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第七話 建国宣言

 翌朝、やわらかな日差しを受けて、漂流者たちはそれぞれ目を覚ました。

 昨日集めた果物を食べながら、たがいに今日やろうと思っていることを話し合う。


 まず、夕べのうちに竹の矢一式を作り上げたアルテミスが、島の地形を把握するための探検隊を募った。

「とにかく地形がわからないと、何もできないわ」


「俺が行こう」

 真っ先に名乗りを上げたのは、船乗りの一人オリオンだった。

 片手には、ゆうべのうちに作った手製の弓を持っている。

「作った弓を、試してみたい」

 荒削りだが、強そうな弓である。


「あら・・・いい弓ね!」

 言いながら、アルテミスは値踏みするようにオリオンのたくましい体躯を見つめた。

「そ・・・そうか」

「狩りの経験は?」

「多少」

 オリオンの生真面目な返答に、アルテミスはうなずいた。

「うん。じゃお願いね。弓の出来る人がいてくれると助かるわ」

「お、おう」

 オリオンは非常に緊張した声を上げた。

 まわりで子どもたちがくすくす笑っている。


「えっと・・・他には?」

 アルテミスが周りを見回すと、昨日、鹿の骨を見つけて来たアタランテが立ち上がった。

「私、行きます」

 するとすぐにメレアグロスという男の子とプティアという女の子、それにカストールとポーラという兄妹が立ち上がった。

「僕たちも行きます」


「あら・・・」

 アルテミスは思わず微笑んだ。

 アタランテとメレアグロス。

 なんとなく、このふたりのことは気になっていたのだ。

 船で見ていた時からこのメレアグロスという真面目そうな男の子は、アタランテという野性的な年上の少女に興味を示していた。

 そしてどうやらアタランテも、精悍で品行方正な年下のメレアグロスを意識しはじめているようだった。


「ふふ、それじゃメレアグロスくんには、女の子たちの護衛をお願いするわねー」

 アルテミスに水を向けられて、アタランテはあわてて気色ばんだ。

「わ、私、護衛なんて・・・!」

「ふふー、そうねー。・・・それじゃメレアグロスくん、アタランテ以外の女の子を守ってくれる?」

「アタランテさんも、守ります」

 メレアグロスは率直に答える。

「な、なんで・・・!」

 アタランテは、ついに真っ赤になってしまった。



 そこにディオが、無神経な声を上げた。

「なー、俺も探検に出るけど、アルテミスとは別方向へ行った方が良さそうだな。こっちはどちらかと言うと、野菜とか薬草を探して来たいんだがな」

 すると、船で料理番をしていたホビットのシレヌスが名乗りを上げた。

「それならおれも連れてってくだせえ。農家にいたことがあるんで、お役に立てると思いますぜ」

「お、そうかい。そりゃ助かるよ。ええと、他に一緒に来てくれる人は誰かいるかい?」


「あ、じゃあ、私」

 パリティアという少女が手を上げた。

「ああ、えっと・・・確か料理好きの子だよね。家じゃ料理をさせてもらえないから、親戚の居酒屋でこっそり手伝いをしていたとか・・・言ってたっけ」

「・・・ちょ、ちょっと、バラさないで下さいよっ!」

 パリティアがあわてて立ち上がり、逆に注目を集めてしまう。

「あっ・・・ご、ごめんごめん。うっかりしてた」

 実にディオという男は無神経である。


 その横でテセウスがくすくすと笑っている。

「もうっ!・・・ちょっと、テセウス! あんたも立ちなさいよ」

 パリティアは赤面しながら、テセウスの腕をつかんで立ち上がらせた。

「うわっ、なにすんだ!」

「あんたも来るんでしょ!」

「えー」


 すると、また何人かの子どもたちが立ち上がった。

「テセウスさんが行くなら、僕たちも行きます」

「私も」

 アウトリュコス、テラモンとペレウスというホビットの男の子たち、それと昨日テセウスと一緒にいたカイエである。

「ええーっ」

 とまどうテセウスをよそに、パリティアたちは勝手にあつまって意気投合している。


 これでディオについて行くメンバーも決まった。





