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第十三話 海軍上陸

 空は晴れ渡り、波は穏やかである。

 目の前に島が見える。

 島に近づくとそれだけでいくつもの渦によって波間が荒れる。

 しかし、たしかに一箇所、ぽっかりと渦のない水域がある。

 まったくどういう理由によるものか、これまで島を外界から守って来た七つの大渦に、まるで最初からそうであったかのようにひとつの入り口が開かれているのである。


 ラオコーンは艦隊に指示を出した。

 海軍は迅速に艦隊を展開すると、島を包囲した。





 王国海軍の艦影は島の見張り台からも確認できた。

「来たぞっ、やはり来たっ・・・!」

 冒険者たちは、浜辺に出た。


 一隻の上陸艇が砂浜に着き、船首を開くと、そこから兵士の一団とそれを率いるラオコーン提督が上陸して来た。


 浜辺には冒険者たちが立ち並び、待ち受けている。

 その背後に、不安げなようすの子どもたちが集まって来た。





「子どもたちを返してもらおう!」


 ラオコーンの一喝に対し、先頭に立ったアレスが即答する。

「かれらは、お前たちの所有物であることを拒む。お前たちは引き返すしかない」

「何を馬鹿な! 子どもたちは親のものであり、王国のものだ」

「子どもたちはそれを拒むと言っているのだ」


 冒険者たちの背後から子どもたちが進み出て、口々に叫ぶ。

「そうだ、ぼくたちは帰らない! ここに新たな国をつくるんだ!」


 ラオコーンは愕然として、冒険者たちをにらんだ。

「こっ・・・子どもたちを手なづけたのかっ!」


「それは違います。ラオコーン提督」

 賢者アテナが進み出た。

「ギルドにどのように聞かされて来たのかは存じませんが、子どもたちははじめから自らの意志で王国から逃げ出して来たのです。私たちは、ギルドの兵士たちに追われていた子どもたちを救ったに過ぎません」


 死んだと思われていた賢者アテナの姿を見て、ラオコーンは目を見張った。

「け、賢者アテナ・・・。何故ですか! 何故、子どもたちが王国から逃げなければならない理由があるのです?」


「ラオコーン提督・・・」

 アテナの横に立つヘルメスが片手を上げた。


「む・・・あなたはギルドのヘルメス殿か? また、ずいぶん落ちぶれたものだな」

 ラオコーンは笑った。

 ヘルメスは、漂着した当時のまま、ボロボロになったギルド服を繕いながら着続けている。


 しかしヘルメスは、ちょっとかぶりを振っただけであった。

「ラオコーン提督。・・・子どもたちを浜辺で追いつめたのは、私の勇み足であり、今生最大の失策でした。私は大人の権限さえあれば・・・権限さえあれば、子どもや、そう、あらゆる弱き者は思いのままになると・・・。いや・・・そうならねばならぬものと思い込んでいたのです」


