば、ただあるがままに生きてゆけるのだ!」


 アポロンはゆっくりと場内を見まわした。

 アポロンの眼光がそこにいるひとりひとりの双眸を射抜いていく。


「・・・ならば国のなすべきことは何か?

 ひとびとから自然権を委ねられた国がなすべきことは、何か?

 ・・・それは、ひとびとの自由と幸福を保障することだ!

 ひとびとの生活を、健康を、安全を豊かに保障することである!」





 議員たちは、衝撃を受けた。


 この男は国家を否定するのか?

 国の制度が要らないとでもいうのか?

 ひとびとは、国がなくとも生きてゆけると言っているのか?

 そもそも国家が民を養っているのではないと、この男は言っているのか?

 ひとびとは自然に生きてゆけるのに、国がひとびとからその権利を奪い、ただ独占したそれを分け与えているだけだと・・・そう言っているのか?

 その真実を、あの無人島で見て来たと、そう言うのか?





 アポロンは続ける。


「聞きたまえ、ひとよ・・・!

 本来、天と地のはざまにあって、人それぞれの格差は一切無かった!

 ただ人は、自分自身であれば良いのだ!

 年齢も、性別も、貧富も、知識も、技術も、名声も、着ている服も、住んでいる地域も、なにもかも一切関係ない。

 有能か無能か?

 勤勉か怠惰か?

 そんなことも関係ない!

 とうぜん、職に貴賤もない!

 すべての国民・・・!

 国家に領土を、自然権を委ねたすべての国民にわけへだてなく・・・!

 国家は、自由と幸福を保障しなければならない!

 その保障をなし得てこそ国家であり、それが出来ぬなら、もはや国家政府を名乗る資格はない!」


 アポロンはすべてを呑み込むような堂々たる声で、その情熱をぶちまけた。


「為政者よ、国民よ。

 いまいちど世界の意味を見つめ直そうではないか!

 宇宙の星々は死の荒野ばかりだというのに、なにゆえわれわれの世界には生命があふれているのか?

 この世界にはあまねく種類の生き物が息づいているというのに、なにゆえわれわれは人類として生まれたのか?

 この大宇宙の摂理になんらかの意図があるとするならば、それはわれわれ人類に、いったい何をなさしめようとしているのか?

 ・・・いやいや、そこの御仁!

 子どものいだくような疑問と笑うでない!

 答えが見つからないからと言って、考えることを無益とは思うな!

 解けない疑問は解けない疑問として受け入れよ!

 我々は、いまだ正解を知らぬ未開の徒だと知れ!

 だからこそ我々は、何度でもやり方を改めなければならない。

 古い考え方にとらわれて、新たな芽をつぶしてはならぬ!」





 議員たちは、ぐらりと魂の揺れを感じた。

 たしかにこれは、これまでの政治家とはちがう。

 青臭いと一笑に付して済ませられるようなレベルではない。

 アポロン。

 かれは哲学、いや美学の徒だ。

 しかもそれは理学的な現実に裏打ちされた確信がある。


「・・・こ、これは」

 為政者たちは、これはまずいと感じた。

 こういうヤツは危険なのだ。

 しかし同時に、これまでいつも心中に根差していたうしろめたさや不安、それらにさいなまれていた人生に、なんらかの答えが生まれるのではないかという期待もあった。


「これは・・・」

 議員たちは全身にしびれを感じた。


 ・・・これは、こんどこそ神の言葉なのではないか。





「・・・これって」


 水晶球中継によって、自宅や街角やパブリックハウスで議会のようすを観ていた各地のひとびとも手に汗をにぎった。


 心音が高鳴る。


 ・・・変わる?


 ・・・世の中が変わる時がきたのか?





「む・・・むう」

 議員たちはゴクリとつばをのみこみ、真剣にアポロンの言葉に耳を傾けた。


 ・・・くそっ、だまされるな! だまされるものか!


 自らがだまされないことも重要。


 しかし、うかつな仲間たちがだまされないようにするためには、しっかりアポロンの弁を聞きとめ、正確にその真意をはかり、失言を聞き逃さないようにしなければならない。


 ・・・アポロン。何を考えている?


 そしてやはり、耳を澄ます・・・。





 アポロンは叫ぶ。


「ならば、ひとのなすべきことは何か?

 それは、すべてのものが自分自身の力によって、自分自身を幸福にすることである!

 ひとに依存し、政府や国家、経済や支配者に依存しなければつかむことの出来ない幸福は、本質的な幸福ではない」


 場内が一瞬どよめいたが、アポロンは間髪入れずにつづけた。

 もはや議場は、アポロンという指揮者のタクトにあやつられる楽奏のごときであった。


「たとえ無人島であっても、ひとは自らの幸福をつかむことができるということを知らなければならない。

 もちろん政府はひとびとの幸福の手助けをしても良い。

 ただしそこには押しつけも義務も不要である!

 ひとびとの幸福の結果は為政者の手柄ではない。

 ひとびとの幸福の結果は、そのひとりひとり自身の成果なのだ!

 為政者はひとびとの幸福を守るために、ひとびとの幸福を邪魔してはならない。

 為政者は、幸福の本質が自由そのものにあるということを忘れてはならない!」





 一拍の静寂。

 そして・・・。


 ひとつふたつとまばらに拍手が鳴り、それはまたたく間に轟音をともなう喝采となった。





 アポロンの言には理がある。

 そして理想を求める情熱と、それを現実のものとする理屈があった。


 ひとはそんな若者に期待する。

 夢を見る。

 ひとには、そんなときがある。





 議事堂に鳴り響く怒涛の拍手は、時流の流れを物語っていた。

 すでに政局はかたむいたのだ。


 唖然とする反対派の議員たちを取り残して、時代が移り過ぎて行った瞬間であった。

 もはや政党同士の密議など、役には立たなかった。

 ひとは変化を望み、アポロンに期待したのだ。





 フタを開けてみれば、過半数を超える議員がアポロンに票を投じていた。


 この日アポロンは、タルタロス王国政府の首相となったのである。


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