「それじゃ、あとはあたしたちだね」

 アンフィトリテは、もうすでにトリスタンとアルビオンを連れて出発する用意をしていた。

 小さいが、役に立ちそうな網を抱えている。

「えっ、その網、昨日の間に作ったの?」

 アルテミスは目を丸くした。

「アフロディーテさんたちに手伝ってもらったんだよ。さっそく使ってみたいじゃないか」

「じゃ、魚獲るの?」

「まあ、どれだけ獲れるか分からないけどね」


「あの、僕も一緒に行ってもいいですか」

 少年が一人立ち上がった。

 イアソンである。

「ああ、おいで。歓迎するよ」


 アンフィトリテが言うと、また違う場所で女の子が三人、もじもじしながら立ち上がった。

 カーラ、ゼーティア、イカリアという、何かとイアソンの後を追いかけていた女の子たちだ。

「あ・・・あの、私たちも・・・いいですか。大したお手伝い出来ないかも知れないですけど」


「出来る出来ないは気にすることじゃないよ。やれることをすればいいんだ。とくに女の子はね、そこにいるだけで大きな意味があるもんなんだよ」

「あ、ありがとうございます」

「あの・・・」

 そこにもう一人、長身の少年が挙手をしながら立ち上がった。

「ほうら、ね?」

 アンフィトリテがニンマリと笑うのを見て、少年は真っ赤になって慌てた。

「い、いや・・・俺、そういうんじゃなくって!」


「アルゴス・・・」

 イアソンが声をかける。

 アルゴスと呼ばれた少年はイアソンを見ると落ち着きを取り戻して、小さくうなずいた。

「アルゴス、一緒に来てくれるのか?」

「うん・・・まあ、な」


 アルゴスは照れくさそうに笑うと、アンフィトリテの方を向いた。

「あの・・・昨日砂浜に大きな流木が流れ着いてたのを見つけたんです。昨日の時点ではどうにもならなかったけど、ヘパイストスさんの工具が色々あるんなら、ちょっとそれで船を作ってみれるかなって思って」

「ほう、船・・・丸木船かい?」

 アンフィトリテは腕組みをして、考えを巡らせた。

「船か・・・」

 全体にざわめきが広がる。


 船、という言葉には、この場所から脱出できるかも知れないという、切実な希望がまとわりつく。

 しかし、はっきり言って丸木舟ごときで沖へ出ることは不可能である。

 何しろ、この大所帯だ。

 ましてや、あの大渦を越えるなんてことはできやしないだろう。

 今この時点で、うかつに船による脱出という希望をちらつかせてはいけないような気がする。

 しかし、もうアルゴス少年によって「船」という言葉はみんなの耳に届いてしまった。





 一同が戸惑いに揺れたその時、仮面の男がみんなの前に進み出た。手に竹の笛を持っている。

「昨日一日かけて、我々は当面何とかここで暮らして行けるのではないかという希望を手にした。しかしまだ、我々が今後どうして行きたいのか、どうすべきなのかについては話し合われていない。もちろん、いまだここが島なのかどこかの岬なのかも調べ切ってはいない」

 仮面の男の言い分はもっともだった。


「だが、比較的重要なことが据え置かれているのではないかね。

 吟遊詩人、冒険者、船乗り・・・我々根無し草の大人たちはいい。

 まあ、賢者であるアテナ殿はオリンポス帝国へ戻れば居場所もあろう。

 しかし、子どもたちはどうする?

 彼らはタルタロス王国から逃げて来たのだ。

 また王国へ戻るという選択肢は、いまだ残されていると考えても良いのかね」


 仮面の中の、すべてを見透かすような目に見つめられながら、一同は返答に窮した。

 子どもたちも硬直したように沈黙している。


 すべては、この男の奏でる音楽に引き寄せられて、それをきっかけに始まった脱出劇であった。

 ただ子どもたちは、あのような世界から逃げ出したかっただけなのだ。

 しかし実は、この先のことまでは考えてはいなかったのかも知れない。

 いわば、成り行きでここに至ったとも言える。


 もしここを脱出する手段があるのであれば、大人たちは出て行ってしまうのかも知れない。

 だがそのとき、子どもたちはどうする?