 フン、とラオコーンは鼻で笑う。

 そもそもラオコーンは、商人ギルドの人間が好きではない。

 金にあかせて、王国でも軍でも好きなように使役しようとして来るやつらだ。

 ひとが金に弱いのは分かるが、そのやり方には反感も生まれる。

 だから、こうやってギルドの男が落ちぶれた姿を見るのは、軍人にとって悪い気分ではない。


 だが、ヘルメスは単に自分の落ちぶれたさまを見せつけに現れたわけではない。

 無様に生き残りはしたが、ここでつかみとった真実を一命に代えても伝えなければならなかった。

「しかし、それは間違いでした」

 ヘルメスは言った。

「例え弱くても、子どもでも・・・すべてのひとには、自由の権利があるのです」


「自由だと?」

 ラオコーンには、ピンと来ない言葉であった。

 自由を阻害しているというような言われ方も、納得がいかない。

 軍人は自らの自由を捨てて、ひとびとを守っているのだ。

 ギルドや王国のために働いているのだ。


「何を言うか! お前たちのやっていることこそが無法なのではないか!」

 ラオコーンは喝破して、ヘルメスをひるませた。


 ヘルメスは立場的に弱い。

 商人ギルドはこの件の責任を、どっちに転んでもヘルメスの責任とするだろう。

 すでにギルドメンバーから除名されている可能性もある。

 しかも王国やギルドに逆らう姿勢を見せているとあれば反逆者あつかいとなる可能性も高く、その権限はないに等しい。

 しかしそんなヘルメスだからこそ、その言葉には重要な意義があるのだ。


 アテナはひとつうなずくと、ヘルメスの代わりにラオコーンに言い放った。

「ラオコーン提督、あなた方には理解できません」


「何ですと?」

 今度は、ラオコーンがひるむ番であった。

 オリンポス帝国の使者とも言えるアテナの発言力は、強い。

 賢者アテナは、皇帝ゼウスの代弁者なのである。

「ひとは・・・子どもたちは誰の所有物でもないと・・・そういうことがあなたたちに理解できますか?」


「む・・・むう?」

 ラオコーンは言葉に詰まった。

 人は、民は誰の所有物か。

 それは、タルタロス王国の根幹にかかわる根源的な問いかけである。

 そしてその答えは分かっている。

 大戦に敗北して以来オリンポス帝国の要請により、タルタロス王国の憲法にも国民主権はうたわれているのだ。


 しかし多くのひとびとは、その「自由」を、他人を蹴落とし自らが大成する「自由」だとはきちがえた。

 さらに、多くの権力者たちは、そんな憲法など敗戦のたてまえに過ぎないと見なしている。

 現代において、いまだ「自由」の本質を見抜いた者は少ない。

 それは、ラオコーンら権力に仕える者たちも同様だった。


 アテナは、そのような権力や欲望に加担する者たちの、根本的な間違いを指摘しているのだ。





「賢者アテナよ!」

 そこで、ラオコーンの脇に来ていたカサンドラが口をはさんだ。


 子どもたちが通っていた学校の校長である。

 学校運営のみならず、近年さかんに活動し教育論を展開している才女であった。

 アテナに対し、挑戦的でさかしらなまなざしをぶつけて来る。


 カサンドラは、ともすれば居丈高と思われるような高圧的な口調で言及しはじめた。

「あなたは、子どもたちが自分たちを所有物と見なされたくないから逃げ出したとおっしゃるのですか?

 子どもたちに自由がないと?

 ハ・・・馬鹿なことを!

 子どもたちは学校で自由に学び、友だちをつくり、学校生活を楽しんでいるのですよ?

 もちろん、学業のためには多少の負担もあるでしょう。

 しかしそれもすべて、子どもたちの将来のためではありませんか!」


 あの有名なオリンポスの賢者アテナを、タルタロスの教育者がやり込める瞬間であった。

 こういう時のために私は来たのだ、とカサンドラは思う。

 カサンドラは、思わず口元をほころばせていた。


 しかし、アテナは答える。

「将来・・・とは、何を指すのでしょう?

 それは、大人が自分たちの狭量な既成概念の中で、何も疑わずに先人の教えを鵜呑みにしてつくりあげた未来像でしかないでしょう。

 子どもたちの可能性などたかが知れていると考えるのは、現存の利権にしがみつき、未知の存在から目をそむける事しかできない大人たちの自己欺瞞でしかありません」


 アテナの言にはよどみがない。

「よく肝に銘じなさい。

 子どもたちの可能性は、あなた方の想像をはるかに超えるのです。

 それを信じることのできない文明は、遠からず衰退しましょう」


「な、なにを・・・!」


「学業の負担が多少のこととは、よく言いましたね。

 子どもたちにとって学業の負担というものが、量の大小によるものではないということもお知りなさい。

 無意味なこと、やりたくないことをさせられるのは、ただの数分であっても、ひとにとっては苦痛なのです。

 それを強いることこそ、自由への冒涜であると知りなさい」


「むっ、無意味っ? ・・・学業が無意味であるというのですか?

 ・・・ほほほっ、賢者アテナ。あなたはまさに暴論を述べています!

 子どもたちが学業を無意味だなどと言い出したりしたら、それこそ・・・」

「それこそ・・・何です?」

「それこそ・・・」

 ぴたりとアテナの言葉の針に縫いとめられたかのように、カサンドラの語気が停止した。

 言葉が出ない。


 だが、ここで言葉を停めれば負けだと、カサンドラは思った。

 負けの許されない世界に生きる者たちにとって会話は戦いであり、互いに物事を解決に導くための話し合いではない。

 負けてみながら、相手に助けられながら、最善を求める共通の目的に向かうということが出来ない。


 いま、カサンドラは、直感的に思いついた言葉を口にのぼせるしか方法がなかった。

 そして、言った。

「く、国が・・・滅びます」

「笑止」

 アテナは笑いもせずに、冷徹な目でカサンドラを射抜いた。

「子どもたちの自由をうばって国を立ち上げるというのであれば、その国はそれこそ封建立国と呼ばれるものでありましょう。

 そのような国が我が祖国であるのならば、それこそ世界の害悪。滅びてしまえばよいのです」


「い・・・言いましたね。な、何たる反国的発言を・・・」

「それは、タルタロス王国が子どもたちの自由をうばうことで成り立つ封建国だということを認めるという意味でしょうか?」

「な・・・馬鹿なことを! なにも私は・・・!」

「あなた方は、子どもたちが学校で自由にしていると言いますが、それは檻の中で生きる者を自由と呼ぶに等しいことです。あなた方は、学校に来ない子どもたちを放っておくことが出来ますか?」

「・・・・・・!?」


 アテナはカサンドラが容易に反論できなくなったのを見、彼女の知的レベルの限界を察した。

 もう少しわかりやすく説明する必要がある。

「・・・劇場は、劇場に足を運ばない客を無理矢理に劇場に来させようとはしません。

 劇場にお客が来ないのは、演目に魅力がないからか、或いはお客に来る理由がないからです。

 それが自由というものです」


 アテナの透き通った声はその場にいるひとびとすべての耳に届く。

 浜辺に接舷しているタルタロスの旗艦には、多くの大人たちが乗っていたが、かれらもアテナの言葉を聞いていた。

 そして黙って、かみしめていた。


 しかしカサンドラは、真っ赤になって激昂した。

「げ、劇場と学校はちがいます!」

「どこがちがうのですか」

「劇場はお金を取ります。きたない営利目的です。

 学校はお金を取りません。善意によって成り立つ崇高な組織なのです!」


「あなたたちのお給料は国から出ています。

 国は通貨を発行し、税金を集めます。

 お金はお金。

 その集め方が違うだけであって、崇高も営利もありません」


「なっ・・・なによ。そんな、お金のことなんて・・・」


 じつは、多くの者が経済の仕組み、経済の本質を知らない。

 校長などという立派な立場にあるカサンドラにしてもこの程度である。

 知らないままに、その便利なものを使い、それに入り浸っている。

 その危険性が、まさにこういうところに出てくる。


 カサンドラは、自分が経済にうといということを露呈してしまった。

 しかも、どうしようもないことには、そんなことなど知らなくても良いとすら考えているのだ。

 もはや、アテナの相手になれるレベルではない。

 このような低レベルな会話を続けていても意味はない。


 しかし、アテナはさらにつづけた。

 もっと易しくする必要がある。

「では、結婚ということならば、どうです? あなたも女性。既婚・・・ですわね」

 アテナは、カサンドラの指に光るリングを見て言った。

 カサンドラはあわててその手指を隠す。

「きっ、既婚だから何だと言うの?」

「お子さまは?」

「い・・・いるわ」

「女の子?」

「そ、そうよっ」

「そう・・・」

「な、なによっ」

「その子もいずれ美しく成長し、結婚するのでしょうね。

 でも、その相手は誰が選ぶのですか?」

「よ、よけいなお世話よ!