 やはりここに残って、戦い続けるのか?

 それとも、大人たちの後を追いかけてついて行くのか?

 しかし、大人たちは、また王国へ戻ることになるのかも知れないのだ。

 その時、子どもたちはどうすればいいのか。


 そのことについて、本当に真剣に考えていた者は誰もいなかったのかも知れない。





「私は・・・」

 おずおずと声を上げたのは、賢者アテナであった。


 一同は、自然とアテナの方を見た。

 そこに居たのはもはや聖者でも賢者でもない、ただのひとりの若いタイタン族の女性であるように見えた。

 しかし、そのタイタンの女性は、口から出る言葉のひとつひとつに命をつむぐようにして、責任と覚悟を乗せて語り出した。それは何よりも神々しい姿に見えた。


「私は、ここが無人島であって欲しいと、思っています」


 一同は驚いたが、否定することはなかった。

 なぜなら、多かれ少なかれ、みな同じ思いを共有していたからである。


「私たち大人の立場ではどうしても、子どもたちを王国のご両親の元へ帰し、再び学校へ通ってもらい、他の一般の人たちと同じように社会に溶け込んでもらって、王国の礎になってもらいたいと願ってしまいます。その方が安全で安心で、子どもたちにとって安定した未来を、保証できると思うからです。

 しかし、少なくとも・・・子どもたちは、そうではないことを知っています」


 アテナは少しうつむき加減になりながら、言葉をついで行った。


「冒険者の方々、船乗りの方々、楽師の方は、画一化された社会から離れ、自由の中で生きることを選択した方々です。

 しかし、選択は自由といえど、その選択肢を知らず、あるいは知っていても選ぶ勇気を持てなかったひとたちもいます。

 自由は心にありといえど、その実、この世界において・・・自由は限られた勇者だけのものなのです。

 そして・・・圧倒的多数の大人たちが、戦後七十年もの歳月を縛られた社会で生き、死んで行っているのです。

 その人生は・・・。

 ええ、その人生は、決して自由なものとは言えません。

 しかし、みんな歯を食いしばって生きるしかなかった」


 アテナは、息を吐いた。


「でも・・・そのことが・・・そんな大人たちの我慢が・・・後に続く子どもたちに同じような我慢を強いることになり・・・。

 そして、とても、とても多くの・・・本当にたくさんの子どもたちの未来を、可能性を、人生を・・・命を、奪っていたのです」


 アテナの清楚な口元に苦渋の思いがこもり、ギリッという歯ぎしりの音が聞こえたような気がした。


「そこから逃げ出そうとする子どもたちに罪はありません。

 間違っていたのは私たち大人なのです。

 これは恥ずべきことです。

 私たちは・・・私たちの親たちも・・・歯を食いしばって我慢するのではなく抵抗し、意見を述べ、あらがうべきだったのです。

 ですから、今こそ・・・!」


 一同は静まり返ってアテナの言葉を待った。

 アテナが何を言おうとしているのか、痛いほどわかる。


 ・・・しかし、それでいいのか。

 アテナの言は、正しく、意味のある、希望にあふれる選択である。

 しかし道なき道に保証はない。

 自分ひとり気ままに生きるための選択ならそれでも良い。

 しかし人を巻き込む、とくに子どもたちを巻き込む選択を、いったい誰の責任で、何の保証のもとに行うというのか。


 まさしくアテナにも迷いがあった。

 だがアテナは、わずかな逡巡の後、言い切った。


「今こそ私たちは、子どもたち・・・私たちの未来の子孫たちのために・・・。

 そのためにこそ、世界を築かなければなりません。

 もし、許されるのならば、今この場所に!」




 それは、歴史的な瞬間だった。

 その場にいる者たちはみな思うところを共有し、後にまた振り返った時にも、そう思った。







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