 わ・・・わたしたちが責任を持って、素晴らしい相手を見つけて・・・。

 っ・・・?」

 カサンドラは、息を止めた。

 アテナの術中にはまってしまっていることに気づいたのだ。


 アテナは優しげに微笑んでいる。

「娘さんを愛しているのですね」

「あ・・・ああ・・・そ、それは」

 カサンドラは、ひるんでいた。

 まるでやぶにひそむ猛獣に狙われている獲物のようであった。


 アテナは、かなしげに問いをつむぎはじめた。

 まるで、糸車が逆にまわるように。


「どうして、自分自身でない人間が選んだ相手と結婚し、それと愛し合って子を為し、一生を共にすることが、幸せだと思えるのですか?」

「そ・・・そのほうが・・・まちがいがないから」

 カサンドラの声は、屈辱に消え入りそうになっている。


 だが、アテナは問う。

「まちがいとは何です?

 何を持ってまちがいではない・・・正しいと予言できるのです?

 人生の責任は自分自身のもの。

 他人、まして親の責任などには出来ないはず。

 しかるにその親は無責任に子の行く末を操作する。

 ですが、あなた、別個の存在である親が、どうやって子ども本人の人生の責任を取れると言うのですか?

 時間の、人生の肩代わりは出来ないのですよ?」

「わ・・・わたしは、成功して・・・います」

「本当に?」

「そ、そうよ」

「ではそれを娘さんや、世界中の人々にも強制したいのですか? 大人の独善によって?」


「そ、それはっ!」

 アテナにあおられて、カサンドラは怒鳴った。

 許せない屈辱だった。

「それと・・・これとは違いますっ!」

「いいえ。これは、ひとの自由意志の話をしているのです。

 ひとの自由意志というものが、いかに重要で大切なものかということを問うているのです。

 カサンドラさん・・・

 タルタロス王国において、自由意志は無用なのですか?」


「そんなことは・・・」


「学校も同じです。

 一般常識を作り上げ、制度を利用し、就職や経済生活をおどしに使い、学校に誘導すること。

 それは、ロクな男のいない世界で、女に結婚相手を強要することと変わりないのではありませんか。

 女として、そういうストレスを感じたことはないのですか?」


「う・・・」


「子どもの意志と自由を尊重せず、その能力、権利なしと見なすあなた方の考え方は、まさに子どもたちへの侮辱であり、脅迫です。決して慈愛の形ではありません」


「なにを・・・!」


「周りから結婚しろ、結婚しろと言い立てられ、結婚しなければ真人間ではない、社会で生きる価値も権利もないと脅され、一度結婚してみなければその素晴らしさも分かるわけがないと言い含められ、好きでもない男に嫁がされるのが幸せなのですか?

 誰でも幸せな結婚を望んでいます。

 しかし好きでもない相手と結婚しなければならないのなら、無限の荒野に逃げた方がマシというもの。

 女には、良い男を選ぶという、神に与えられた最上の任務があるのですからね・・・!」


 カサンドラは、背筋にゾクリとしたものを感じた。

 それはアテナが示唆するように、カサンドラの一女性としての、この社会そのものへの生理的な嫌悪感を思い起こさせた。


 さらにアテナの攻撃はつづく。

「子どもたちだって学びたいのです。

 しかし、どこで誰にどのように学びたいのかは、それぞれ違います。

 理想の相手を選びたいのです。

 ただ、あなた方の営む学校が嫌われただけです。

 ・・・あなた方のやっていることは、つまらない男が、自分が相手を侮辱していることにも気付かずに、ふられた相手にしつこくつきまとった挙句に、相手を脅迫し、押し迫っているのと同じことです!」


 周囲からどよめきが聞こえる。

 痛烈な言葉の矢は、女だけではなく、男たちの胸にも突き刺さった。


「は・・・」

 カサンドラは目をむいた。

 呼吸が止まる思いで、立ち尽くしていた。


 わたしはそれを・・・強要していたのか。

 娘に・・・

 あの、子どもたちに・・・。

 その鋭利な理解は、カサンドラの本質に深く差し込まれた。


 カサンドラの知能は朦朧とする。

 思いもよらぬ真実が割り込み、脳が閉鎖を強いる。

 麻酔のような眠気がさそう。


 まずい・・・!


 ここで知能が閉ざされたら、アテナと戦えない!






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